2018年8月20日 (月)

2018 夏休み

おはようございます。

先週は金曜のみ出社日で、順調にプレス機動いています。

会社にいてプレス機の音を聞いている方が、何だか体調が良い気がします。

今週のブログは、完全に旅行記です。その分先週は一生懸命書きましたので

未読の方は読んでいただければ嬉しいです。

今年の夏は異常に暑い日が続きました。

名古屋の方は最高気温35℃だと涼しく感じるとおっしゃいますし、

週末に会った東京の大学通うフィンランド人は、国に帰ったら2週間30℃の日が続いたそうです。

フィンランドは北極圏にある国ですよ!

もちろんクーラーを持っている一般家庭などありません。国民皆疲れていたそうです。

自分も、金曜日が変わってから帰宅したところ

「今日はずいぶん涼しい、寒いくらいだな布団をかけよう」

と思い、ベッドサイドの時計の温度計を見ると26.8℃。熱帯夜でした。

体内温度計がくるっています。

ということで?避暑に両親と奥多摩旅行に行ってきました。

山のふるさと村という、東京都で管理している場所でケビン(山小屋)に二泊。

魚のつかみ取り、ダム見学、BBQ、などのんびり過ごしましたが、

初体験の行事に皆で参加しました。

蕎麦打ち!

テレビでよく見ますが、自分でやるのは初めてでした。

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そば粉7:小麦粉3、卵入り。

自分でやってみると、思ったより硬いというのが息子の感想。

その後伸ばして、皆で少しずつそば切り包丁で切っていきます。

係りの方が手伝ってくださることもあり、順調に進んでいきます。

そして完成:

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とてもおいしく、6人でおなか一杯。

こんにゃくもついて2,500円!ふるさと村おそるべしです。

蕎麦好きな方はぜひ行ってみてください。

奥多摩からの帰りに、20年ぶりに払沢の滝に行ってきました。

滝に近づくと気温も下がり、本当に気持ち良いです:

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駐車場から約20分の道中、20年前を思い出してきました。

ただ前には気づかなかった、こんな風景に心を奪われました:

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滝の少し下にある、沢です。

景色のバランスに心安らぎ、冷たい水が気持ち良いです。

もちろん景色自体は昔もあったのでしょう。

自分の感じ方が変わったのだと思います。

同じ場所に行っても、かつては全く気づけなかった景色に気づくことができる。

これは対人関係にも言えるかもしれませんね。

「世界はいつも変わらずそこにある」

「自分が変わることで世界が変わる」

当たり前のことですが、大切なことに気づかせてもらいました。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2018年8月13日 (月)

これから就職活動をする人へ

おはようございます。

先週は家族で横浜観光に行きました。

元町や中華街を散策し、氷川丸観光。

当たり前ですが、出会う人が皆その場を維持するために働いています。

氷川丸からの景色、後輩の船が海外に向け出港準備中。

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氷川丸には久しぶりに行きましたが、豪華な内装には圧倒されます。

ふとこんなことを想いました:

当時氷川丸の船底でエンジンを動かしていた人は、決して一等船室に泊まることはない。

これをどうとらえるか。

イソップ寓話(風刺話)にこんなものがあります。

建物を作るのに、レンガを積んでいる人に以下の三パターンがありました

  1. 暑い中朝から晩まで命令通りにレンガを積む、やってらんねぇや。
  2. 私はレンガを積んで壁をつくっています、家族を養う仕事ですからちゃんとやります。
  3. 私は皆がお祈りに来る、素敵な教会を作っています。毎日ワクワクしています。

