2020年9月14日 (月)

調和と幸運

おはようございます。

先週は新しいビジネスを始めるに際し、お客様と一緒に加工依頼先様を訪問しました。

お客様からご指示いただいた図面を実現するには、特殊な加工が必要なのですが、

自社ではできず、また日頃お取引いただいている協力会社様でも不可。

という事で久しぶりの

「端から電話大作戦」

その技術をアピールされていて、かつ訪問可能圏内(関東地方近県)で作戦決行。

まず10社くらいピックアップして、その半数位に電話。

すると、今回の依頼内容の難しさがだんだん分かってきます...

諦めかけ、時間もすでに17:00過ぎ。

これで最後にしようとかけた一社から

「大丈夫ですよ」と。

それが今回訪問した茨城県の会社様。

 

ただ、そこからも問題が。

加工内容に対する見積りがなかなか出てきません。

丁度ISOの監査とぶつかってしまった様です。

でもお客様には関係のない事なので、それは言えません。

何とか急いで回答をしなければ...

とは言え、初めてお付き合いさせていただく会社、

そして他社ではほぼ受け付けてくれない加工内容。

何度も問い合わせするわけにもいかず、じっと待つしかありません。

ただ、一週間経っても見積りが来ない為ついに電話しました。

 

すると、電話対応いただいた女性から意外な答えが:

「昨日社長の指示で郵便で送っておきました」と。

なぜ郵便...(涙)

わがまま言って、送ってもらった内容をFAXしてもらいました。

すぐにお客様にコストをお知らせし、仕事が動き出して一安心。

 

ただ、びっくりはここからでした。

翌日届いた郵便を開くと、なんと見積りと一緒に製品サンプルが!

材料すら送っていないのに、図面通りに再設計、マシンへの数値打ち込みの上

機械加工してくれていました。

さすがにこれは初体験。

 

今回の訪問時社長に内情をお聞きすると、

「工程がたまたま空いていたので(監査の合間を縫って)加工をしておきました」

「材料もたまたまホームセンターに近いサイズの物があったのでラッキーでした」

と。

僕はこの

「たまたま」

という言葉にとても大切なものを感じました。

それは縁なのでしょう。

お客様が、うちに出来ないと思われる加工を振ってくださる。

振っていただいた恩に報いたいと、諦めずに調べそして電話をかけまくる。

全てが

「たまたま」

です。

そして今回初訪問にもかかわらず、温かく迎えていただき

工程を見せていただくばかりか、再度実際に工程を動かして製品製造。

今後に向けての大変良い打ち合わせができました。

現場で機械を前にして打ち合わせをすると、

頭が活性化してきて双方活発にアイディアが出ます。

テレワークでは実現できない事を成し遂げる、大変貴重な時間となりました。

 

前向きに頑張っていると、結果「幸運」を引き寄せ、

とんでもないことを実現できる。

仕事とはその繰り返しだと思います。

そして運を引き寄せるために大切な事は、

「調和」

です。それは仕事中はもちろん、常日頃の態度、発する言葉、服装...

不調和には幸運は訪れません。

こう考えると、「たまたま」と「必然」は表裏一体、コインの裏表ですね。

恩を大切に、受注、そして量産、納品まで気を抜かずに進みます!

 

写真ですが、今回の出張で立ち寄った常磐道SAの売店で:

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ここだけ縁日のような華やかさ、よく見るとこれらは納豆です。

展示の仕方一つで、同じ商品でも全く違うものに見えてきます。

普段はスーパーで売っているパックの納豆を頂きますが、藁で包まれた納豆の味は別格でした。

食品については、短期で色々なブームが来ますが

本命かつずっと続くのが納豆ブームの様な気がしています。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年9月 7日 (月)

新年度スタートへの決意 メダカの求愛行動

おはようございます。

日向工業は9/1より第70期に入りました。

69期は本当に経済状況が厳しいものとなりました。

70期に向けては:

以前から取り組んでいた医療機向け金属加工、

そして環境対応機器への金属部材供給、

新規開発材料のプレス加工と

基本とする半導体向け部材の支える仕事が新しい柱に育つように営業を進めています。

あたらしくプレス加工や金属加工そしてメッキ加工を始める会社は

ほとんど無いと考えられますので、与えられた責任をきちんと果たしつつ

日本のモノづくりを支えていく決意です。

 

日々仕事をしていると、気分転換により新しい発想を得る大切さを感じます。

同じ方向に考えを進めてしまうと、煮詰まったり、

悪いことが次から次へと浮かんで必要以上に不安になったりしてしまいますから。

 

