2019年6月24日 (月)

ピーマンとシシトウの相性

おはようございます。

今日は梅雨らしい天気で、植物にとっては夏前の大切な水分補給の時期です。

そこで、今日は家庭菜園の話です。

プランターで、ピーマンとシシトウを同時に育てていました。

ちなみにピーマンとシシトウは、苗では全く区別がつかないほどそっくりです。

しかしどうした事か、片方(おそらくピーマン)が成長しません。

ほとんど枯れてしまったので、それは畑の端に植えて再度ピーマンの苗を買いました。

すると、そのピーマンは育ったのですがもう片方のシシトウが全く大きくならない。

さすがにおかしいと思い、ネットで調べると

どうやらこの2つの苗を同時に植えてはいけなかったようです。

相性が悪い、たとえ育ってもピーマンも辛くなってしまうと。

辛くなるのは、シシトウの花粉を受粉する可能性があるからかもしれません。

プランターにはピーマンだけ残して、シシトウのあった場所には空心菜の種をまきました:

Photo_20190620131501

写真上、プランターの上にちょっと映っている小さいのがシシトウです。

数週間たっても苗を買ってきたままの大きさで成長が止まっています。

ちなみにほとんど枯れかけていたシシトウですが、畑に移した後はぐんぐん育っています。

しかし不思議です。

根が絡み合っているわけでもないのに、片方が育たない。

匂い?でしょうか。だとしたら、上の写真の状況でもシシトウが育たないはずですよね。

しばらく実験してみます。

いずれにせよ、お互いが何らかの通信をしてけん制し合っていることは確かなようです。

 

人間の場合でも相性の合う合わないというのはあると思いますが、

植物のように簡単に植え替えるわけにはいきません。

ではどうするか?

努力によってその状況が固定化しない様にする。

それが知性です。

お互い何が気に入らないのか話し合いをする。植物にはできないことです。

かつての日本では、「村社会」と言われ今ほど人の移動が自由ではありませんでした。

気に入らないからと人付き合いをしなければ、行く行くは変人扱いか村八分だったでしょう。

だからこそ、そうならない為にも季節毎のお祭りや

村人力を合わせての伝統継承行事があったのかもしれません。

先人の知恵です。

ところが現代においては、人を指導したり叱ったりすることがとても難しくなっています。

それは成長する機会が失われているという事です。

最も大切なのは子供時代の家庭教育ですが、

今はそこでうまくいかなかった場合の救いどころがとても少ない。

それはとても怖い事です。社会としての常識が崩れてしまいますから。

最近はそんなことが原因の事件が多い気がします。

2人の息子の親として、また会社経営者として、全く他人ごとではありません。

教育、指導と言っても本能まで抑え込んでしまってはいけないと思います。

人としての本能を削るような教育は、元気のない子供を産むだけですから。

本能を大切にしつつ、それをどう生かして他者と強調していけるかと言う知育。

老後のお金の心配よりもはるかに大切な課題です。

家庭菜園から大切な学びをもらいました。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2019年6月17日 (月)

物は人を幸せにするのか

おはようございます。

普段仕事でモノづくりに携わっていながら、今回の題名は矛盾しているかのようですが考察をはじめます。

その基本的考えは、「物は(そのものだけでは)人を幸せにしない」です。

ただし、物と言ってもいろいろあります。

先週のブログに書いたような、食べ物。

これは体を維持するために、最低限の栄養が必要です。

美味しいやまずいの前に、必須です。

物には有機物・無機物がありますが、有機物は大雑把な解釈をすれば「いきもの」です。

もちろん人間は有機物。

対して無機物は、いわゆる「モノ」

身の回りにある、時計や車、スマホや住んでいる部屋…

我々有機物は、無機物を「所有」しながら現代社会を生きています。

有機物は生き物ですから、いずれは朽ちて無くなってしまいますが

無機物はその種類や質、保管方法によってはずっと残ります。

例えば、分かりやすいのは宝石や金(ゴールド)。

何千年も前に誰かに所有されていたそれらを、現在生きている我々が美術展などで鑑賞できる。

そう考えると、それら貴重な無機物の意思によって、

有機物である人間がそれらを所有させられているかのような錯覚を覚えます。

違う言い方をすれば、逆に人間がそれら無機物に観察されているかの様な。

 

