2018年12月10日 (月)

東北出張記、現代に必要な考え方「主義」について

おはようございます。

先週は岩手、宮城への出張が続きました。

岩手は樹脂成型メーカーさん、宮城は金型メーカーさんです。

樹脂メーカーさんは、樹脂製品を買わせていただいているのと同時に弊社金属部品を購入していただいています。

金型メーカーさんは弊社に高品質金型を供給いただいています。

弊社にとってはとても大切な企業様です。

お客様が大切なのは言うまでもありませんが、このような取引先様は自分の体の一部の様に大切です。

その体を使って貢献をさせていただくのがお客様です。

貢献させていただく相手は変わるとしても、体は変わりません。

どちらが大切か、比べられる対象ではないです。

金型メーカー様にはずっとお世話になっていたのですが、工場には行ったことがありませんでした。

いつか行きたいと思っていたのですが、先日大混雑の展示会(JIMTOF)で社長とばったり。

待ち合わせても会えないような雰囲気の中で目の前で。

会うように差配されていたとしか思えません。

訪問してからも素晴らしい工場を見せていただき、今後も協力くださると話を頂きました。

現代日本人は資本主義を疑う事もなく信じていますが、資本主義とは何でしょうか?

何にでも値札をつけてしまうという偏った考えかもしれません。

でも一番大切な家族や会社の仲間には価格がつけられません。

会社の資産管理(バランスシート)にも、素晴らしい従業員たちの価値は全く記載されません。

この時点で、資本は「主義」ではなく、道具に一つだとわかります。

ではほんとに大切な考え方、「主義」と呼ぶべきものは何か?

それは「魂」だと思います。

魂がウルウルする事こそが本当の豊かさです。

物作りとは、その物に「魂入れ」をすることで良いものになります。

特に超高精度の金型にはそれが必要です。祈りにも似たものがあります。

魂性の生き生きしている社会では、人は直感(第六感)で動くことができるようになります。

その行動根拠は

何となく、導かれるように、ピンときたから…とあいまいに感じますが、それこそが

現代人が忘れてしまっている大切な感覚です。

気持ちよく仕事をして、その対価としてお金を頂く。

またそのお金を感謝して使う。

この循環こそが、お金が生きる道です。

お金自体が一番偉いなどという事は全くないのです。

お金を拝む「拝金主義」の下では、魂は死んでしまいます。

お金の多寡は結果にしか過ぎませんから。

今回の東北出張では、大切なことを教えていただきました。

写真は今回の出張でお世話になった:

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新幹線!最高速度320キロ/時で快適に、あっという間に東北まで連れて行ってくれました。

この先端部は特にすごいです。まるで巨大な一枚の板を加工したかのような仕上がり。

まさに魂が込められていると実感する造形物です。

物を作ることに携わる仕事を与えられ、本当に良かったと思います。

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年12月 3日 (月)

正論とは

おはようございます。

先週は正しい言葉を使う事の大切さを、そして悪い言葉を使う事の怖さを書きました。

今週は、言葉を使って表現する「内容」について考えます。

先週の自分の稽古の例でいうと、指導していただいているのですから

先生が上達させようと思っていることは間違いないです。

ただ、自分の未熟故に指導の言葉を否定的にしかとらえられず、

指導が進むほどに体が動かなくなってしまう。

指導の内容は「正論」ですが、言葉として自分の脳に入った時点で「ブレーキ」になってしまう。

相手がどう受け取るか、また言葉を相手が理解できるかを見極めて発言することが大切です。

英語が理解できない人に英語で指導をしても全く意味がないのと同様です。

例えば、相手の意思が通じない例として:

日々の生活においても、親(自分)が子供に投げかける「正論」は時としてお笑いのネタになります。

我が家の朝の日常風景

自分:脱いだパジャマはちゃんとたたみなさい!

子供:パパだってたたんでいないじゃないか!

自分:口答えするな!!

(洗濯機の回り始める音)

妻/母親:ハイハイ私が片付けますから、学校/会社に行ってください。

など。

まず自分ができていないことを人に指導しても、聞いてもらえませんよね。

ここでわかるのは、正論とは説得力ある言葉であり、それは大きな人間性から発するものだという事です。

今は何でも「パワハラ」と切り捨ててしまいますが、自分が心から尊敬する先生や先輩から

命令をされれば、喜んで厳しい状態に進んでいく事もある。

スポーツの指導においては特にそんなことがありますよね。

逆に(言葉を発する)自分が相手に認められていないのであれば、どんなに良い言葉でもそれは

「正論」

にはならないという事です。

つまり何を言うかではなく、

「誰が」

言うかが重要なのですね。

テレビを通じて他人が評論するのを聞きすぎている現代人は、その意見をまるで自分自身の考え

かのように錯覚をして、他者に垂れ流してしまいがちです。

うわべだけの意味がない会話の蔓延。

一人一人が「正論」を吐いていると錯覚してしまっているのですから、質が悪いです。

子供が会社の仕事を語っても、それが正しくても大人に全く相手にされないのと同様です。

うわべだけではなく、相手と高め合う会話をするためには、

まず自分を高める努力をする。 知識を広めると自分が何も知らないことに気づき、

謙虚な気持ちになります。必ず。

そして相手が、自分の言うことを聞きたいなと思うまで待つ。

教えてくださいと言われて、初めて得た知識が全人格をかけた「言葉」になります。

ただし、自分の子供にかける言葉は端から「魂」のこもった真剣な言葉になりますので、

親は注意が必要です。良い面も悪い面も裏も表も、子供はお見通しですから。

写真ですが、出張で行った岩手県遠野駅で撮りました:

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冬の準備が進んでいました。

車の運転は好きですが、改造にはあまり興味がありません。でもこのような実用的な改造は

格好良いと思います。

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年11月26日 (月)

言葉の怖さ

おはようございます。

今日は言葉について書きます。

今まで何度か書いていると思いますが、皆様と復習できればと思います。

先週武道の指導を受けている最中に、力が入らなくなる経験をしました。

稽古では初めての経験で驚きましたが、

後日いつも体の調整をしていただいている先生にお聞きすると

「それは脳が運動信号を止めているんだよ」

「だから鈴鹿さんの普段ではありえないほどに体が柔らかくなっているし、皮膚も緊張感無く、弛緩している」

と。最近は週に3回、時には4回稽古に行き、この日はそれを見ていただく日だったのですが

緊張もあり全くうまくいかず、ダメなところを指摘され続けてしまいました。

もちろん悪いのは自分ですが、体が動かなくなりました。

気が抜けたのですね。

人は言葉によって気が入り、時には今回のように腑抜けになってしまう。

どのような言葉を使うのか、本当に気を付けなければいけないと深く思います。

心無い言葉によって、意図せず人様を傷つけていないか。

時には暴力より大きな負担を相手に与えてしまいますから。

心無いと書きましたが、発した言葉は独り歩きして影響を持ち続けます。

その意味で、発した(発してしまった)言葉には必ず「心」があるんです。

会社でこんなことがありました、事務所で私が仲間たちに対して

「人のせいにしてはいけない」

「どんなことでも自分に落ち度があると考えて仕事をする」

などと偉そう話していたところ、重い空気になってしまったので

「でもうちの品質問題は~さんの責任だな」と軽口をたたいてしまいました。

もちろんそんなことは全く思っていないのですが、なんとなく場が和むかなと思ってしまい。

そのあと自分の気分がとても落ち込みました。

後味が悪い感じというか、気持ちがザラザラするというか。

もちろん本人には後で謝罪をしました。

この例でも分かるように、悪い言葉は使ってはいけないのです。

すべて自分に返ってきます。

先の指導の話でも、普通は自分が受けた指導方法でしか人を指導できないのかもしれません。

叱られて、叱られて達人になった人は、当然それが上達への近道だと思い指導します。

親子関係でもそうですよね。

気づくと、父親がした通りに自分の子供を指導している。

でも時にそれを踏まえて、より良い指導方法を見出す人が居ます。

自分の苦労を踏まえて、精神面の大切なところはそのままにより前向きな指導を見出す。

それを人の「進化」と呼ぶのかもしれません。

集う人を幸せにする人が最も価値があり、本物の人生の成功者ですから。

人を楽しくするから自分も楽しい。これは究極の真理です。

ただ自ら努力もせずに、楽しい気分になるのを待っている人には本当の豊かな時間はやってきません。

決して!

それを実現する最大の武器が「言葉」です。

刃物も居合に使えば精神鍛錬の道具、むやみに人に向ければ「犯罪の道具」です。

言葉をどう操るか、特に男は言葉により責任を負わなければいけませんから。

人生一生終わりなき修行です。

写真ですが、小6次男の最後の公式戦:

Photo

今まで見たことないようなナイスピッチングでした。

きっと本人にとってもこれからの人生の糧になると思います。

指導してくださった監督、コーチ、そして産み育ててくれた妻にに心から感謝します。

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年11月19日 (月)

韓国の話

おはようございます。

今朝の東京は曇り空ですが空気がしっとりしていて、寒さもそれほどでなく気持ち良い朝です。

会社につき、着替えていると朝早くからどこからかプレス機のリズミカルな音が聞こえてきました。

かつての墨田区では当たり前の音だったのですが、最近は減りました。

その音を聞いていて、ふと思いました

「乳飲み子からこの音で育てば、リズムを正確に刻めるようになる」

「音楽家や歌手への近道かも」と。

余談でした。内容に名はいります:

先週は、韓国企業で働いていた方にご指導いただきました。

韓国の話はネット上にあふれていていますが、冷静な議論が成立しなくなっている気がします。

感情論昂ぶりが一方的な「怒り」に高まってしまうと、理性が吹っ飛んでとても危険な状態になります。

今日の韓国の話は、現実に起こっている事のみを書きますが、

もし反論や修正依頼等あれば遠慮なくご指示ください。私も勉強になりますので。

韓国の話をする前に、韓国から見える、日本の物づくり企業の危機についてお話しいただきました:

具体名を挙げるまでもなく、日本の大手モノづくり企業は危機的状況で、

すでに多くの会社が中国、台湾を中心とする勢力の支配下にあるのが現状です。

その落ち込んだ分、韓国企業が伸びたというのが数年までの状況でした。

では講師の働かれていた韓国企業の仕事の進め方はどうだったのか、

なぜそんなことができたのか?