最近、そんな時に効果が有ると感じるのは

「草むしり」

暑い時期には、次々と雑草が生えてきます。

放って置くと大変なことになりますので、こまめな作業が必要です。

まだ気温の上がっていない朝方に、無心にその作業を行っていると

良い発想が浮かぶことが多いです。

なぜこの作業が良いのか:

 

まず体(筋肉)を使うというのは、後ろ向きの発想を消してくれます。

いわゆる「汗を流す」というのも、基本はここにあると思います。

経営者や企業で大きな責任を負っている人は体を鍛えている人の割合が多い

とも聞きますが、こう考えると納得です。

 

そしてこの作業は、「仕事」ではないという事。

嫌ならやらなくても良い。冬になれば枯れますから。

ただし、芝生だか雑草だか苔だかが混ざってぐちゃぐちゃになってしまいます。

自然と気分も悪くなってしまいます。

逆に毎日気を付けてきれいに保っていると、小さな庭でも気分が良くなります。

 

この、自分の意志で誰にも束縛されずに、身の回りを整えたり気分を良くしたりする作業。

これこそが豊かな発想を生む行動の様な気がします。

釣りが好きな方も、もしかしたら同じような感じなのかもしれません。

最近はテレビの報道が極端すぎて、見ているだけで悪い想念に引きづりこまれます。

上の例で考えれば:

じっとTVの前にごろんとして筋肉を使わず、

報道を見ているとさらに自分の行動を縛る(コロナ自粛)方向に引っ張られてしまう。

それは免疫力も低下して、だれでも具合が悪くなってしまいます。

新しい期に向けて、まず自分の体調コントロールが大切です!

 

写真ですが、庭での作業でもう一つ大切な事:

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メダカの飼育。

ある日エサやりをすると、すごい勢いで動くオスメダカが。

ワープするような動きで、直角に曲がったり、水面から飛び出しそうな勢いでまっすぐ進んだりしています。

それは「求愛(きゅうあい)行動」

普通、人が近づけば深いところに逃げますがこのつがいはずっとここにいます。

 

補足:

メダカのオスは産卵直前のメスに認めてもらおうと激しく動きます。

メスが認めると、オスはメスより長い尾びれと腹びれでメスを包むようにくっつきます。

何やら神聖な行為の様に見えます。

でも必死の求愛行動でできた卵や子メダカも、狭い鉢の中では親に食べられてしまいます…

 

すぐに家にいた息子にも見せようと

「長男君にスマホを持って庭に来るように言って!」

と家の中にいた妻に言いました。

やってきた息子としばらく観察していましたが、高2の彼は

「なにがなんだか分からない(どれがオスかメスか)」

とほとんど興味を見せず。

仕方ないので独りで楽しんでから部屋に戻り、

「メダカの求愛行動を見せたんだけど、長男君は興味を持たなかったよ」

と妻に告げると

「きゅうあいこうどう!!」とびっくりしています。

「メダカにきゅうあいこうどうがあるの!?」

と、とんでもないことを言い出します。

「当たり前じゃないか、すべての動物は求愛行動をするんだよ」と僕。

まったくメダカを馬鹿にしています。

その後もかみ合わない会話が続きましたが、

理由が分かりました。妻は、

「メダカのQRコード」と聞き違えていました…

ある訳ないです。

そりゃ驚きますよね。

考えればわかる気もしますが...

 

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年8月31日 (月)

「摩擦」について先週の補足

おはようございます。

終末に安倍総理の辞任会見がありました。

リアルタイムで1時間見ましたが、何か胸に迫るものがあり

最後は拍手をしていました。

大変な重責を、過去誰もなしえなかった長期間背負い続けた。

感動しました。

そこで、安倍さんへの感動とは違う視点ですが、

先週読んでいただいた「感動不足」について補足させてください。

 

感動=生きている濃さ=摩擦を起こしながら生きる

と書きましたが、ちょっと分かりにくいと感じました。

真剣に生きていると起こる現象が摩擦なのですが、それは一言で言うと

「反発」

例えば、反抗期の子供が親に反発する。

それは自分を認めてほしいから、親にぶつかっていき、

時には同じような境遇の友人と共に暴力的行動に走ってしまう。

特に自分が子供だった高度成長期は、多くの親も訳も分からず多忙になり

資本主義と言う荒波に飲みこまれ、「家族」や「家」と言う事を考える

余裕がなかったような気がします。

そして現代では、当時は大体家にいた「母」も外で働くことが珍しくなくなり

身近にぶつかる相手(甘える相手)がいません。

また、身近な反発や疑問・寂しさなどを吸収しくれる

「スマホ」や「ネットゲーム」

という道具が身近にあります。

わざわざ友人のもとに集わなくても、何とかいろいろな思いをやり過ごすことが出来ます。

結果、「熱」は内にこもり発散されないまま、そして反発することなく体が成長していきます。

自分が本来成すべき仕事に向き合うことなく。

 

反面、自分が何をするべきなのかを探し求めるとどうなるか?