現代は情報にあふれ、物を使い捨てにし、また生活に必要以上に物を集めてしまう。

自分の命が永遠であるかのように振舞って…

所有者が亡くなれば、それらの物は主をなくしてさまよいます。

幸運にもまた誰かに使ってもらえるものもあるかもしれませんが、ほとんどはゴミになる運命…

なぜ現代人はこれほどものに固執してしまうのでしょうか。

それはちょっと大げさに言えば、自らの「生存不安」が原因かもしれません。

しかし無機物に囲まれても人は深い安心を得ることが出来ず、その欲望が加速するばかり。

本当に大切なのは、生ある人同士に築かれる、目には見えないつながりです。

それは感謝心であったり、労りであったり、そこから生まれる信頼であったり。

ただ、無機物を介してそれらを醸成する事は大切です。

例えばスマホでお互いの状況を伝えあったり、心地よい家に住んで良い気分で生活できたり。

手段は無機物であっても、本当に得たい物は

「見えないつながり」

という信頼。

現代は、手段が目的になってはいないでしょうか。

周りの人が持っていない最新のスマホを入手する、高級車に乗って自尊心を満足させたい、

大きな家に住んで経済的成功を誇りたい…

その先に目指す生活が見えていないと、際限ない物欲地獄にはまってしまいます。

そうは言っても、先を見通す事は誰にとっても難しいものです。

まずは生活するために必要なお金をしっかり分け、余計な物を買わないように自分を律する。

現代社会は一見便利になりすぎて、大切なことを見失いつつあります。

食物からとる栄養と言う意味では、豊かで命の維持に不安がない現代日本社会の中でも、

精神的に厳しい状態で生活している人も多いです。

厳しい中でも寂しくならないように努力する。

誰かに居てほしいと思われることで、精神的栄養が補給されます。

そして居ないと困ると言われる場所を作る事で、自信がついていきます。

そのためには、日々接する人に気を配り、自らを後にして他者を心地よくする。

挨拶だけでもそれは成し遂げられますから。

写真ですが、この時期だけのご褒美:

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睡蓮の花、去年は咲きませんでしたから見つけたときには一瞬時が止まったような感じでした。

あらゆる花の中で一番きれいだと思います。

昼間だけしか見られず、夕方には:

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それも数日でおしまいです。(よく見ると子メダカが見えます)

あまりにも美しくはかない花の一生。

自分の一生もこうありたいというあこがれが、心を惹きつけるのでしょうか。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2019年6月10日 (月)

フィンランドの食、文化

おはようございます。

今日は先週に続き、フィンランド文化の考察を「食」に絞って書きます。

フィンランドの消費税は24%と高いが、パンやジャガイモ等一般食品は10%

それらの価格は日本とそれほど変わらないが、外食は高い。

会社帰りに軽くビールを一杯飲んでおつまみを食べれば、最低3,500円/人はかかる。

ただし、最高級の店に行っても1.5万円/人位。

ここまでが食の基本情報ですが、ではフィンランド料理とは何か?

講師の渥美氏によれば、美味しいフィンランド料理は無い。

美味しいレストランはほぼロシア料理。(日本食も多いが)

ここで考えさせられました。

言うまでもなく食とは体を維持するエネルギーを補給するための行動。

現代では美食を競ったりしていますが、長い人類の歴史的には

飢餓からの脱出が最優先でした。

特にフィンランドのように寒い地方では、何とか夏場にじゃがいもを確保するのが

最優先課題だったでしょう。

その様な状況で、食を「文化」と呼ぶようになるまで高めるのは考えつかないことだと思います。

この様に気候条件は食文化に大きな影響を与えますが、

もう一つ大切な視点は、王室があるかどうかだと思います。

王室がある=美味しい物を作って献上すると褒めてもらえる。

絶対王制であれば、そこで認めてもらう事は人生の安泰を意味しますから

技を競って磨くと思います。

そう考えると、先週書いたようにフィンランドには王室が無く、気候が寒いので

食文化が発達しなかった。独立してからまだ100年しかたっていないのもその理由でしょう。

他国に当てはめると、

建国約200年のアメリカ、独自の食文化はあまり聞きません。

逆に各地に強力な王族が居て気候も温暖なたイタリア、何を食べても美味しいです。

そして世界三大料理と言われる国々。

絶対王政のフランス、中国、トルコも気候は比較的温暖ですね。

ちょっと不思議なのは、広大な植民地を持ち、今でも英連邦を維持しているのに

イギリス料理はあまり文化としては発達していないことですが、

これ以上の考察をする知識が無いので止めます。

日本料理について考えると、そのシンプルさがすごいと思います。

代表的な鮨。一見ご飯を握って魚を乗せるだけ。でもそこに繊細な技術があり人を感動させる。

各国の高級料理は、味が濃厚でこってりしたものが多いような気がしますが、

日本料理はどこまで行っても素材の味ベースでシンプル。

そして各地に独特な文化が根付いています。

納豆やいぶりガッコ、からしレンコンや明太子…

個人的に大好きなくさや(GWに行った新島/式根島の名産品)。

臭いですが、サプリ並みに栄養満点です。

他にも各地独特発展をしている味噌汁。

丁寧にだしをとって、地方の究極の発酵食品である味噌で味をつけて身近なものを美味しくいただく。

究極の贅沢かもしれません。

日本料理が世界中で人気になるのも当然ですね。

先週は社員皆でそんな日本料理をおいしくいただく機会に恵まれました。

会食場所は上野韻松亭:

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個室を借りられ、窓の外には不忍池。

まだ明るいうちから始まりましたが、夜になると炎が揺らめき雰囲気が変わります。

食事は和食で山海のごちそう、皆満足です。

珍しく集合写真が取れました:

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皆で良い時間を過ごすことが出来ました。

お客様のご支持があってこそです。

気持ちも新たに頑張ります。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2019年6月 3日 (月)

フィンランドの話 異文化理解の続き

おはようございます。

先週は、定例の橋本先生勉強会でフィンランドの話を聞きました。

講師はフィンランド大使館の渥美様(所属部所はビジネスフィンランド:後述)