3人とも全く同じことをしているのに、考えていることは全然違います。

しばらくして同じ現場を訪れると、

1の人は相変わらず文句を言い続け、

2の人は更に技術を磨き、良いものを作る。

3の人は姿が見えなくなっていました。

その人は職人の輪の中心にいて技術指導責任者になっていました。

氷川丸の船底でエンジンを動かしている人も、世界を旅するその船を支える仕事に誇りを持ち、

港に着けば乗客のだれよりも堂々と、颯爽と街に繰り出して行ったかもしれません。

現代の報道は、人を弱くし、元気をなくすような極端な例ばかりを取り上げ。

それを見た人が現状に不満を持ち、一生懸命逃げ道を探し、結果何もしなくなってしまう。

そんなニュースは毒にしかなりません。

世界はみんなの仕事のおかげでスムースに動くようになっています。

社会人一年目は、まだその貢献が何もできていないのですからとにかく一生懸命働くしかないのです。

「新卒の6割が入社に後悔」

「入社してすぐ大手をすぐに飛び出し、ベンチャー企業で自分らしさを発揮」

などという報道を見る意味は全くありません。

私の多くの友人や仲間の会社に、報道されるような「ブラック企業」はありません。

一部の特殊な例を大きく取り上げすぎです。

ある地域でひどい事件が起きても、それは日本中で起きるわけではないのと一緒です。

まず入った組織で仲間に認められ、必要とされる存在になる。

新入社員はそこを目指していくしかないのです。

そして大人はこんな考えを持つことも必要です

「若者は社会全体で育てるもの」

と。

決して突き放してはいけません。

現代社会にあふれる、くだらない情報に汚染されてしまっているのですから。

では、自分がやりたいこと自分らしさとは何でしょうか?

突き詰めて考えれば、そんなものはあるわけないと気づかされると思います。

他人様に認められ、必要とされる。

それしかないのです。

あえて言えば、自分は他人の中のみに存在する。

「お金」についてはどう考えるか。

お金があると、自分の時間をどう使うかという選択肢が広がります。

余暇の自由ですね。大切なことです。

ではどうすれば自力でお金持ちになれるか。

それは周りの人に認められるしかないんです。

他者からの評価がお金の量です。

どんな職種でも、毎日ニコニコ一生懸命働き仲間やお客様を楽しくする。

そしてより満足してもらう為、自分の技を磨く努力を惜しまない。

そんな人は周りが放って置くはずがありません。

どんどんステップアップして、組織を率いる人材になっているはずです。

「お金・お金」の物欲至上主義

実はこれこそが人を貧乏にしている考えです。

まず心を豊かにし、他者の気持ちに目を向ける。

そうすればお金という社会の潤滑剤は手元に少しずつ回ってくるようになります。

一般生活では潤滑剤が急に押し寄せるようなことはありません。

宝くじに高額当選すれば…多くの人がその潤滑剤に溺れてしまうそうです。

皆が信用して使う紙やコイン。信用が崩れれば何の役にも立ちません。

しっかり稼ぎ、丁寧に使う。

そのために一生懸命に働く。

その入口にいる就職活動という時期を、報道に惑わされず大切に過ごしてください。

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年8月 6日 (月)