反発が起きます。

多くの場合、学校を卒業するとある職種を定め、会社に雇用されることで修業が始まります。

修業や教育を経て、実務をこなして初めて人の役に立つのですが

多くの人がそこで感じるのが様々な反発です。

 

学校とは受け身の教わるという事が主体で、成績や偏差値と言う厳然とした

評価基準がありますが、社会に出れば自分自身がどれほど役に立てるかと言う

全体評価(はっきりと数値では表せない)に変わります。

そこに気づくまで「反発」は止まりません。

 

理不尽な命令や納得できない用事を言いつけられる事。

そして大きいのが対人関係

「不愉快な上司」

「サボってばかりの同僚」

「口先だけで上司におべっかを使っていい思いをする先輩」

自分が出来ていないのに、他者を評価するのですからキリがありません。

他者を評価している間は、自己成長が止まってしまいます。

 

でも、実はそう思っている人はすでに自分の道をそこに定め、それを受けて入れているのです。

それこそが、先週書いた「摩擦を起こす」という事で、人が成長するときに誰もが通る道です。

決して逃げることはできません。

もし逃げるとどうなるか:

仲間(他者)の役に立てず、社会に居場所を作れなくなります。

そして社会に関心を失います。

会社組織でそうなってしまえば、自分の役割を放棄したという事になってしまいますので

違う例を引いてみます。

 

「ひいきのプロ野球球団が3連敗すると大いに怒るが、違うリーグの興味がない球団10連敗は無関心」

「以前は夫婦喧嘩が絶えなかったが、相手に絶望をしてしまえば関心を失って喧嘩にすらなり得ない」

「道端で倒れている人が居た、でも自分とは関係ないし面倒なので素通りする」

冷たい風が吹きますよね、下に行くほど...

人の生活から遠ざかります。

 

この様に関心を持つというのは、そこに熱を発生する状態を示します。

何事にも関心を持ち、主体的にかかわる人は当然様々な摩擦を起こしてエネルギーを消耗します。

でもそのエネルギーこそ人の人たる所以であり、活力の表現、そして運命を受け入れている証拠です。

運命が回り始めると人生が怖い事の連続だと気づきかされます。

でも怖くなければ人生ではない!

そう思えば、どんなことにも立ち向かって切り開いていく勇気が湧いてきます。

 

写真ですが、相手を見定めて戦う!

その相手とは:

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スーパーマリオクッパ!

冒険の始まりです:

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最後を拡大します:

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スカイツリータウンにて、レゴで表現されていました。

小さなブロックで、ゲームの世界を再現する。

すごい熱意です!

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年8月24日 (月)

運動不足より感動不足(日野原先生の言葉)

おはようございます。

先週から長い夏休みを終えて、営業再稼働しました。

お客様の動向を見ていても、少しづつ生産が回復してきているように感じます。

年末に向けて、少しづつ良い風が吹いてくると思います。

 

今日の話ですが、先週写真を載せた

「夏休みに読んだ本」

の中からの言葉です。

105歳で亡くなられた、聖路加病院の日野原重明先生が最後に出版された本の中の言葉です。

「振り返ると80歳の時の自分はまだまだかわいいものだった」

「この年になっても、気の合わない人と気楽に過ごす事は難しい」

「人を許すという行為は本当に難しい」

 

補足:日野原先生(当時58歳)はよど号ハイジャック機に乗り合わせて、4日間機内監禁。

この事件からの生還をきっかけに古い自分が死んで、新しい自分になったと。

その悟りは「新しい命は、自分以外の人間の為にすべて使う」というご自身の生き方に。

 

など良い言葉がたくさんあるのですが、個人的には今日の題

「運動不足より感動不足」

が響きました。

日野原先生は、100歳を超えてから絵画を習い、100年付き合っていても知らなかった

「自分」を発見する事に大きな喜びを感じられていたそうです。

そこには、100年付き合っている自分が分からないのですから、

他人を理解する事は難しと言う当然という気づきも。

 

自分でも「感動」について考えてみます。

例えば、楽曲(歌謡曲や演歌、クラシック)の一節に感動する、時には涙が流れて止まらない。

(個人的には特にお酒を飲んでいると、この様な状態に陥りやすいです)

何がそうさせるのか、それはその一節の曲や歌詞が心の琴線に触れる

忘れていた思い出をかき立てる、懐かしい人を思い出す...