個人的にも、フィンランドの方と一緒に武道の稽古をした経験もあり、国に対する興味が湧いていました。

また、GW中に読んだ日露戦争関連の本の中に、

「日本がロシアに勝ったことで、フィンランドは大変な勇気をもらった」

と書かれており、自分が歴史を全く知らないことに気づかされました。

日露戦争の勝利によってアジア各国に独立機運が高まったことはしっていましたが、

日露戦争当時、フィンランドはロシアの一部だった事を知りませんでした。

地球儀や地図で確認すると分かりますが、フィンランドと日本はロシアを挟んで隣同士です。

温暖化が進んでいる現在、北極海航路ができると物流面でもとても近い存在になります。

この日の講義は、ビジネス面での話が主かと思っていましたが、歴史を含めた幅広い学びを得られました。

では始めます。

 

フィンランドの基礎的情報:

  • 人口550万人、首都ヘルシンキ
  • 国土面積は日本とほぼ一緒
  • 1917年独立(日露戦争は1904~1905)
  • 言語はフィンランド語、英語、スウェーデン語
  • 法人税率20%
  • 暮らしやすさランキング世界一位
  • 王室はない
  • 緯度が高く、夏はずっと昼間で冬はずっと夜。オーロラが有名
  • ムーミンの故郷

給料は日本とほぼ一緒(EU内では安い方)

国土が広いので家は安い。一般社員でも土地1エーカー(1200坪)の家を買うのは珍しくない。

講師の知人が「隣家の音が気になる」と言うので、どのくらい離れているか聞いたところ20km!

税率が大変高いので、大学含む教育は無料で老後の心配がない代わりに頑張ってもあまり給料が増えない。

租税の国民負担率約65%(日本は40%程度)

 

歴史:

先史時代を経て、12~19世紀までのスウェーデン時代(今でも金持ちには旧スウェーデン人が多い)、

19~20世紀のロシア時代を経て独立。

ロシアから独立後、多くの東欧諸国はソビエト連邦に組み込まれたにが、

フィンランドは独立国として良好な関係を維持。

オイルのパイプラインも止められなかった。

講師曰く、その理由はフィンランド人が「強かったから」ではないかと。

先史時代をひも解くと、大陸からのフン族(遊牧騎馬民)が作った国という俗説もあるそう。

日本にもフン族が来ており、それが両国のサウナ、風呂好きの遺伝子とも。

両国ともに裸でサウナ、風呂に入るが、世界的に見ると珍しい。

日本との外交史では、今年が外交樹立100年、記念式典には秋篠宮ご夫妻が出席される予定。

良好な関係を築いており、飛行機も週に40便飛んでいる。

 

ノキアの歴史から見るフィンランド経済:

1990年代から2011年まで、ノキアは携帯電話において世界トップ企業を維持し続けた。

当時約5万人の従業員の内、半分は外国人(トップマネジメントはフィンランド人の割合が高い)

その後スマホ台頭により携帯電話部門売却、現在はルーセントを傘下に。

その結果ルーセント参加だったベル研究所もノキア傘下になっている。

現在は5G通信システムで世界第二位。次次世代6Gの開発でも先行。

その他通信に限らず幅広い事業展開をしている。

携帯電話部門売却時でも、日本の製造業でいえば大変優秀な利益を出し続けていたが、

先行きを考えて売却。

退職者に退職金+2500万円を払って起業を勧める(起業1,000社計画)

この計画は成功し、色々な分野で優秀なベンチャー企業が育ちフィンランド経済を支えている。

ここで先述した「ビジネスフィンランド」の説明。

これは日本でいう経済産業省の様な組織ですが、企業に対して650億円の直接投資を行っている。

国として積極的にベンチャー投資をしている事もあり、

近年スタートアップ企業のイベント(起業家と投資家の出会いの場)「SLUSH」が大人気。

2018年は12/4、5の2日間に一般参加2万人、スタートアップ3,100社、投資家1,800人、

参加国籍130か国、実施ミーティング2万以上。

「SLUSH」=スタートアップ企業のワールドカップといった様相を呈している。

例えば自動運転に関するスタートアップ企業に対する支援では、資金面だけではなく

実地試験での場所提供も法解釈を柔軟に変えて対応している。

技術的には日本の方が高いかもしれないが、規制が多すぎてテストが進んでいないのと対照的。

また、かつては医療面での遅れが深刻であったが、今は大胆なIT化(電子カルテのビッグデータ処理)

により、医者の少なさを適切なデータ処理でカバーすることで改善している。

 

その他、まとめ:

フィンランドは教育が無料で、教育水準が高い。

社会人になっても、16:00には仕事が終わるので、終業後に大学院に行く人も多い。

ただし個性を重視した教育をするため、勉強嫌いはそのまま大人になり計算もできない人も多いという面もある。

個人で見ると優れた人が多いと思えなくても、組織となると大きな決断を大胆にし環境に適応していく。

また失敗を許せる文化でもある。

そんなところも小さい時からの教育環境によるものなのかもしれない。

ノキアの例でも書いたが、フィンランドの組織において成功したらボーナスが出るのは当然だが、

継続してる事業や研究が上手く行かないとトップが判断したら、

利益が出ていなくてもボーナスを払ってその事業をやめてしまう。

担当者は続けたければそのボーナスで独立すればよいので、好循環が生まれる。

日本の場合は事業が属人的になってしまい

「~君、~さんが頑張っているからもう少し様子を見よう」となってしまうところである。

事業に対する考えがドライで、日本人の様に仕事にしがみついて頑張らない。

実際仕事上の会話においては、ほとんど無駄話はせず、接待も行わない。

接待の代わりにサウナに一緒に入っておしゃべりをする。

大きな会社においては、会議室の横にサウナが併設されてている事も多く、

国全体では100万か所以上のサウナがある。

サウナほどではないが、多いのが巨大室内カート場。

冬の娯楽が少ない(できない)ので発達。実際F1レースにおいてはフィンランド人ドライバーは多い。

また、広大な土地と気候をいかしたラリードライバーも有名人が多い。

一見縁がない遠い国のように感じるフィンランドであるが、学んでみると似ているところも多く

親近感を持つ。

日本との比較では、人口が20倍以上違うので直接比較はできませんが参考にすべき点も多いと感じます。

異文化の理解のための学び、自分の考え方を広めるためにもとても大切だと再認識しました。

食についても考察したいのですが、長くなってしまいましたので来週書きます。

写真ですが、身近な自然に神秘性を感じると言う面もフィンランドに親近感を抱くかと思い、

通勤路のジュンサイ池で:

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この一角では自然にジュンサイを再生しようとしています。本当にきれいな水です。

今日も読んで下さりありがとうございました。

 

2019年5月27日 (月)

異文化を理解できる度量

おはようございます。

気づけばスカイツリー開業7年でした、このブログも7年続いています。

読んで下さる方のお陰です、ありがとうございます。

先週は取引先(お客様)社長とホテルロビーで待ち合わせ:

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立派なお花とピアノ演奏。

待っている間も読書をしながら豊かな時間を過ごせます。

社長は東北地方で立派な会社を経営されていますが、

今年アジアの新興国に工場を出すことになったそうです。

全く文化の違う国に、工場を独自に新設する。

今の日向には想像できない事なので、経緯等ご指導いただきました。

 

その内容をまとめ、考察すると:

異文化を理解しようとする前に、それぞれ各自の文化を理解することが大切。

それぞれの人間にとって、生まれ育った文化は尊く、大切なもので、それを誇りに思い

深い自信と安心を感じながら堂々と生きる。

そんな人は他者の(外国の)文化にも興味を持ち、それがどんなものであろうと尊重する度量を持っている。

本当に魅力ある人はそんな人である。

また、人を育てるとは知識を詰め込むことではなくそのような考えを持つように育てる事である。

海外に工場を新設するというのは大変な事であるが、現地の文化を尊重し、馴染むように努力する。

これこそ海外工場運営の秘訣である、と。

逆に経済的に優位な自分の国のルールを、現地の人に押し付けてしまえば…

もう最初から失敗は見えています。

本当に大切な話です。

 

これは、海外工場新設と言うような大きな話ではなく、日々接する身近な人々とのふれあいでも

全く同じことです。

どんな文化背景に育っても、自分の文化に誇りを持たず、

自分に自信を持てず、故にそのはけ口を求めるように他者批判ばかりし、怠惰な生き方をしている人は

皆同じような顔つきになってしまい、同じような愚痴を言い続けてしまいます。

そして他者を尊重しないのだから、当然自分も尊重されず

行き場をなくして苦しみながら生き続けることになります。

こうなってしまえば、どんな立派な知識も役に立たないばかりか、屁理屈の上塗りにしかなりません。

 

かつての日本は、それぞれの家や町、会社、そして国としても暗黙のルールがあったように感じます。

一見不合理に見えるルールであったとしても、長い間人の知恵が集まってその状態になったのです。

もし長い歴史の中で「日本」という組織が無くなっていれば、

その瞬間に私有していた財産は没収されてしまっていたでしょう。

財産が没収されるだけなら取り返すこともできますが、

文化が抹殺されることで本当に国は無くなってしまいます。

 

もちろん時代が変われば徐々にそのルールは変わって行くと思いますが、時には大きく変わる事もあります。

近世では明治維新であり、そして昭和20年の敗戦後。

本当に大切なこれらの出来事は、残念ながら戦後教育の中ではほとんど指導を受けません。

ただし学ぶ気があれば、現代日本では学ぶことが出来ます。

「学ぶことが出来る」

これは一見当たり前に感じますが、自由に学ぶことが出来るというのは魂の解放で、素晴らしいことです。

日本が今ある理由、先人の苦労を深く学び、一人一人が先の話の様な魅力ある人を目指せば

国はおのずと繁栄するはずです。

 

令和への年号変わり、国を挙げてお祝いする日本。

諸外国はうらやましい出来事だととらえているという報道に接しました。

守るべき文化をきっちり守っている、その大切さを実感しているのだと思います。

特に国内に紛争を抱えた国が多くなっており、尚更その思いに駆られるのかと。

国民がお祝い事で一体になる、現代社会ではなかなか難しいことになってしまいました。

年号代替わりは自分の場合47年生きてきて二回目。そう頻繁に起こる事ではありません。

家庭において親から家族の昔話を聞く、それを自分の子供や近い人に伝える。

その伝承こそが人に本当の落ち着きを与える、教育の柱です。

日々身近な事、そして国がある事に感謝し生きて、自分を高めていく。

そんな大切なことを深く学べた夜でした。

 

今日も読んで下さりありがとうございました。

2019年5月20日 (月)