  • 日本企業は、すぐれた研究開発が製品に結びつかないことが多い。

  • 研究開発が会社としてのプロジェクトになっていない為、同じようなことを社内の複数部所で開発してしまう。

  • 韓国大手企業では、研究プロジェクト毎に本社と契約して進捗状況を管理する。

  • そして技術を審査する部門が、各技術部門より組織上上位にある。これは日本の組織ではみられない形態。

  • 韓国企業では、製造工程を客先(国別)に最適化している。過剰品質=高コスト体制を防ぐ意味で。日本では常に究極を目指そうとしている。

  • 日本企業は自社技術を囲い込んでしまい、他社との共同開発をほとんどしない。

  • 韓国→チャレンジすることを評価 日本→失敗に対するペナルティ

  • 韓国企業は国際標準規格にかかわる部所に社内で最も優秀な人(ほとんどが海外留学組で、とんでもない人脈を持っている)を配置し、海外に積極的に派遣をする。

  • 韓国企業はリーダーにカリスマ性があり、トップダウンだから決断が速いと言われるが、それだけではない。数十億円規模の投資は社長決裁が不要など、権限の委譲が進んでいる。

ここまで書いてきたことは韓国がスマホ・半導体で世界トップに立った理由であるが、現状は中国に激しく追い上げられ、スマホに関しては完全に抜かれているのが現状。

では韓国が視界不良になってきている原因は:

  • 日本も韓国も儒教思想という意味では共通に感じるが、実際は違う。日本は「忠」を重視した主従関係だが、韓国では「孝」を重視した血縁関係。

  • よって一族が財閥を牛耳り、従業員と大きな格差が生まれる。各財閥のトップや役員が従業員への暴力事件等を起こし社会的問題となり、懲役判決を受けることもあるが、いずれも恩赦・放免で保釈されてしまう事が多い。

  • 色々な基準を財閥の都合の良いように変えてしまう。審査監督する側が財閥へ天下る事を目指している風潮がある。

  • 最近の日本は定年延長で65歳まで働けるようにという話があるが、韓国大企業では38歳、45歳という壁がある。38歳で部長になれなければ早期退職、45歳で役員になれなければ定年。重要な職に就かず56歳まで残っていれば「盗人」と呼ばれる。

  • ただし正社員への手当はとても厚い。社員の子供の海外留学費用も半分負担したり、役員になると交際費200万円/月とも。

  • 上場企業の利益の内62%をサムスンとSKの半導体部門が稼いでいる。中国の急速な追い上げで将来見通しが視界不良に。

  • AIや車載半導体への進出に次世代を託しているが、AIで先行する米国、車載半導体で圧倒的に強い日独は手ごわい。

  • 韓国ではモノづくりをする人を「社会的に低くみなす」風潮がある。大学で理工学の博士課程を優秀な成績で修了した人が「人事部を希望」することが普通に起こる。

  • 最近は政治リスクが高まっている。文大統領は学生活動家だったが、64の重要政治ポストの内23がその仲間で占められている。そのほかも元市民活動家が多数。日本で例えると、かつての全共闘が政府を運営している状況に近い。

  • よって政策としてはどこまで行っても労働者寄りになる。2018年は2017年比較で最低賃金が14%上昇し、来年は更に10%上昇する予定。日本より高賃金になる。

  • 企業は防衛手段として人員削減をせざるを得ない。結果若年者の首が切られやすくなり、大卒者の30~40%に就業先がない、また直近では40歳代の失業率も上がってきている。

  • この結果、富めるものはより富み、貧しいものはより貧しく(貧しさの固定化)が起きている。

  • 当然製造業の海外進出が加速している。製造業の雇用人数は2018年8月には前年同月より10万5000人減少。ベトナム、中国、米国、日本、インドで現地雇用をしている。

  • この結果、北朝鮮とのビジネスに活路を見出そうとする雰囲気が醸成されてきている。一般市民にも北の支持者が増えてきている。

  • しかし北朝鮮は米国や中国の経済制裁によりとても厳しい状況。何とか韓国を引き込みたい、そして文大統領は北の代理人のように動いているように見えている…怖い状況。

  • 北朝鮮は森林が完全に破壊されている(燃料として木を切りつくした)、そして電線は銅を取るために盗まれてしまう。まったくインフラがない。エネルギー枯渇し、発電所を作っても送電できないので無意味な状況。

  • 韓国と北朝鮮は、経済規模に30倍の差がある。

  • 北を正常運営させるには、エネルギー、鉄道、道路のインフラ整備に20兆円位かかる。どこが負担するのか?