何かを感じて心を動かす=感動。

これは人生経験の積み重ねなので、まっすぐ生きていれば日野原先生のおっしゃるように

80歳より100歳の方が感動が深まる、そして人間にも深みが出ると言えると思います。

自分自身も意識せずに、がむしゃらに前のめりで生きていた、その一瞬を楽曲によって思い出す。

時には何かを失った悲しみを思い出すこともあるでしょう。

それはその人が一瞬一瞬を大切に生きてからではないでしょうか。

 

また別の観点から考えます。

東京の山手線には30駅あります。

48歳の自分でも、その多くの駅に思い出があります。

水道橋ではあいつとケンカしたな、

池袋では妹をだまして自分の欲しいゲームを買わせたな、

新大久保ではあの社長とビリヤード対決に没頭したな、

新宿ではあの喫茶店で良く待ち合わせをしたな、

通学で通った田町は朝早く研究室のカギを守衛さんに渡してもらったな...

キリがないです。

でも多くの人がそうだと思いますが

「高輪ゲートウェイ駅」

にはそんな郷愁を誘うような思い出はありません。

ましてや竹内まりやの「駅」を聞いても、そこで涙する人はいないでしょう。

それはそうですよね、まだ出来たばかりですから。

 

この様に、感動とは人の生きた濃さに比例するのだと思います。

日野原先生が、

「現代人は感動が足りない」

と仰るのは、目の前の人や組織に真剣にぶつかっていないという嘆きなのではないでしょうか。

街では歩きながらでもスマホを凝視する人が居ますが、

それは「一目ぼれ」という大変貴重なチャンスを逃していることになります。

駅も、出会いや別れが無ければ、すべて「ゲートウェイ」になってしまいます。

万事この通りで、得しているつもりが大損。

上手く生きるのではなく、あちこちぶつかりながら摩擦を起こして生きていく。

その結果、自信が成長して何事にも動じない、日野原先生の様な穏やかな表情になる。

本から大切な学びを頂きました。

 

写真ですが、週末に10数年ぶりで新調したゴルフシューズ(白いほう):

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今まで使っていたもの(黒いほう)は、革製のしっかりした作りでずっしりと重かったです。

内側のブラスチックがボロボロに崩壊し、底のゴムも割れてきたので感謝しつつ入れ替え。

写真の通り、古いものはスパイクをねじ込むタイプ。

重さ硬さ、そしてこのスパイクのせいで、カートを使わず歩きでラウンドすると疲れを感じます。

ということで最新の、軽量で柔らかいスパイクレスを購入。

不規則なゴムの出っ張りが、スパイク同等以上の効果を発揮して滑りにくいそうです。

実際に観察するとそのでっぱり(赤い部分)をソールに接着してあるのがわかります。

接着剤のすごい進化を実感します。

金属同士を溶接する、ロウ付けする、カシメる。

それらは、ほとんど接着剤で代用できる時代が来ているのかもしれないと感じます。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年8月17日 (月)

2020夏休み

おはようございます。

長い夏休みも明け、今日から通常勤務に戻ります。

夏休みといっても、いろいろと制限がありいつもとは違いました。

そんな中、12日夜は流星群がピークということで今年一月にスキーに行った

高峰高原に一泊で行ってきました。

星を見るイベントがあり、18:30には外に用意された椅子に座って待ちます。

空は曇りで、ほんの一部の隙間が晴れているような状況。

開始は19:00。

それまでスクリーンを使って、上手に撮影するためのカメラの設定方法等

講義をしていましたが…雨が降ってきました…

標高2000m弱なので、上着がないと寒いくらいですがさらに雨。

係の人たちが集まって何か話しています。

後から聞くと中止にするか協議をしていたそうです。結果は続行。

その後管楽器5重奏の演奏がありましたが、演奏後に素敵な言葉が。

バンドマスターの女性が

「今日はあいにくの天気ですが、回復を祈って演奏させていただきました」と。

この「祈り」の力が効力を発揮し、天気は回復。

結果薄曇りの中とはいえ、流星をはっきり観察することができました。

数台セットしてもらった望遠鏡からは、土星の輪もくっきりと。

今我々が「文化」という様々な知識や知恵の源泉が、天文学だと認識させられます。

美しく神秘的、そして秩序と規律を守りながら我々を見つめている。

現代地球人は、これらから離れた生活をしすぎているのかも知れません。

涼しい気候の中で、大切なことを再確認させてもらいました。

写真ですが、すでに守れなくなった秩序:

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兄弟でキャッチボール。

このくらいまでは付き合えたのですが、彼らは更に平気で50m以上離れていきます。

(道路手前と、斜面奥まで)

もうその「秩序」を守ることはできません…

気づきの代償は肩にテーピングです。

 

このイベント以外は、本を読んでいることが多かったです。

読んだ本を並べてみました:

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ここからは本当にたくさんの学びをいただきました。

おいおい書いていきます。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年8月10日 (月)

夏休みのお知らせ・昨今の経済状況

おはようございます。

8月は受注量減少により、毎金曜日を休業とさせていただきました。

またオリンピック開催予定だった為、8/11ー14も休業。

結果、8/7ー16まで長期休業となります。

ご迷惑をおかけしてすいません、お急ぎのご指示は担当者携帯まで連絡いただければ幸いでです。

 

今週は、経営者仲間と話をする機会が多かったのですが

そこで今の世相を垣間見る機会がありました。

ある製造業の会社を経営しているのですが、今までは人材募集をかけてもほとんど反応がなかったのに

最近はびっくりするほど募集が集まり、嬉しい悲鳴だそうです。

その会社の行っている事業は、世の中がどうなろうとも必要とされますし、

働くことで手に職がつきますから、今まで人気が無かったのが不思議なくらいです。

 

このままのコロナ禍が続けば、世の中は失業者だらけになってしまいそうです。

今までの成長経済下とは、面接に対する考え方を会社側・受験側共に変えていく必要がありそうです。

成長経済下では、どちらも「教育」する事、される事を前提として、

特に学生に対しては出身学校による選別が行われていましたように感じます。

 

しかし今後は、いかにその人が会社に利益をもたらせるか?

が大切な要素になりそうです。

即戦力人材の要求です。

しかし学生や社会人デビューしたばかりの方にそれを求めるのは酷ですよね。

では何が必要か?

それは、その相手が一緒に働く仲間としてふさわしいか?です。

もちろんこれは経験者採用、即戦力人材採用でも最重要な観点になります。

こう書くと、何か分かったような気もしますがではどうすれば?と思いますよね。

具体的に書くとそれは

「素直」な心

「感謝」出来る心

を持っている事。

それはAIでは実現できない、共感を呼び起こし、仲間に良い影響を与え、組織を活性化するからです。

つまりチームワークを作れる人材。

これこそが組織の必要とする人です。

 

昨今の個人権利主義至上社会とは相反するものを、多くの企業は求めている。

自分が正しいと勘違いして、相手を批判、批評する人が多すぎるのも現代病の一端です。

そう考えると、景気がどうあれ雇用環境はますます厳しくなると思います。

 

コロナにより世の中分断され、各自が壁を作って閉じこもってしまっているように感じます。

日々接する情報が極端になっている現在の状況では、

自分で考え行動しないとそこから抜け出せなくなってしまいます。

抜け出す方法は、良書の「読書」しかないと個人的には思います。

長い夏休みには、たまった本を読んで充電したいと思います。

 

写真ですが、先週までと一転して猛暑で実力を発揮:

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6月に施工してもらった、「遮熱屋根塗装」。

しかも色は「クールクリーム」

実際にはこの写真の通り、ほとんど白です。

猛暑のおかげで、この効果がはっきりわかります。

去年までは、階段で二階に上る間に明らかに暑くなるのがわかり、

エアコンがついていない二階にはとても居られませんでした。

しかし今年は、階段で温度変化がないのはもちろん、

窓さえ開けていれば二階のほうが涼しいくらいです。

塗料の技術進歩のすごさを実感しました。

技術が人を幸せにする、典型例です。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年8月 3日 (月)

アパレル(服)は魂の表現手段

おはようございます。

前回はアパレルの話を書きましたが、もう少し考えてみます。

 

先週、お客様のとの打ち合わせで都心部に行きましたが、公共交通機関で出会う人が

ほぼ全員がマスク着用しているのは本当に日本らしい光景だと思います。

しかし、気温は30℃位でしたが、スーツ、ネクタイ着用はおそらく自分だけ。

特にネクタイは絶滅危惧なのを実感します。

我慢してきているわけではなく、好きだから着ているのですが

周りから見るとちょっと異様に見えるのかもしれません。

大切な打ち合わせがあるときには、この方が身が引き締まりますし

不思議と汗もかきません。

商社営業時代からの「職業病」かもしれません。

 