不合理への対応

おはようございます。

先週は「世の中不合理」それが現実、そこに気づければ成長すると書きましたが、

そこで終わってしまうと、現在不合理に苦しんでいる人にとっては

救いようが無くなってしまいます。

どう対応すれば、より良く生きられるのか考えます。

 

まず自分の属している様々な組織に対して不満がある方、多いと思います。

極端に言えば、日本人には少ないと思いますが「国自体」嫌だと。

そんな風に考えてしまう人は、

「ではあなたは組織に対して何ができていますか?」

と問いたいです。

もし組織に十分貢献している、組織の仲間に気を配っている

それでも組織とうまくいかない。

それは組織自体に問題がある可能性が高いですよね。

他の組織に移ったり、自分の力で組織を作っても良いかもしれません。

 

ただし、ここで一つ考えなければいけないのは

「人は変化を嫌う」「現状維持を続けてしまう」

という面があるという事です。

自分を変えるより、人が変わることを期待する方が楽ですから。

同じように、本当は起きていることをどう処理するかが大切なのに、

その「事」を変えようとしてしまい悩む。

 

これは自分への戒めでもあります。

自分を変えるのは本当に難しいです。

流行りの服を身にまとったり、高級時計を身につけたり、高級車を買ったり…

それで変わるのは見た目だけです。

もう少し成長して、新しくスポーツに取り組んで運動神経を鍛えたり、ジムで筋肉をつけたり

マラソンを始めて持久力を付けたり…

これなら少しは内面も変わるかもしれません。

でもこれすら本質的な変化にはなりえません。

 

自分の変えるには、自分が両親からいただいた命を何に使うかという方向を変えるしかないです。

現代人はスマホゾンビにさせられていて、ほとんどこれを考えていないのではないでしょうか。

これは一朝一夕に確立できるものではありません、そこでここに到達するために日々何を考えればよいか?

それは「カン」を養う事です。

カンとは、勘、感。

知識ではないこれらの感性は、目をスマホの小さな画面に向けている時にはほとんど働きません。

目からの映像を処理するために、脳の力をほとんど使ってしまうからです。

組織を率いるにはさらに必要なカン:観、肝、貫、幹、寛…様々な「カン」が必要になります。

自然とはそれらが高いレベルでバランスされています。

少しの不合理など吸収してしまうほどに。

本当の学びとは自然と一体化する事、自然からの学びです。知識を詰め込む事ではありません。

 

スマホから解放されたほっと一息つく時間を作り、自分自身と語り合う。

今苦しんでいる人が救われるには、普段の習慣を変えてそんな時間を作ることが大切です。

写真ですが、夜桜ならぬ夜バラ:

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向きを変えて:

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ご近所さんが丹精込めて育てています。

酔っぱらってタクシーを降りた瞬間にバラの香り。

豊かな時間を過ごせ感謝です。

今日も読んで下さりありがとうございました。

 

2019年5月13日 (月)

子供への問いから考える社会の仕組み

おはようございます

GWの旅行中に子供と話していた際に、ふとこんなことを考えました:

「自分が知っている知識を相手が知っているかを聞くのは、たとえ子供相手でも失礼かもしれない」

と。

もちろん教え導くという理念があればそんなことはないと思いますが、

優越感を持ちたくて問うのは、本当に怖いことだと。

その知識をたまたま知っているだけで、偉いわけはないのですし、

相手は自分の知らないもっと素敵な知識を持っているかもしれませんから。

 

学生時代は学ぶことばかりですから、その確認の為にテストは必要だとは思いますが

先生がどのような気持ちでそれを行っているのか。

今の自分が教師だとしたら、生徒に教えたことをテストで確認するというのは

怖いことのように感じるかもしれません。

結果が悪ければ自分の教え方が悪いという事ですから。

自分が指導される学生側の時は、そんなこと考えもしませんでした。

 

例えば一般の会社でも入社試験や昇進試験はあると思いますが、

面接や普段の態度も加味されて合否が決定することが多いので、

ペーパーテストの結果は参考程度の事が多い気がします。

ペーパーテストは成績がはっきり出ますし、一見合理的に見えます。

しかし、

「たまたま勉強したところがそのまま出れば好成績」

これは合理的でしょうか?

学生の場合は

「そんなものだ」

と割り切ってしまうかもしれませんが、

社会人の場合は、テストで良い点を取っただけではうなくいかないことが多くなり、

不満に思う事も増えていきます。

 

より大切な、

人とうまく付き合う能力、指導する能力、人を惹きつける力…

それは「たまたまの勉強」でに身につくものではありません。

 

社会人と学生の間にある「壁」って実はここにあるのかもしれません。

基準が変わっているのです。

学生:

テストで良い点を取る=分かりやすく合理的。世の中の判断基準はこうあるべき。それが正義だ!

ところが社会に出てみると:

嫌な上司に指導され、その上司は課長にはぺこぺこしていて格好悪い。

先輩はどのようにすれば仕事が上手く行くか教えてくれないし、お客さんにも厳しいことばかり言われる

今でもテストの点数は誰にも負けないのに、そんな知識は聞かれることがない。

結局好き・嫌いで昇進が決まっていて不合理ばかりだ!!と。

 

開き直るようですが、その通りで世の中不合理ばかりなんです。

でもその不合理こそが世の中の現実。

「不」(不足、不満、不幸せ…)あるから、その反対もある。

もし幸せばかりの世の中だったら、そこに「生」のエネルギーはあるでしょうか?