お互い影響し合う場の力

おはようございます。

週末は猛暑の中、友人に誘ってもらいゴルフに行ってきました。

2B(二人で回る)初めてでしたが、前後に気を使わなくてよいのでとても楽でした。

暑い中男二人でずっと一緒、得難い経験で良い話をたくさんできました。

先日、シャープの佐々木正さんの本を読んでいたところこんな事が書いてありました。

「植物も互いに意思疎通しています、実験で確認しました」

と。

サボテンにセンサーを付けて中を流れる水の流れを計測したところ、

火を近づけたり、嫌な言葉を投げかけたり、毒虫を乗せるとと波形が乱れるそうです。

佐々木さんは更にこれを発展させ、隣り合う花で実験しました。

片方の花を危機的状況に置くと、近くにある安全なはずの花の波形も同じように振れたそうです。

会話とまでは言えないかもしれませんが、明らかに共鳴しています。

一輪の花が共鳴するのですから、人間が共鳴するのは当然ですよね。

ここに人が集う意味があります。

一時期盛んに報道された、フレックス勤務や自宅勤務。

もちろん子育て中の女性にはいまでも活用されている良い規則だと思いますが、

主流にはならなかったのも共鳴する場が人には必要という事だった思います。

人間、一人でいると何もできません。無力感も覚えますし、孤独です。

朝会社に集いあいさつを交わし、日々の業務に取り組む。

毎日行っているので当たり前になってくることも多いですが、そのあたり前によって

自然と社会貢献ができる。すごい仕組みです。

経営をする理由は

「金儲けだ」

と割り切ったようなことをいう人もいますが、金儲けは手段であり目的ではありません。

一人一人の普通の力を結集し、一人ではできない大きな社会貢献をする場を作る。

経営とは金儲けではなく、場を作り発展させるというスケールの大きな役割を果たすことです。

小手先の管理方法などというテクニックで経営できるのであれば、

多くのコンサルタントは企業の社長になって大金持ちになっていなければおかしいです。

会社というチームは、その中心となる経営者の思いに従う人が集わないと

どんなに良さそうなルールを作っても一瞬で崩れていきます。

理屈ではなく実践です。

その実践は、作業ではないので見えにくいですよね。

経営者の実践とは社員を想い、だからこそ良い言葉で接し、おかしなことが起きれば

毅然とした態度で叱り導く。

真の威厳とは、まず自分の行儀を正しくし、善悪、賞罰をはっきりすることです。

もしチームの全員がその様リーダーの元で、心を一つにして仕事に臨んでいれば、

その時に初めて

「チームプレイ」

が生きると思います。けっして耳障りの良いルールがチームを作るのではありません。

花が同調するように、経営者や各部所のリーダーが良き思いを伝搬されて

良き同調者を増やすしかないんです。

会社は短期的な成長期には、画期的なアイディアで業績を伸ばすことができるかもしれません、

例えば近年のIT技術の急速な出現・発展期には、まさにそのIT技術自体が魅力的で

求心力を持ちそこに集う人に夢を見させますので、

「チーム」

ができてしまいます。ただ、言うまでもなくその技術が陳腐化してしまえばチームは解散です。

経営者はその技術の将来性をとらえ、組織化し、従業員に夢を見させて報酬も払った。

矢が落ちれば組織は解散。それも会社組織の形ですね。

代々続く製造業は、主に一族で経営に対する思いを受け継ぎつつ、業容は時代に沿って

柔軟に変えていっています。

柔軟にと言えば聞こえは良いですが、組織生き残りのためには何でもやらなければ

行けなかったというのが現実に近そうです。

こだわっていられないからこその柔軟ですね。

ちょっと脱線しましたが、場を作り維持をするというのはそれほど大切な事業という事です。

その場が良いところであればこそ、経営者が想像もできないような大きな力を発揮できる。

良き共鳴をし、思いを一つにした上での役割分担。

そんな組織を目指して今週も頑張ります。

写真ですが、ただでさえ暑い中、暑苦しい話を読んでいただいたので涼しげなものを:

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Photo_2


新宿御苑の清流(玉川上水)です。

湧水がが流れているそうで、猛暑の下でも気持ち良い冷たさです。

裸足で遊びたくなりますが、それはご法度。

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年7月30日 (月)

見えているのに見えないもの

おはよございます。

先週は異常なルートを通て、台風が過ぎていきました。

東京には大きな被害はありませんでしたが、大きな爪痕を残しているそうです。

人が団結しないと乗り越えられない被害だと思います。

普通の状況がいかに得難いものなのかを、再考させられます。

今週は写真からです:

2018_3

先週ブログに書いた、ゴルフ旅行の夕食風景です。

あまり動きがない写真なので没にしましたが、あらためて大きな画面で見てびっくりしました。

大きな窓に見事な借景が。

ゴルフ場にいるときには、当たり前の風景なので何も感じていませんでしたが、

緑の見えないオフィスで見ていると、天国で食事をしているかのようです。

見えているのに、見えていませんでした。

この様なことは人生に良くあるのかもしれません。

あって当たり前、無くなってその価値・すごさに気づく。

自分ができないことを誰か出してくれているからこそ、今そこにいられることを忘れ

あたかも自分の力で人生を切り開いているかのような錯覚をする。

人は本当に無頓着に、他者を傷つけながら生きているのかもしれません。

気持ちよく他者に配慮できる人になる、他人の気持ちの動きを察知してお礼を言う。

書くと簡単にかけてしまいますが、実行するのはとんでもなく難しいです。

プロ野球選手は野球が上手だからお金を稼げます。

それと同じように、

一般社会では、その人の技によって給料が発生します。

お医者様なら医術、弁護士なら法律、プレス技術者であれば機械や金型の知識…

更に、そこに気遣いできるという技術を磨くことで収入に大きな差がつきます。

気遣いは対人だけではなく、物に対してもです。

プロ野球は体が老いてしまえば引退ですが、一般社会の技は他者に貢献できる限り現役です。

今、「サラリーマン」という職業が無くなろうとしています。

かつては特権階級の象徴で「月給取り」とも称された目指すべき職業。

いつの間にか一般化して、近年では派遣労働の大幅規制緩和で

労働環境自体が大変革でめちゃくちゃに。

そして今、安定したサラリーマンは消えます。

この変化は嘆いていても仕方ないです、無くなるのですから。

自分が変わって対応するしかありません。

また新しい、安心できる秩序を作りだすしかないんです。

周りのせいにして、自分を顧みることなく環境を変えようとする。

これはたとえて言えば、金魚が

「この水飽きたから、外に行ってみよう」

と外に飛び出るようなものです。

誰でもわかりますよね、それは意味ないし、ただの自死であると。

ではどうすれば良いか?

先週書いたこの文章:

「スマホの画面を通じて世界とつながっている?

そんな小さな画面には、砂粒のような情報しかありません」

の反対を行えばよいのです。

信頼できる仲間と、語り合い、つながり、砂ではなく泥に、そして粘土になるのです。

いくら「砂」がぶつかってきても、決して負けない団結力、結束力を持つ。

他者からの施しで安心するのではなく、自分の力、自己発信の組織力で安心する。

そこにしか本当の安らぎはやってこないでしょう。

一枚の写真に、大切な学びをして頂きました。

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年7月23日 (月)

「普通」はない

おはようございます。

先週の話を、もう少し深めていきます。

感情表現が乏しく、何か活気がないように感じる現代。

スマホの画面を通じて世界とつながっている?

そんな小さな画面には、砂粒のような情報しかありません。

人の持っている力を感じるには、実際に会って話し、その熱量を受け取る。

これが唯一の方法です。

それをすると、タイトルに書いた

「普通」

という状態がないことに気づかされます。

エネルギーを発している、魅力的な人はかなりの高い割合で無邪気に無茶な人です。

それは学校教育に当てはめれば:

  • 先生の言うことを聞かない
  • 仲間との多数決を嫌い、自分の意見を通そうとする。
  • 授業に関心がなく、いつも関係ないことを考えている。
  • 好きなことはとことん突き詰め時間を忘れるが宿題は忘れる。
  • 納得できないことは、たとえ先生相手でも食ってかかる…

などなど。

学校では「良い子」と認められない要素ですが、

それが大人になって魅力的な人が兼ね備えている性質になっている。

まったく面白いです。

今の学校教育では、生き生き豊かな生命力の発散についての学びが得づらいのかもしれません。

先生自体が委縮しているのであれば、そうなるのは当然ですが。

先生にもいろいろあってよいと思います、

「普通の先生」

が良いのであれば、AI技術を駆使したロボット先生が代用できます。

法律に違反するような言動は決してしませんし、授業も効率よく進めます。

それはまったく「生のエネルギー」を発しませんが。

大人の社会は、問題に対する答え合わせを繰り返しているわけではないんです。

これを読んでくださっている人はお気づきだと思いますが、大人は

「魂のエネルギー」

のやり取りをしているんです。体はその受発信をするとても大切な道具。

体は主ではなく、従。

体が老いていく事ばかりを心配する報道、

老後に夫婦で旅を繰り返す人生が、あたかも良い人生であるかのような番組構成。

もちろん夫婦で旅をできることは良いことですが、そこは人生の目的とするところでは決してありません。

あくまでも余暇です。

魂を研鑽していくと、体はそれに応えてくれ、

魂を研鑽していると、その波長に共鳴した人がどんどん集まって楽しくなります。

年長者は、後輩を指導する。

いつかその後輩が指導するようになる。

この状態のみを「満足」できる状態と呼び、これこそが

「人生の目標」

です。

自分はどんどん変わっていかなければいけません。

昨日の自分より少しでも良い自分になる、

他者との比較は、目標やお手本にする以外は全くの無意味です。

自分が変わっていくと、いままで楽しく付き合っていた人と波長が合わなくなって

「会えない人」

にもなります。

良くあることに思えますが、とても深い話です。

もっと身近な例では、

女性が、誰かの彼女になり、妻になり、母になる。

そのそれぞれの段階で、かなり劇的に発する波長を変えているように感じます。

特に母になった際の変わり方と言ったら…

自分も研鑽していかないと

「老後の夫婦旅行」

に行ってもらえなくなりますので頑張ります。

やっぱり夫婦旅行、大切ですね(笑)