最近は服装からその方の職業を見極めるのがとても難しいと感じます。

公共機関や銀行でも「クールビズ」推奨ですから仕方ないですね。

服装は軽く、体に負担が無いようにして環境にも配慮?が流れですから。

 

ここで今週の表題「服は魂の表現手段」について考えます。

例えば「抜刀」という武道について考察してみますと

刀を「型」に沿って動かす。

実際に見た方は気づかれると思いますが、達人の「演武」には誰もが引き込まれる力があります。

ではその求心力は何なのか?

刀の動きだけであれば、現代日本の最先端ロボットが完璧に再現できます。

刃の向き、振り下ろすスピード、納刀する際の微妙な動き...

その動きは人を「感心」させることはできると思いますが、

「感動」させて涙を誘う事は無いように感じます。

何がロボットでは再現できないか:

演武は入場する時から始まっていますので、その足取り・表情・そして刀に対する感謝の念...

そして何よりその道着の着こなし。

特に袴の上にギュッと締める帯、臍下丹田にこめた力を逃がさぬように。

更にそのきつく締めた帯に隙間を作り、魂の存在である「刀」の鞘を納めます。

もしすべてが完璧でも、服装がジャージと鞘を固定するゴムバンドであれば...

気が抜けてしまい、もはや抜刀は成立しません。

服装を整え、臍下丹田にためた力(魂)を刀を通じて自由自在に外に表現出来るようになるのです。

 

スーツと道着の比較、違っているように見えて似ているように感じます。

これはいつも書いている

「体」が主なのか、「魂」が主なのかにも通じる話だと思います。

例えば女性のおしゃれは、本当に世の中を明るくします。

それはおしゃれをしている女性の楽しい気分が、世界に発散されているからではないでしょうか。

男も自分の立場なりの服を着て、秘めた魂を外に発散する。

それは決して「威圧」ではなく、服によって良い思いが増幅されているという状態で。

 

男女ともに良き魂の発露は、真の自由の表現をしていると言い換えられると思います。

上で考える様に「自由」とは体が楽になる事ではなく、

それを超えて発展しようとする魂の自由自在な動きであり、

精神的なものだとも言えるのかもしれません。

それを人は「文化」と呼んでいます。

文化とは苦しい側面があるから、輝きを放つのですね。

現代は何か冷めた感じが漂っていると感じますが、更にコロナにより蓋をされてしまいました。

騒動が収まったら、おしゃれをして外出して、楽しい気をふりまきましょう!

 

写真も先週に続き:

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やっと梅雨明けした週末。

三年生最後の試合が終わりました。(息子は二年生)

この日は勝って市内三位。

コロナの影響があり、違う意味で苦しい年となってしまいましたが

その分輝きを放つような生き方をしてくれると思います。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年7月27日 (月)

アパレルについて 雑感 (服装の大切さ)

おはようございます。

先週は本来であればオリンピック開会式が予定されており、4連休でした。

もし開催されていたら、開会式での「猛暑」は杞憂でしたね。

冬に全くと言って良いほど雪が降らなかったので、こんな夏になる気もしていました。

週間天気を見ても、梅雨明けは宣言されないまま夏になりそうです。

 

スッキリしないのは天気だけではなく、経済状況もそうですね。

そんな中、先日いつもお世話になっている神戸の社長に良い話を聞きました。

中部地方にある車メーカーさんの工場に行ったところ、小型車がフル生産だったと。

車の生産は本当にすそ野が広く、日本製造業の生命線です。

その話をお聞きした後、

お客様営業から、止まっていた半導体生産にも復調の傾向があると連絡いただきました。

日向でも準備を始めています。

9月以降、景気回復傾向が鮮明になる事を期待しています。

 

今日の話です:

お客様に直行するのにいつもは使わないバスに乗ろうと、近くのバス停に近づくと

朝からカップルがいちゃいちゃしています。

邪魔しても悪いので、いつも以上にソーシャルディスタンス?をとって並びます。

目の前にいるので、見るとは無しに見ていると...