人だって、悪いことをしり、嘘をついたことのない人など魅力があるでしょうか?

絶対的な正義や合理などあるわけがないのです。

だから人生は面白い、これに気づいた人は成長が速いです。

あっという間に自分の殻を破り、どんどん現実世界の知識を吸収していきますから。

その時になりやっと役に立つのが、学生時代の知識。

役に立つというレベルではなく、武器にすらなります。

これが、行動と知識のバランスが取れているという状態です。

社会に出てから学べることは、仕事に直接関係する事に限られがちですが、

学生時代は数学、物理、歴史、そして美術や音楽と、やる気次第で幅広く学ぶことが出来ます。

その時は無駄に感じる知識も、知っているか知らないかではその後の人生の広がりが全く変わります。

例えば、

社会に出てから、ふと音楽に触れたくなっても音符の読み方が全く分からないのと、

基礎的な事を知っているのではその間口が違います。

他のすべての科目についても一緒です。

将来何を「するのか」「したくなるのか」は、学生時代には分からないことが殆どです。

 

無駄に見えることに本当の価値があるかもしれない。

損な一見不合理に見える事の裏に、将来の可能性が隠されている。

それこそが社会の仕組みです。

写真ですが、GW中の雨上がりの朝に撮りました:

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ブルーベリーの花と雨雫。

今日も読んで下さりありがとうございました。

 

 

2019年5月 7日 (火)

令和10連休

おはようございます。

今回の記事は連休中に会社で書いています。

石浦先生講演の第二回は先週アップしていますので、良かったら読んでもらえると嬉しいです。

さて令和への年号変わりました。

平成に変わった時は昭和天皇崩御と同時だったので、

今回のようにお祝いムードはなかったように記憶します。

国民皆で力を合わせ、良い時代にしていかなければいけません。

今日は10連休中の雑感を書きます。

今回の10連休、もちろん稼働している会社や工場はあると思いますが

証券や先物等の金融日本市場は停止中。

昭和後期の、世界の経済中心地「日本」だったら、世界中に大きな迷惑が掛かったと思います。

もちろん今回も迷惑だったとは思いますが、そのレベルが違ったのではないかと。

それほど日本の経済的地位が、平成時代に下がってしまいました。

理由はいろいろあると思いますが、結果として日本人が働かなくなったのは「令和」の課題だと思います。

令和の始まりも、国際的経済環境はかなり悪いです。

個人的にはすでにリーマンショック級、むしろそれ以上の事態を想定しています。

自分の会社だけ持ちこたえられれば良いという状況ではないと。

令和始めのこの試練、乗り越えて明るい世の中を作らなければいけません。

そのためにはどうするべきか:

自分で考え、行動し、そしてモノづくりの大切さ(ソフトを含む)をもう一度「国の幹」として認識すべきです。

物がなければ経済はありません。

ロボットが作るとしても、そのロボットは人間が作るのです。

ロボットと言うと何か特殊な物のように感じてしまいますが、普段使っている「車」や「飛行機」

という便利な機械と一緒です。

「あの飛行機は俺が作った部品が無ければ飛ばないんだ」

「あの車の部品は私が検査をした部品が使われているんだ」

と言うのと一緒です。

働くというのは、長時間労働するという事ばかりではなく、考えるという事でもあります。

考えた末に気づく「使命」

多くの国民がそこに向かって命を燃焼し続けることが出来れば、きっと令和は良い時代になります。

気持ちも新たに、頑張ります!

連休中は去年に続き3泊(内1泊船中)式根島に行ってきました。

あいにくの天候でしたが、家族健康に旅行に行ければどこでも楽しいものです。

海は変わらず本当にきれいです:

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去年と比べて大幅に人が多いです。テレビの影響もあると思います。

特に女性グループが多かったのですが、その理由は次男が教えてくれました:

みやかわくんという地元出身の歌手の人気のお陰の様です。

PV(プロモーションビデオ)を式根島で撮影していて、いろいろな素敵な風景が見られます。

女性は本能的に心地よい場所に引き寄せられるのかもしれません。

雨の合間を縫って釣りをしたり(坊主)、妻と長男は雨中でもダイビング。

個人的に好きなのはジェット船に乗る事:

 Photo_6

式根島の港に入ってくるところです。

飛行機が飛ぶ原理を、水中で利用し、浮上して走ります。

普通の船が最高速度30キロ/時くらいのところを80キロ/時以上出せます。

エンジン音は、ジェット機そのもので始動時の音には痺れます。

特に多くの船が航行している東京湾に、全速力で入っていくのは大好きです。

浮上して安定しているので、全速力の旋回でも安定しています。

他の船の倍以上のスピードで、東京湾を真っ二つに割るように走る。

東京タワーが見える直前までそのスピードを保ったままで!