  • 北とビジネスをするにはインフラ整備の前に「約束を守る(国)」であると認識されなければならない。

  • 最悪のシナリオとしては、韓半島が世界的に孤立し、北主導の核を持った統一朝鮮ができてしまう事だが…

その他学んだこと:

  • 韓国は世界的に優秀なプロゴルフ選手が多数いるが、国際規格のゴルフ場は済州島に一つしかない。山の南側斜面は伝統的にお墓を作るため。もしお墓を移す場合は、その儀式だけで14年かかるので現実的に不可能。

  • 日本では北朝鮮による拉致被害が問題になるが、韓国ではかつては数万人、現在でもはっきりしているだけでも1,000人以上の被害者がいる。政府はこれを全く問題にしない為、被害者家族の怒りは相当。

まとめ

韓国は隣国であり、天皇家と韓国王室は親戚関係です。近いからこそ問題が大きくなる。

当事者同士での話であればまだ解決もできる可能背もありそうですが、現代はそう行きません。

韓国の宗教は仏教が主ですが同じくらいにキリスト教が盛んで、英語教育も進んでいます。

キリスト教が入り込んだ世界は、かつてのローマ帝国ですら良き方向に行かず滅びる。

まったく不思議なものです。

日本ではキリスト教がほとんど普及しませんでしたが、それは今回の話にもある「階級制」「奴隷制」が

ほとんど無かったからかと思います。

かつての日本は宗教が入り込むすきのない、「忠義」の国でありました。

ただ現代その様相も急速に変わってきており、日本人も変質してきていると思います。

それぞれが世界情勢がどうなろうとしっかりした自分を持ち、周りを良くしようとする。

外に目を向け、他者を評論する前に、まず自分を鍛え自立するのが

良き社会実現の唯一の道です。

写真ですが、先週の秋晴れの日に屋上から撮影しました:

2018

気持ちの良い写真です!(写真ネタ切れで、いつものアングルでした。)

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年11月12日 (月)

西澤潤一先生 第二回

おはようございます。

先週は西澤先生の具体的業績面を書きましたが、今日は私が感じた先生の考え方を書きます。

先生はご自身と同じ東北出身の宮沢賢治の言葉:

「一人でも困っている人が居れば、世界は幸せにならない」をよく噛み締め、

科学技術の進展に少しでも役に立ちたいと考えていた。

80歳当時、お父様が100歳でなくなったことを引き合いにし、

「まだ20年以上ある!」

と、少年の様なキラキラした顔で仰っていました。

ただし、日本の現状については決して楽観していないし、むしろ悲観的に考えていらっしゃいました。曰く:

特に科学の分野では、価値判断ができなくなっているのが致命傷。自分が主体的に物事を

判断するのではなく、前例の有無、発言者の権威に左右されている。

例えばイギリスには今でも法律がない。

その意としては文章で犯罪を律する事が実情が合わなくなっている為。

例えば裁判官が犯罪者に向かって

「シェークスピアの戯曲では~と言っている」

等、臨機応変な裁きをしている。

イギリス人は自分の体験したこと以外はなかなか信用しない頑固な国民性を持っていることも

その一因。

この様な無駄のない裁判制度に反映されているのかもしれない。

また学問においても、先生に対する評価が分野ごとにはっきりしており、

ある研究対象が課題になった時、それを誰に担当してもらえばよいか公明正大にわかる。

よって研究費も効率よく配分できる。

今の日本はこの逆で、論文を書かない(書けない)権威ある先生(時には世襲されている!)が、

恣意的な予算配分を行い、革新的な価値のある研究にはほとんど予算がつかない。

「工」という字は、天の恵み(上の「一」)と人の社会(下の「一」)を結びつけるという意味である。

東洋の科学は人を守るために発展を続けており、世界に誇るべきことが多い。

例えば後藤新平(岩手出身)が行った満州開発(満鉄総裁)や台湾統治(総督代理)では

現地の人々の状況を、

自分の目で見て、現地人が豊かになる政治を行った。

今でも深く感謝する人により、後藤の命日には台湾からの参拝者で

ジャンボジェットが満席になる。

知ることは学びの本質ではない!

科学技術の進歩だけではなく、高い精神文化の実現を目指すべきである。

僭越ながら、個人的まとめ:

有限の死を乗り越えて、名声や思想が子孫の後にまで受け継がれることに気づいたときに、

人類はやがてこれを闘って勝ち取ろうとする。知る教育ばかりではなく、考える教育の上に

「知」「情」のバランスが取れた人材が必要。

写真ですが、究極のバランス!