写真ですが、日向工業を支えてくださっている方との恒例ゴルフ旅行(那須)です。

例年なら梅雨明けしているかどうかのぎりぎりですが、今年はまさかの猛暑。

しかも行きの高速道は事故で2時間通行止め。

電車移動だった方だけで先にスタートいただき、遅刻組は無事?12:30過ぎにスタート。

秋だったら確実に日没でラウンドできませんでした、ラッキーです。

スタート前に遅刻組で撮影:

2018

夜は日が変わるまで笑いっぱなしの宴会:

2018_2

まだ宴会始まったばかりで、順位発表会のすぐ後です。

1人渋い顔をしている右端2人目の方(佐々木顧問)は、一人ハンデが少なかったことにご立腹。

もちろんすぐに笑顔で大騒ぎです。

会社を支えてくださる方と、時を忘れて宴会で楽しい時を過ごせる。

これ以上の贅沢な時間はないです。

また秋以降に企画したいと思います。

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年7月17日 (火)

ドキドキワクワク

おはようございます。

先週は会社の車を入れ替えました:

Photo

外観は車に興味のない人には、変化に気づけない程度の変更ですが、

少し街乗りしただけで、先代、先々代との違いははっきりしていて

良い意味でドイツ車のような乗り味になっていました。

でも納車時は不思議とワクワクしなかったんですよね。

(最近のトヨタ車に期待していなかったのですが、良い意味で裏切られました)

自分が子供の頃は、新しい車が来ると思うとかなり前からワクワクが止まりませんでした。

まだ自家用車が一般的ではなかったこともあると思いますが、

車好きとしては新しい車の変化が楽しみで仕方なかったです。

古くは:

「100km/hだしてもキンコン鳴らなくなった!外車みたいだね」

「ドアミラーになるんだ、格好良いね!」

そして小学生高学年になる頃には、エンジンが:

「ツインカムエンジンになったよ」

「しかも24バルブ」

「ターボエンジン仕様もあるんだよ、しかも2個」…

未知の世界を見る様でした。

感受性強き子供時代だった事は、大人になった今との大きな違いですが、

現代は車が当たり前の道具の時代です。

その他にも:

子供の頃は、ギア付きの自転車を買ってもらえる事は一大事でワクワク止まりませんでした。

ワクワクはゲームウォッチからファミコン、そしてパソコンへ。

海外旅行は自分が行くなんて想像できず、クラスに海外に行った人が居れば

皆で車座になってその感想を聞いたりしました。

最近の若者がワクワクした事を想像すると、

ガラケーからスマホに変わった時、もっと若ければ初めてスマホを買ってもらった時。

それがピークであとは物に対して冷めている。

高度成長の子供だった僕らの時は、その新しい物の波が何度もやってきたんですね。

全くない状態から、新しいものが出てくるのですから。

とにかく色々な物が、すごい勢いで進化しました。

最近は物にあふれていて、何に関してもこだわりがない人が増えているように感じます。

特に我々世代含む大人に。

物にこだわらないというのは、精神的成熟があればむしろ望ましいと思いますが、

今がその状態であるとは思えません。冷めているだけというか…

友人関係を波風立たないようにすることを優先する。こう言うととても良いことに感じますが、

実際にそればかり優先していると閉じこもりがちになってしまい、

言いたいことも言えない

「友人関係」

になってしまいます。

例えば、現代は喜怒哀楽をはっきり表すことが少ない気がします。

あるとすれば、切れて「怒」を表現して(しすぎて)事件になることくらいでしょうか。

バランスが大切ですが、自分の感情をはっきり表せない社会は異様です。

「怒」といっても、社員を叱るときにはそこに「哀」が混じっていたり、

「楽」しみながら、「喜」びを爆発させたり。感情は複雑です。

それは無理に抑え込んではいけません。

現代はすぐに話が極端になるので、感情を表すことに憶病になっていないでしょうか。

感情表現こそが、人間を人間らしくしている根本です。

子供の頃に爆発させないと、大人になってもコントロールの仕方が分からないままになってしまいます。

理想の教育とは本当に難しいです。

この話を来週以降ももう少し深めていきたいと思います。

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年7月 9日 (月)