未体験の方は是非、モノづくりのすごさを実体験できます。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2019年4月29日 (月)

認知症とは

おはようございます。

日向工業は、GW期間中5/6まで10連休となります。

お急ぎの案件等ありましたら担当者携帯まで連絡いただければ幸いです。

ブログは、石浦先生の話の続きです。

今週は先生の専門である、脳科学の話です。

まず初めに、認知症と言われている状態はどれか?です。

  • テレビで見た人の名前を思い出せない
  • 何度もあった人の名前を思い出せない

これらは自分の事かとドキッとしましたが、問題ないそうです。

次に:

  • 新しい技術を習得できない
  • 自分自身忘れっぽいと思い、周りも同様に感じている
  • 記憶テストの成績が悪くなる

この状態は軽度。

神経細胞が死に始めている状況で年齢でいえば50~60歳で始まることが多い。

ここで投薬治療を始められれば、その後の認知症の進行を食い止めることができる可能性が高い。

しかし重度になり、以下の症状がみられると治療法が無くなる:

  • 今朝何を食べたか覚えていない
  • 家の場所を忘れる
  • 家族の顔を見ても分からない

神経細胞が無くなった人には、今のところどんな薬も効かない。

神経細胞が死んでいるかは、脳に「老人斑」があるかどうかで調べることが出来る。

これは40歳過ぎから見られるが、現状ではアミロイドPET診断でのみ判別出来て、

血液検査ではわからない。

結果ははっきりと出るが、診断には保険が適用できず20万円程費用が掛かる。

上記症状チェックと合わせて検査することで、

適切な投薬時を見極めることが出来そうです。

また、遺伝子的にも認知症になりやすい型がはっきりしていますが、日本人の多くは

なりにくい遺伝子構造を持っているそうです。

認知症になりやすい性格としては

まじめ、頑固、わがまま、几帳面、気難しい、内閉的、消極的…

だれにでも一つは当てはまりそうですよね。そのほかの要素としては:

  • 家庭内で嫌われている人
  • 公務員、学校の先生
  • いつも同じことを繰り返す人

これはドキッとしますよね。

逆に認知症になりにくい習慣としては

  • 余暇に勉強をする人

だそうです。勉強というのは意欲や好奇心そして体力が無いとできませんから、納得です。

では認知症を防ぐライフスタイルとは:

  • 適度な運動
  • 広範囲の食品をとる
  • 結婚をしている(男の場合は特に:個人的見解)
  • 中年時に肥満(年配の軽度肥満はむしろ高寿命の傾向)
  • 難聴を補聴器で防ぐ

最後の補聴器の項目は初めて聞きましたが、納得です。

意思の疎通ができなくなると、急速に脳は委縮してしまうそうですから。

補聴器と言うと何となく格好悪い気もしていましたが、むしろ積極的に使うことにより

本人がハッピーなのはもちろん、周りの人への負担も減りますね。

食品については:

  • オリーブオイルが良い
  • 日本人はたんぱく質の摂取が少ない傾向がある

しかしオリーブオイルは、嘘が多いので注意。

「スーパー」「ナチュラル」「ピュア」「ライト」そして「100%」

上記は全て規制なしに使われている言葉、本当に良いものを見極めて買う必要がある。

そしてたんぱく質は筋肉量維持に欠かせない。筋肉量維持のためには

「一日体重1kgにつき1gのたんぱく質を摂取する」

肉はもちろん良いが、豆腐、特に油揚げに含まれるたんぱくは豊富で良質。

わずか150年前には、手術の時に麻酔がなかったそうです。医学/科学の進歩はすごいです。

最後に、先週の話の補足をします。

遺伝子の操作により、例えばマラリア(病気)を媒介しない「蚊」を作ることができます。

その遺伝子を持つ蚊の次世代は全て、媒介する力を失う。

これを繰り返せば、蚊によるマラリア感染の恐怖から脱すると。

ただし、これはうまく行かなかったそうです。

マラリアが成長して耐性を持ってしまうからです。

同じような実験として、ネズミの生殖能力をなくすというものがあります。

これを繰り返せば、蚊のマラリア媒介力をなくすのと同様、ネズミを完全駆除できると。

これを実際に行おうとしている場所があります、どこでしょう…

自然の宝庫、ガラパゴス諸島です。

近年外来のネズミが大繁殖してしまい、生態系維持に大きな課題となっているそうです。

さて、成功するでしょうか。人間とネズミの戦いです。

個人的には、ある種を人間の力で均質化して絶滅されるというのは無理だと思います。

もしできてしまえば、種の多様性を奪うことになり、それこそ危機です。

一つの感染症で、ある種が全滅してしまう。まさに国家危機です。

例えば、先週書いた種なしバナナ。今流通しているのは全てこの遺伝子情報を持っています。

という事は、この遺伝子を壊す病気が流行れば世界中のバナナは無くなります。

数年後、数十年後には

「昔は種がないバナナが有ったんだよ」

と子供に話しているかもしれません。

多様なものを認めるというのは、いろいろな意味で大切な事なのだと深く学ぶことが出来ました。

2週にわたりお付き合いいただきありがとうございました。

写真ですが、GW直前の気持ちの良い海です:

Photo_4

砂浜が心地よい。ここは千葉幕張です。

そしてお目当ての:

Photo_5

そろそろ息子とGWに乗りたいですが、久しぶりすぎて怖い気もします。

このヨットハーバーにはイタリアンと中華のミックスした素敵なレストランがあります。

食事をすれば駐車料金もかかりませんので、ドライブコースにお勧めです。

今回も読んで下さりありがとうございました。

 