Photo_2

フィンランド人の友人ですが、普段からこれで活動しています。

満員電車に乗るのはもちろん、走ったりもします。

最初は慣れるまで大変だったそうですが、今では全く問題ないそうです。

先祖が天狗だったのでしょうか、は冗談ですが、体幹の強さが半端ではない人ですから。

自分の国の歴史、その上で哲学をきっちり学び、今は都市計画の博士課程。

いずれは祖国に戻り、当然のように国を背負う人材になると思います。

日本文化を尊び、自らも実践する。頭が下がる思いです。

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年11月 5日 (月)

西澤潤一先生

おはようございます

土曜日は気持ちよく晴れました。

文化の日(明治節:憲法公布の日)という事で明治神宮に行ってきました。

外国の方も多く、大変な賑わいでした。

今まで知らなかったのですが、明治神宮は原宿~代々木~参宮橋までに渡る広大な敷地なんですね。

中には池や宝物殿(来年春まで改修中)、武道場などもありました。

何度も訪ねたいすがすがしい場所です。

今日の話を始めます。

先月末に西澤潤一先生が92歳で逝去されました。

いままで色々な方にご指導いただきましたが、西澤先生は特に強く記憶に残っています。

2006年と2008年二回ご指導いただきました。

追悼の意味も込めて業績面/思想面の2回に分けて書かせていただきます。

西澤先生は「半導体の父」と呼ばれ、ノーベル賞受賞は当然と考える人が大勢いたのはもちろん、

「西澤賞(メダル)」はノーベル賞より権威があると考えていた人も居るほどの活躍をされました。

ご著書も多く、ネット上にも様々な情報がありますが、私が直接指導を受けた内容のみ書きます。

今週は、その業績面についてまとめます。

①エネルギー問題について

もともと地球の炭酸ガス濃度は70%程(現在は0.03%)であったが、主にシダ類が吸収し、

地熱で分解され化石燃料に変わった。

現在人間が化石燃料を掘り出して、ジャンジャン燃やしているのに、炭酸ガスの濃度が上がら

ないのはありえないことである。ただし実際には上がっていない。

本来大気中に充満するはずの炭酸ガスはどこに消えたのか?

答えは海の中で、それも深い層にため込まれている事が分かった。しかし近年の異常気象

で海流もおかしくなっており、いつこのガスが噴出してもおかしくない状況である。

炭酸ガス濃度が4%を超えると人間は絶滅する。西澤先生はあと200年以内にその状況

になると考えられている。この研究は世界で注目され、例えば豊田章一郎がこれを聞いて

プリウスの前倒し発売を指示したそうである。

解決策:

水力発電と直流送電。世界の川の0.1%の力を電力に換えれば世界需要をまかなえる。

それを直流送電で世界中に送ればエネルギー問題は解決。

補足:現在の交流送電では送電距離30kmが限界だが、直流であれば1万km以上可能。

西澤先生が直流⇔交流の変換機(効率99%以上)を発明されたので実現。

地球の周囲が4万kmなので、理論的にも世界を結ぶことが可能。

実際中国の三峡ダムでは直流送電を採用。西澤先生はこの方法をまず日本の電力会社

に売り込んだが相手にされず、米国GEで研究を進めた。三峡ダムで実用化という現状を見て、

日本でも慌てて研究に取り組んでいるが、情けないことである…

②レーダーについて

日露戦争に日本が勝った理由に無線機の活用がある。無線はイギリスの発明だが、アイディアは

東北大の八木先生。今でもテレビアンテナは八木アンテナという。ただし日本人はその技術

を正当に評価できなかった。

イギリス人(マルコニー)はすぐに気づいてその技術を取得し実用化。

それを追って実用化したドイツに日本は教えてもらったという、笑い話のような本当の話。

イギリスはこの日本から教えてもらった技術のおかげで、当時戦争中だったドイツに対し、

戦争末期に一気に形勢を逆転して勝利した。

西澤さんが英首相サッチャーに会った際「日本は基礎研究をせずに真似ばかりする」と言われた。

悔しいのでこのレーダーの話をしたところサッチャーが黙り込み、一言「サンキュー」と言った。

③情報通信について

歴史を知らないアメリカかぶれの研究者が、西澤さんに対して「日本はIT技術に貢献していない」

と言った。光通信はその発振、伝送も西澤さんの発明なのに。

アメリカ技術開発など最近の話で、歴史を見れば日本が先生の方が長い。

例えば:

90年代初期アメリカ経済を力をなくしていた際、米議員のブラッドレーが「アメリカはなぜダメか」

という椎名素夫議員の講演を聞きに来た。内容は「アメリカは新商品を開発するのは上手だったが、

大量生産で日本に負けてその商品開発力の自信まで失っている」

ブラッドレーは大変感銘を受け、講演終了後椎名さんと同郷の西澤さんに、

「大変勉強になった、ところで我々は何をすればよいのか教えてくれ」

西澤さんは「情報通信をやりなさい」と教えた。

その二週間後、ゴアが「情報スーパーハイウェー」構想を大々的に発表した。

今のネット社会はそのインフラから構想まで日本発なのである。

この様にご自身が直接、主体的にかかわったことのみを整然とご指導いただいた。

今でも自分の頭にもその熱が乗り移り元気になったことを鮮明に覚えている。

当時すでに80歳を超えられていたが、顔色も良く姿勢よく直立で講義くださった。

本物の人格、教養とは何か、そして格好良いとはどういう事かを全身全霊でご指導いただいた。

来週は研究に臨み、成果を出し続けたその一生を支えた「西澤先生の考え方」を自分なりにまとめます。

写真ですが、20歳を迎えた社員を囲んでお祝いをしました。総勢12人!