公共事業の大切さ考察

おはようございます。

先週末は各地で大の被害があり、自然の恐怖を感じています。

雨を防ぐことが出来ないとすれば、公共事業で対策するしかありません。

今日は公共事業について考えます:

少し前に、通勤路の道(県道市川-松戸線)が信じられないほどスムースに流れるようになったと書きました。

その理由になった外環の写真を撮ってきました。

外環工事完成前(市川考古博物館より):

Photo

畑と緑地が広がっています。

今は同じ構図で:

Photo_2

緑地がすっきりして、高速道路とその側道が先まで伸びています。

この道路の効果は絶大で、慢性渋滞していた水戸街道もかなりスムースになっています。

おそらく他の都内・近県の道路、首都高にもその影響は波及していると思います。

どこかをスムースにすることで、考えもしない遠いところに好影響を及ぼす。

人の元気を奪うような報道ばかり垂れ流されていますが、このような素晴らしい

公共事業の成果は国民全体で共有するべきです。

一か所をよくすることで、他に好影響の身近な例としては、

 ・首が痛くてどうしようもない、プロの整体師先生に診てもらったところ足首の筋肉に張り 

  があり、その影響が首に表れている。足首のテーピングで首の痛みが改善。

 ・組織の人間関係がうまくいかない、指導者のやり方を変えたところ皆が生き生き動き出

  した。

 ・いつも「疲れた」「うるさい」としか言わないお父さんが、機嫌よく家に帰るように感情を

  コントロール出来たら反抗期だと思っていた中学生が急に話をするようになった。

この様な例はいくらでもあると思います。

こう書くと、他者が原因のことが多いように感じますが、実は逆で自分が原因の事ばかりなんです。

他人のせいにするのは本当に簡単ですが、自分を客観的にみることは難しいからです。

だからどんな世界でも一流の達人は、いつも自分に足りないことがなかったか、

失礼なことをしていないかと内省し注意をしながら生活をしています。

反面、私を含む未熟者は、少しの権利(言われたことをやって報酬を得る)を得ただけで、

自分は一人前だと勘違いする。

世界の皆はつながっています、言われたことをやるのは

「当たり前」

です。

社会にどのような課題があるのか考え、その対応策を考え組織を動かす。

その段階になっても、与えられた使命を果たすという意味で

「当たり前」です。

徳川家康からすれば、移封された人が住むにはどうしようもない湿地だった関東平野を

利根川を掘って水を太平洋に流し、肥沃な大地に変えた偉大な公共事業ですら

「すごいですね」

と声をかけたとすれば

「当たり前だよ」

と一言で返されたことでしょう。

意地悪で移封された土地を、良くして見返そうとする前向きな意地ですね。

良く

「乗り越えられない壁はない」

「その人が頑張れば乗り越えられるくらいの高さで壁は現れる」

なんて言いますが、この言い方より

「当たり前のレベルを上げる」

「少し頑張ればすごい成果を上げられられる当たり前が、身の回りにごろごろしている」

の方が前向きで元気が出ると思います。

先に書いた、人間関係の原因は自分にあるという場合、達人は具体的にどうそれにどう対処しているのか:

それは、

「機嫌よく、相手の目を見て挨拶する」

に尽きます。そのうえで問題に(己に)厳しく対処していく。

結局人間関係は

「気分」

ですから。これですべてがうまくいくとは限りませんが、全力を尽くした後は

気にせずいるしかありません。

気にしているという事は、その課題を嫌な事として正対し続けるという事ですから。

ただし組織の責任者が、組織の以上に気づいた場合はその状況改善をすることは

自ら率先して行わなければなりません。それをするのが責任者の仕事です。

こう書けば気づいていただいたかもしれませんね、そうです一人一人が

「責任者」

なのです。他責ではなく自責。

身の回りを整え、気分良く行きましょう!