2019年4月22日 (月)

ゲノム編集と遺伝子組み換えの違い

おはようございます。

先週は久しぶりに(今年初めて)、お世話になっている橋本久義先生の勉強会に参加しました。

その演題を今日の投稿主題にしましたが、難しい内容です。

皆様と知識を共有させていただけるよう、2週に分けて復習しながらまとめます。

講師は石浦章一先生。

一般の方が報道を通して感じるのは:

  • 遺伝子組み換えは危ない
  • ゲノム編集はよく分からない
  • ips細胞の研究は、病気を治すので進化に期待している
  • ips研究の中身はよく分からないが、山中先生は格好良くて信頼できる

では実際にはどうなのでしょう、と言うのが今日明らかにするべきの課題です。

  1. ゲノム編集は、遺伝子情報の一部を削る(改変する)事で、作物や動物の性質を変えます。
  2. 遺伝子組み換えは、異種生物の遺伝子を入れることで、作物や動物の性質を変えます。

ここでその判別方法を考えます:

遺伝子組み換えの場合は、その過程で必須な特定物質(抗生物質耐性遺伝子)の有無を計測することで判別可能。

しかしゲノム編集は外部からの異物が全くない為、判別することは不可能。

という特徴があります。

ゲノム編集とは人為的に行った場合の作業の名称ですが、実はこの作業は自然界でも起きます。

様々な理由による突然変異的に。

例えば、オリンピック症候群という言葉があります。

これは、三代に渡ってオリンピックスキーのクロスカントリーに出場した家系を調べたところ、

赤血球の製造を抑制する細胞に欠陥があり、

逆にこのおかげで異常に高い筋肉の持続力を持った家系となったそうです。

ここまで極端ではなくても、じつは我々の周りはすでにゲノム編集と同じ事が起こったもので囲まれています。

それは、種がないスイカやバナナ(本来は固い種がある)。

これらは品種改良(育種)で作られましたが、その過程では薬物や放射線を使用し、

結果的にゲノム編集と同じことをしています。

また遺伝子組み換えについては、すでにアメリカでは大豆やトウモロコシで20年以上前から行っていますが、

健康被害が報告されたことはありません。

ではなぜ欧州では規制をしているかと言うと、参入を許可すると農業が大企業独占になってしまうからで、

科学的根拠に基づく安全性に対する不安が理由になっていることはないです。

口から入れても、その遺伝子自体が体に取り込まれることはないからです。

(鈴鹿の個人的見解:むしろ体に害になるのは、残留農薬や成長剤ではないか)

ではゲノム編集は「安全」と言い切れるでしょうか?

これまで書いたように、ゲノム編集は発見できません。そしてゲノム編集は「育種」とちがい、狙った遺伝子を操作できます。

例えば、筋肉の成長を抑制する遺伝子をたくさん作り、それを特定の筋肉に注射するとその部分の筋肉だけ異常に成長します。

ドーピングであれば薬物反応がありますが、これは判別不可能。

一見安全に思えますが、同じことを豚で実験したところ、筋肉もりもり豚は8か月以上生きたのは40%のみと

非常に短命に終わったそうです…

また狙った遺伝子を操作できると言っても100%ではなく、

オフターゲットと言って他の部分が切れてしまう事もあります。

ここまで述べたように、遺伝子組み換えは危険、ゲノム編集は安全とは言い切れないことが分かります。

ではipsはどうでしょう。

これは異種の細胞を人間の体に直接挿入する試みであり、遺伝子組み換えより危険性は高い。

危険性が高いからこそ、その効果にも期待できるという側面もありますが

がん化してしまうという話もあります。

技術の妄信は危険。

病気の治療でいえば、ips技術を用いるまでもなく、ゲノム編集で特定の遺伝子を切り取る事で難病を克服できます。

そこで問題になるのは、そもそもどこまでが「病気・疾患」で、個性なのか。

修復はOK、エンハンスメント(能力向上)はNGとしても、

低身長、皮膚の色、才能、極論すれば病気も人間社会を作る多様性と言えないか。

勉強会の結論:何事も安全とは言えない、リスクとメリットのバランスであると。

ここまでが勉強会の内容

石浦先生はどうやって健康に長生きをするかという事を考えられています。

それを自分で確かめながら、科学的根拠を持って進めていらっしゃる素晴らしい先生だと思います。

バランスをとるという意味では、ではその長生きした体をどのように使うかという考察も必要です。

今がつまらないと不満だらけの人は、きっと長生きしてもずっとそのままです。

それは苦痛です。

現状を変えない限り、未来は変わりませんから。

しかし、そんな後ろ向きな考えの人でも

「科学的に長生きできる」

と分かった瞬間に、自分自身を機嫌よく変え、周りの人に感謝をできるようになったとします。

するとつらかった過去を、今の幸せを得るために必要な修行だったと前向きに考えられるようになります。

変えられないと思った過去を、さらっと変えてしまえるんです。

両親にいただいた体をどう感謝して使い切るか、魂への学びが大切です。

石浦先生の話はまた来週続きを書きます。

写真ですが、少し季節をさかのぼります:

The

朝日に照らされた梅の木。

この空気の中で、太陽を神様と感じる感性は現代でも変わりません。

たまには自然の中でほっとすることも大切です。

今日も読んで下さりありがとうございました。

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