男の方はずいぶん横柄な口の利き方、彼女はそれを軽くいなしています。

仲良しって感じ。

しばらくすると彼女の携帯に電話が入り、少し列から離れました。

そのうちに遠くにバスが見えて、男が彼女を呼び寄せます。

その時の声の掛け方で「あれっ」と思いました。

あまりにもぞんざいです。

「おいっ、何やっているんだ」

みたいな。

そこで彼女の顔を少し見て納得。

お母さんでした…(たぶん)

マスクをしていると分かりにくいですよね。髪をきれいに染めていましたし。

そして何よりお母さん「姿勢」が良かったんです。

女性はしわを気にされることが多いように感じますが、

姿勢や歩き方の方がもっと「きれいさ」に直結していると思います。

 

もう一点、勘違いの理由が今日の題「アパレル」=着ている服です。

最近は服による差異化が少なく、

「それらしい服」

を着ている方がとても少ないように感じます。

そのお母さん(であろう)方が着ていたのも、明らかに若者風でした。

逆に男は黒ずくめでTシャツ?とラッパー風帽子。

「こざっぱり」の対極で、あまり近づかない方が良い雰囲気。

流行りと言えばそれまでですが、男女差、年齢差を服から感じるのが難しくなっています。

男女差に関して言えば、コロナ前までのテレビでは新宿二丁目の方がたくさん出演され

女優さんもボーイッシュ、男優さんも優男風がメジャーだった気がします。

 

コロナ禍、世の中も何やらきな臭くなってきたこの頃、男らしさ、女らしさ(差別ではありません)

を本能的に発揮するような風潮になるような気がします。

昨今はアパレル業界の苦境が伝えられますが、その時々の本能を捕まえることが大切だと思います。

これからの流行は一過性の物でなく、

根源的要求に根差した「本物」だけが生き残ると感じますので。

それが世の中を良い方向に導くようになれば良いのですが、出来る範囲で頑張ります。

 

写真は次男部活、再開した市内中学野球大会:

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全員坊主、連帯責任の「昭和の風」を感じる野球部です。

きっちりユニフォームを着て、背番号に責任と少しの誇りを持つ。

まさに「らしさ」を表現する究極のアパレルだと思います。

服装の大切さを息子に教えてもらいました。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年7月20日 (月)

お盆

おはようございます。

先週、社内で週末何をしていたかを仲間と話していると

「お盆だったので、墓参りに行きました」と。

すっかり失念していました。

仏壇が無い家庭で育ったので「お盆」というと夏休みのイメージが強くて。

今回は、自分に足りないことを知る良いきっかけになりました。

 

お盆とは、ご先祖様に感謝し、また魂が帰ってくる日とされています。

このブログでは魂の話を良くしますが、今回はちょっと違う見方をしてみます。

 

魂の乗り物が

「体」

主は魂で、体は従。

魂はどこにあるのか?

それは世間に満遍なくあり、あるきっかけで見える様になる。

丁度、電線に流れる電気は見えないけど、

その電気を電球で捕まえることにより光って力を表すように。

街の明かりを見て、そこに人が暮らしていることを実感し温かい気持ちになりますよね。

 

電気と魂はこのように似ていますが、違うところもあります。

電気は使えば減ってしまいますが、魂は光り方によっては太くなってそこに存在し続けます。

これは例えれば、

現在日本がある大恩人である西郷さんが良き「日本魂」を遺してくださった

そして「南洲翁遺訓」を読むことによって、その魂に触れられる。

とも言えるかと。

 

縁あり両親から体を頂きこの世に生を受けた、自分。

多くの魂と触れ合いながら、自分の「魂」も体を使いながら成長させ、

体の一生を使い切ったら感謝してお返しする。

その悠久の時の流れを、かつての日本人は実感として分かっていたのです。

 

翻って現代人はどうなのか。

体は自分を表現する唯一の大切な、そして弱くもろい物なのに、

自分の「物」なんだからどうしようが他人に文句を言われたくないと

思い違いをして、悪魔の様に自分勝手に過ごす。

そして魂=電気をとらえる電球=体が、まるでLED化して超長寿命であるかのように錯覚。

でも結局、複雑な基板(駆動回路)の故障で電球では起こり得ない突然死を迎えてしまうことも。

 

先ほど魂は電気と違い太らせることが出来ると書きましたが、

反面次世代がどんどん貧しくなってしまうような使い方もあります。

現代の根深い問題です。

 

現代はアウトドア、キャンプブームの様ですが、本能的にこれらの異常さを察知して

自ら自然と一体化する事でバランスをとろとしているのかもしれません。

そう考えると、真空管アンプの光や、ガソリンランタンや焚火の光に心が癒されるのも

何となく納得できます。

 

写真は、JR品川駅構内で撮影しました:

7

公衆電話が7台並んでいます。壮観です。

電話も、目には見えない信号を機械で受発信する事により人の声を伝える。

今日書いた電球と同じですね。

今日も読んで下さりありがとうございました。

 

補足:日向工業ホームページに有った訪問カウンターは、サーバーの仕様変更で無くなりました。

2020年7月13日 (月)

製造業打ち合わせに見る、良きボーカリストとは?