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年7月 2日 (月)

6月幹事の話のまとめ

おはようございます。

先週も、中学高校の同期会、そして週末には小学校時代の同期結婚祝いがありました。

数十年ぶりに会っても、なんだかあの時の空気感がよみがえるので不思議です。

Photo

卒業アルバムを届けてくれた長男が撮影、「友人と過ごす時間の大切さ」というバトンを渡せたかなと。

幹事の役割を復習しつつまとめます。

幹事というのは他者の運命というエネルギーを動かします。

当然、人が集うのですから良いこともあれば、悪いことも起こります。

悪いことが起こってしまうのは、幹事の配慮不足だからであり幹事という役割の壁になります。

それを乗り越えなければ、役目を果たすことはできません。

頑張って乗り越える、それだけの価値がある役割です。

運命を動かし続けることで自分が成長できるからです。

動かないで、嫌なことを避け、見たくないものから目を背けて自分の殻に閉じこもる。

これは一見自己保身で逃げられているように感じますが、

心の中では嫌なものと正対し続けることになります。

嫌なものと向き合い続けているのですから、それは辛い状態ですし

運が悪いと思う状態がずっと維持されます。

他者から見れば、自分からその状態にはまっているのにいつも機嫌悪くイライラしている。

滑稽です。

これは日常生活で起こる、多くの事にも同じことが言えます。

良くある話としては:

挫折を乗り越えて大人になり、他者の役に立っている仕事ができている人は

自分の子供にも同じ挫折経験をすることを期待することが多いと感じます。

挫折し、悩み、乗り越え、気づく。

その悩みの期間が長いほど、気づきの質が高くなることを知っているからです。

ただしここで注意しなければいけないのは、乗り越えられない挫折もあるという事です。

例えば戦争体験、特に戦闘体験は人の健全な精神を壊してしまいます。

先輩方が乗り越えてくださったから、今の社会があるのですが

先に書いた「乗り越える」とはちょっと意味合いが変わってしまいます。

うまく書けませんが、極端に振れてしまい自壊寸前まで常に追い込まれるというか…

幹事の話から脱線しましたが、人が集うというのはとても貴重な時間である反面、

その時間を楽しくするには多くの前向きな力を結集する必要があります。

大勢集まっても、一人の負の言葉で場が壊れてしまうこともありますから。

日本人はとても精巧で複雑な意味を持つ、素敵な言葉

「日本語」

を使っていますが

現代人はそれを使いこなす訓練を全くできないままに大人になっていないでしょうか。

子供同士で言い争い、先生に叱られ、落ち込んだり怒ったり。

逆に

仲間や先生、恋人に励まされ、たった一言で、または手紙一通で

人生の局面が一変するような良い経験をする。

幼稚園、小学生、中学生と段階を経て…

これは濃密な生身の人間関係がなければ築けない関係です。

他者とのつながりの土台を作る小学生、

色々と多感な中学生

この期間で他者とのかかわりがなかったのに、

急に社会に出て良い関係を築く能力を発揮することはほとんどないのです。

これは本当に怖いことです。

個人的には中学生まではスマホ禁止で良いとすら思います。

知識の詰込みよりはるかに大切な、他者の気持ちを想うという教育を阻害するからです。

多くの友人と会うことにより、大切な気づきに至ることができました。

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年6月25日 (月)

またまた同窓会

おはようございます。

6月は同窓会が多く、先週もありました。ちなみに6月最終週は小学生時代の同窓会があり、

同窓会の特異月です!