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やっと会社の宴会でもお酒デビューです。

数杯飲んでいましたが、次の日も元気に出社していましたのでお酒耐性問題なさそうです。

頼もしい限りです!?

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年10月29日 (月)

女性の感性と男の責任

おはようございます。

タイトル悩みました、ちょっと大げさですがタイトルに沿って書き進めます。

先週の日曜日、剣道の稽古のためにJR新大久保駅で降りて体育館に行きました。

行きは早朝だったこともあり、スムースに体育館に到着。

ところが、帰りは歩道がほぼ若い女性に埋め尽くされており進めません。

原宿竹下通りの混雑が、道路の両端ににあると言えばイメージしやすいでしょうか。

歩いている人は多くの人が手に何かをもって食べています、ホットドック?

行列の先には屋台の様なお店がたくさんあり、それぞれのお店が工夫を凝らして作っているようです。

お店の席が空くのを待っている人は「チーズダッカルビ」の店が多いようです。

韓国や中国の食材を扱うスーパーが有ったり、韓国芸能人グッズを扱う店があったり、

珍しい雑貨を扱う店があったり。

確かにぶらぶらと歩くのが楽しいかもしれません。

アジアの息吹を感じられる、雑多で混沌とした感じ。

彼女たちにとっては、イオンモールやららぽーとは面白くないのでしょう。

新しいお店を発見する楽しみがあまりないですから。

歌舞伎町に隣接する街、昼間はほぼ女性というのも面白いです。

吉祥寺が一時ほど人気が無くなり、大久保や北千住が若い女性に注目される。

楽しそうという女性の「直感」なのでしょう。

男は「韓国とは歴史問題もあるし」「わざわざ混んでいるところに行きたくないなぁ」

としり込みしている間に、女性は直感で進んでいく。

脳の働きの違いです。

ではそんな女性のパワーに対して、男はどう考えるべきか。

戦争などの混乱期であれば、男のやるべきことは割と簡単に定義できますが、

今の日本のように平和だと役割を見出すことが難しいです。

分かりにくくなるのは、「個人的欲望」と「大儀」を一緒にしてしまっているからだと思います。

個人的欲望の追及の先に、大儀があればよいのですがそれは滅多にないことです。

大儀とは、自分が生まれ、死ぬまでにより良いものを残さなければいけないという義務意識です。

今毎日当たり前に暮らしていますが、もし自分ひとりだけの世界に生まれたとすれば、

紙一枚作り出すことができません。もちろん服も着られませんし、食べ物も選べません。

全て先輩たちが作り上げてくださったものを使わせていただいているのです。

物がなければ、お金など何の価値もありません。

大儀とは宿命と言っても良いでしょう。

いつもここに書くように、人に迷惑をかけないで自分で稼いでいるから

自分の殻に閉じこもって、ふてくされたような生き方をしても叱られる筋合いはないという考え。

これがどんなに間違った考え方か、紙一枚ない世界を想像すれば容易にわかると思います。

宿命を背負い生まれ、宿命を果たして体の一生を終える。

女性の様に命を生み出すことができない男は、深くこれを考えて生きなければいけません。

宿命と宿命の間にあるのが、運命でしょう。ただしどんな運命だとしても自分で受け入れ、

投げ出すことなく、与えられている宿命を果たさなければいけません。

運命を好転させていくのも、個人の力ですから。

もちろん、生きることを投げ出しそうになるような困難な運命もあると思います。

でもそれでも生きるのです。そうやって先輩方は命を継いでくださっているのですから。

「なんのために働いているのかわからない」

などと情けないことを言わず、少しでも良き世の中を作るように一心不乱に努力する。

少しでも良い将来を、楽しい将来を願いつつ、今週もがばります!

写真ですが、満月をスマホで撮影したら不思議な感じに:

2018

カメラの補正技術で、見ている風景と全く違う写真が撮れる。

技術の進化方向としてどうなのか?とも思いますが、面白いことは面白いです。

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年10月22日 (月)

人工知能の発展に見る画像技術の進展

おはようございます。

先週はお世話になっている橋本久義先生の勉強会で、最新の映像処理技術について学びました。

少し前までの一般的なカメラの機能というのは、風景や人物、物の一瞬を切り取り、

それをいつでも楽しめるように印刷物やデータとして保存するものでした。

しかし最新の技術では、カメラは「目」の役割までを果たすようになっており、

それをどう処理するかでデータとしての価値を飛躍的に高めています。

それはまるで人間の脳が行っている作業をするかのように。

この作業をする仕組みをAIやディープラーニングと言います。

例えば:

身近なところでは、かつては手振れ補正はメカ(機械的)で行うのが主でしたが、今は

画像処理技術で行うのが一般的かつ優れていることが多く、コストも1/10以下になるそうです。

逆光で撮ってしまった映像も見やすくなったり、パノラマ撮影ができる様になったりと、

これらはすでにスマホに搭載されている技術として一般的です。

少し進むと、霧や黄砂で見えにくい動画を処理することにより、

あたかも霧が晴れたかのように風景なったり、

記者会見でのカメラのフラッシュだけを消せるようになったり。

これらの技術は街の防災カメラやテレビ放映時に応用されているそうです。

自然に使われていると気づかない技術です。

更にすごいのが、橋やダムなどをドローン(ラジコンヘリコプター)で撮影し、

その映像を解析することで構造物の劣化診断ができるようになるそうです。

今までだと、作業者が直接ハンマー等で確認するしかなかったので、時間もかかりますし

何より危険でしたが、この技術ではラジコン操縦だけであっという間に解析が進んでしまいます。

人の安全を守る、価値ある技術展開です。

人口知能(ディープラーニング)というととんでもないことが行われているように感じますが、

実際には大量の正解データを入力し、それを人間の脳が処理するような原理で

コンピューターが画像判定をするという事です。

何が「ディープ」かというと、画像が同じか/違うかを判断するだけではなく、

画像の特徴を細かく情報化し、学び続けるという事です。

それにより、例えば動物の写真を見て犬/猫といった種別の判定だけではなく、

犬であれば、犬種(ハスキーやブルドック)の判定ができるようになります。

この時に話題になったのですが、このまま技術が進展するとコンピューターが人間の能力を超えて、

SF映画のように人間がコンピューターに支配されてしまうのでは?と。

講師の先生の答えは

「起こらない(少なくとも我々が生きている間は)」

でした。

その理由としては、「昔から人間はコンピューターに追い越されている部分があるから」

でした。例えば

記憶力はハードディスクに到底かなわないし、計算力はそろばんチャンピオンよりエクセルが速いとか。

このブログを読んでいただいている方には繰り返しになりますが、自分の答えは

「決して起こらない、ただし人間が考えるのをやめればあっという間に追い越される」です。

人間が五感(見る、におう、味わう、聞く、触れる)の処理のみに脳を使うようになってしまえば、

ほとんどセンサーで代用できるそれらの能力はあっという間に機械に追い越されます。

五感の処理に専念するとは、五感が心地よい状態を追求してしまう事です。

その状態では自分の心地よさしか優先しておらず、利他の精神が全くありません。

脳の五感の処理に使われる力は表面的で、もっとすごい力が発揮できるという説もあります。

私もそれは直感として正しいと思っています。

残りの能力は何に使われているのか?は先週、先々週に書いたブログにつながっていきます。

再読いただけると嬉しいです。

今回の勉強会の詳しい内容は知らずに参加しましたが、たまたま自分で選んだブログ題材が「脳」。

こんなところにも出会いの不思議さ、人間の能力の奥深さを感じます。

「たまたま」も「偶然」も実はすべて「必然」なのかもしれません。

写真ですが、会社から亀戸まで歩いた際に撮ったものです:

Photo

団地ですが、この部分だけ上階がなく特別な感じです。

実はこのルートは初めて歩いたのですが、この景色は前に何度か夢で見ていたもので

見つけた瞬間にびっくりしました。懐かしい感じというか…

日々いろいろな不思議なことが起きます!

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年10月15日 (月)

脳の構造②

おはようございます。

先週の続きで、脳について考えます。

日々生きている中で、どう行動する決断を求められた際に、それを決定するにはまず状況を理解・把握し

「考える」

事で決定していると思います。

この考えるという行為、今日はお昼に何を食べようかな?という軽い物から

仕事で転職するかどうか考える、家を買うか悩むという大きな決断を要するもの、

また人によっては本当に一生を左右する決断に迫られる事もあると思います。

ここで気を付けなければいけないのは、自分では考えているつもりでも、

ただ入ってくる情報(今は本当に情報の洪水状態ですから)を自分の都合の良いように

解釈しているだけになりがちという事です。

都合よくというのは、理屈ではなくその時の感情論で自分に都合の良い情報を

取捨選択している状態です。

これは考えているようで考えていません。

この状態が行き過ぎると、自分勝手で頭でっかちな、迷惑な人を生んでしまいます。

先に書いた、

「昼に何を食べるか?」

に対してであれば、直前にテレビでみたラーメン特集に影響されても問題ないですが、

転職や家を買う事を、会った事もない他者の評論に乗って決めてしまう事は怖いことです。

ではどうすれば良いのか。

右脳や左脳ではなく、もっと深いところの脳の働きをフル活用させ、

状況の発しているエネルギーをキャッチする事が必要です。

細かい情報を伝達するすべのない動物は、そうやって理屈抜きに状況を判断して

自然界で生き抜いています。

現代人は他者から垂れ流される情報に汚染され、この直感を鈍らされています。

スマホから情報得ているという事は、ほとんど同じような情報を共有していることになります。

食べ物や飲み物、お店が一時的に大ブームになり人が殺到する。

個人的経験では、それらの食べ物や場所が美味しかったり心地よかったりした事はまずありません。

おそらく多くの人がそう思っていると思うのですが、

「流行っているから」

並んでしまう。

これがもっともっと深刻な事でブームが作られているとすれば…

怖いことです。

それぞれがきちんと考えれば、その人の置かれた状況の中でバランスを取ろうとし、

環境に適応した現実的な答えを導き出すはずです。

そうしないとあっという間に自分の身が危険にさらされますから。

この考えるという能力を磨くには、なんといっても読書(思考が深まる本や古典)が有効です。

自分を深めるためにする読書は、速読などできないはずです。

静かで落ち着いた時間の中で、自分を高める本当に豊かな時を過ごす。

それこそが本当の読書です。

別の角度から脳の力を考えてみると:

考えるという能力の内で理屈を超えた存在、しかし一般的に理解しやすいのが

「念じる」という事です。

例えば:

何か物を欲しいと思えば、そのカタログやチラシを何度も見て、夢にまで出てくる。

その想念に体が導かれ、前向きに働くようになってより多くの収入を得られ

結果的にそれを手に入れている。

会いたと強く念じていたら、ばったり街で会う。これは多くの人に経験あるのではないでしょうか。

偶然というより奇跡ともいえるタイミングで。

思わぬ偶然ですが、思わないことは実現しないとも言えます。

この様に強い「念」のパワーです。

負の方向に使うと、怖い事を引き起こしてしまいます。

いきなり人を殴れば傷害罪ですが、怨念を飛ばしても罪にはなりません。

もし将来「念」が見られるスコープができたら、

「怨念罪」

という重罪ができるかもしれません…

かつての日本人は、本能的にこれを理解していたと思います。

「人を呪わば穴二つ」

と古くから言い伝えられているのですから。

「念」は見えませんが、声に出すことで周りの人にもその人の考えが伝わります。

声に出すことで想念がより具体化します。

自分が悪い想念を持ってしまいそうなときは、良い言葉を声に出して打ち消す。

もっとも出し易いのが

「ありがとう」

という感謝の言葉です!

念や言葉は使い方を間違えると怖いですが、正しく使うと良い事ばかりおきます。

しかも日本語を使える幸せ。本当に幸運です。

写真ですが、会社の近所で力強く生きていたのを収めました:

2018

朝の八広駅で咲いていました。

Photo

野菜でしょうか?マンションのコンクリート割れ目に。

簡単に抜いては行けないような、気高い精神性を感じます。

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年10月 9日 (火)

脳の構造①

おはようございます。

今週は脳について考えてみます。

人間の体を大きく二つに分けると、脳とそれ以外の部分に分かれると思います。

脳以外の「体」は、病院でいえば「眼科」「歯科」「胃腸科」などと、それぞれの部分の専門科があり、

なんとなくその構造が分かりやすいです。

当然「脳」の専門科もありますが、「脳外科」では、脳の怪我(出血等)を治す)のが主で、

「脳神経科」もありますが、脳の機能の一部を見ているだけで、体のほかの部分と比べると

圧倒的に未知の部分が多いです。

例えば、男女の脳を比べると、左右の脳をつなぐ「脳りょう」の大きさが全然違うそうです。

女性の方が圧倒的に大きく、男性は小さい。

これを自分なりに解釈すると、

女性の方が左脳の理論と右脳の感受性のやり取りが素早くできる。

逆に男は左脳の理論を突き詰めていくか、

右脳の感受性をフル回転させた芸術活動に没頭する。

どちらが良いというのではなく、「違う」のです。

脳が体を動かしているのですから、わかりやすい男女の体の特徴の違いより

脳りようの違いの方がはるかに大きいといえるかもしれません。

差別意識ばかり先行させ、あげくに「男女平等、男女同権」と旗を振ろうとしても、

互いに違うのですから、お互いを認め合い高めある教育こそが良い世の中を作ると思います。

明らか分かる、脳の仕組みの一部だけでもこんなに不思議な違いがあります。

当然同じ性の中でも差異はあると思いますので、みんなそれぞれ違うと認識することが重要です。

特に組織を束ねようとするときは、

「同じ人はいない」

という前提に立たないと、まとまりがつかなくなってしまいます。

そしてリーダーは自分の特性(性格)を見極め、脳を柔軟に切り替えて使う訓練をしなければいけません。

これは

「仲間の気持ちを思いやり、導く」

という能力を磨くことにつながります。

この能力は、上達させるのはとても難しいです。

偏差値教育で磨かれるものではありません。

これは直感ですが、これを磨くことができるのが日本の「武道」のような気がします。

武道は決して人をやっつけるためにあるのではなく、自分を磨くために稽古を積みます。

週末は鹿島神宮古武道大会に、先生、先輩の応援に行きました:

Photo

各団体が、それぞれの技を稽古で鍛え伝統を守り、神様の前で演舞する。

とてもすがすがしい時間を過ごすことができました。

神社とは本当に不思議な力を持った場所だと思います。

こんな風景を見ていると、時代を一気に超越して過去に戻ったかのような錯覚を覚えます。

Photo_2

きっと脳のどこかに記憶されている思い出がよみがえるのでしょう。

脳の話、来週も続けます。

今日も読んでくださりありがとうございました。

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