おはようございます。

先週は、久しぶりに横浜の金型屋さんを訪問して

新しい工法について良い打ち合わせができました。

良い仲間と組んでのビジネスが、次世代の柱に育つことを期待しています!

 

今回はコロナ禍での打ち合わせだった為、マスク着用で行いましたが

マスクに声がさえぎられている様で違和感がありました。

今日はこう感じた理由を考えます。

 

まず結論:

声とは気を運ぶものであり、声を遮ってしまえば気が届かないから。

全く同じ言葉を掛けられても、「気」が通じなければ響かず、

通じれば一生大切にするの金言にもなりえる。

 

これを僕の好きなボーカリスト(歌手)を上げて考えます。

女性ボーカルで好きなのは、サラヴォーン。

とんでもない声量で、マイク無しでも大ホールの床が振動したそうです。

また音域もとんでもなく広く、どんな曲でもこなしてしまいます。

そういった数値化できる能力にもましてすごいのが、情感の込め方。

これこそが気を運ぶという仕事。

素晴らしい声、独特の歌い方で、更に一音に「気」を込める。

いつ聞いても人類最高のボーカリストだと実感します。

 

男性であればフレディマーキュリー。

最近は映画にもなったため、多くの人が知るようになり嬉しいです。

彼の声は、

「気を乗せる」

というのを超越して、命を燃やしている。

毎回死んでも良いと思って発声しているかのような迫力を感じます。

自然と涙が出てきます。

 

日本人では美空ひばりがすごいです。

フランスで日本の歌文化を伝えるという試みが有ったそうです。

担当指揮者はいろいろな日本音楽を聞かせるが、どれも響かず。

(オペラやクラシックなど理解しやすいものだったのかもしれません)

そこで半分いたずらで、自分の為に持っていた美空ひばりを聞かせたところ

歌詞の意味は分からないはずなのに、

「これは凄い」

とフランス人担当者は涙を流したそうです。

自分の中では、声の出し方/気の乗せ方がサラヴォーンとそっくりなんですよね。

美空ひばりの方が13歳後輩ですが、もし一緒の舞台を踏んでいたらと思うとワクワクします。

一瞬でお互いを認め合って素晴らしいものになったと想像します。

 

こうして書くと、男女・国籍・肌の色関係なく、他者に良い「気」を届ける人こそ

尊敬されるべき人だと気づかされます。

歌手の場合はその方法が「声」

ピアニストであれば「ピアノ」

 

製造業であれば、作り出す「物」ですね。

見えないところや、図面指定がない部分まできれいに作ろうとする「気」。

量産になっても材料や機械に対する細心の注意を怠らない。

いつの時代でも、「気」の入ったものは大切にされ後世に受け継がれていきます。

 

お金でお金を生み出しても、なんだか満足しない理由もここにあるのでしょう。

上手に使えば気持ちも良いでしょうが、生むだけでは「気」が乗り様がないですから。

 

打ち合わせでは気が乗らないなと感じでいましたが、

お昼をごちそうになった席では、当然マスクを外して会話。

美味しいごはんと相まって、なんだか心地よくなったのを実感しました。

それも「気」が通じたからだと思います。

 

自分の体の状態(体力が落ちている、何らかの疾患がある、高齢である)を自覚し予防したり、

不特定多数が集まる環境でエチケットとしてマスクをつけたりすることはもちろん大切です。

ただ、極端に気のやり取りを無くしてしまっては、元気を無くしてあらゆる事が縮小してしまいます。

バランスが大切です。

 

デジタル音源できれいな音を聞くのも良いですが、世の中落ち着いたらライブに行きたくなります。

ライブはその音楽表現を好きな人の集まり。

演者から気を運んでもらうのと同時に、観客が気を共有する事で気分を良くするのですね!

 

写真は人がいくら気を入れて作ってもなかなか追いつけない:

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スイレンの花。

去年までの白い花は、株分けに失敗して枯らしてしまい今年から黄色です。

曇り空が続いていて、つぼみのままでしたが昨日の日曜日にやっと咲きました。

よく見ると先客(小さな蜂)が居ますね!

今日も読んで下さりありがとうございました。

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