幹事は計画をすることがまず楽しいので、自分にとってとても良い時を過ごさせてもらっています。

先週は大学時代の同学科の集まり、こんな雰囲気でした:

2018_2

ボウリングして、マリオカートで戦って、はしご酒。

10年ぶりに会う組み合わせもありましたが、全く昔と変わらない雰囲気で楽しい時を過ごせました。

どうしてそんなことができるのか、皆で話し合ってみました:

皆エリートサラリーマンで責任を果たし、家庭を持ち、子供がいるからというのが

前提(たまたまそろった環境)として、

先週のブログとつながる面白い話を聞けました。

一人が、

「給料が増えても、うちの奥さんは全く生活を変えない(贅沢をしない)」

と。

すると自分を含め、すべての人がそれに同意していました。

そして、

家を出てくる前奥様に

「同期会は大切、友達を大切にした方が良いよ」

と送り出されているのもほぼ共通の様でした。

すごい話だなと思いました。

学生時代の気の置けない友人同士、お金の話や車の話にもなったりします。

それは自分の今を確認するのに大切なことだとは思いますが、

女性は視点が違います。

先週のブログをおさらいすると、お互いのことを気にするのが「横」。

友人を大切にすることが豊かさにつながるというのが「縦」の考えと言えそうです。

友を大切に思うというのは、利他の精神がないと続かないからです。

母は子供を育てることにより、「縦」をはっきりと実践し、何が大切なのかを見極める目を持っています。

男は仕事こそ自分の命を表現する場所だと思い込んでいますが、

女性はより大切なものがあると本能的に気が付いているんですね。

それを同時に言われる、驚きです。

今回の幹事では、楽しく、そして深い学びをもらえました。

次回幹事について、まとめようと思っています。

今日も読んでくださりありがとうございました。

2018年6月18日 (月)

「男」「女」は平等でしょうか?

おはようございます。

先週は幹事のことを書きました。

幹事の仕事は、人を集めることではなく集まった人が

「楽しかった」と帰るように気を配ることです。

良く幹事をやらせていただくのですが、最近は昔のように集まる人の性別を考えていないなと気づきました。

ほとんど経験ないですが、合コンの幹事であれば男女同数が良いですよね。

20歳代であれば、男女ともにお互いの性を強く意識した会になるのはごく普通のことだと思います。

男目線でいえば、素敵な女性がいれば何とか話題を振って興味を持ってもらい、

あわよくば口説いて2人で違い店に行ってさらにいろいろと話をしたい。

自分がいただいた命をつないでいく事につながる、とても健全なことです。

会社同期も同じように年を重ね、皆40歳代。

先週書いたように私は皆の尊厳を重んじ、尊敬しています。

あえて小さな写真にしましたが、皆が良い顔をしているのはよく分かると思います。

本当に素敵な友人です。

そこでタイトルの考えに至りました。

男女平等の本来の意味とは、「性」を超えた「人間」として平等であると。

一見当たり前のことに聞こえますが、本当に大切な考えです。

男女の「性」は特に若い時には違うものとしてお互い尊重すべきであり、

決して平等ではありません。

もし平等が望ましいとすれば、女性が一方的に大変過ぎます。

男は女性を守り尊敬する存在にならなければ、バランスが取れません。

性を維持する大変さが不平等すぎるからです。

現代は目に見えるものばかりが重視されてしまい、本当に大切なことに目が配られていません。

目に見えるものばかりが重視される社会とは、他者との比較ばかりの社会です。

自己を確立する気概もなく、ただ快楽を求めつつ体の命を消費し、嫌なことからは逃げ

死を見つめることなく、本当の生を実感できないままに気づかぬままに一生を終えます。

これではいったい何のために生きているのか…

すべての生き物は生き生き豊かなエネルギーを放っています。

短い一生に見える植物は少ないチャンスをとらえ、一斉に花を満開にし、

地中で何年も暮らしたセミは、死の前の一週間本気で声を鳴らします。

人間以外の生き物は、「性」をとても尊重し、「生」を潔く全力で駆け抜けます。

縄文のご先祖様はきっとこのように生活していたと思います。

それがどのような生活だったのか、考えるとワクワクします。

現代の横意識だけなく、歴史という縦意識を持つと、物の見え方が変わってきます。

自分が何らかの役目を負っていることを自覚できるようになるはずです。

生き方を変えられるのは自分だけです、まずは他者との比較をやめて

心を静かにすることが大切です。自分もできないので頑張ります。

写真ですが、ワクワクうれしい景色です:

Photo

出勤時の家の前の県道です。一見何の変哲もない写真ですが、ここに暮らして40年。

こんな景色はあり得ませんでした。必ず渋滞していましたから。

外環が通った効果です。

車で通勤した場合、50分かかっていたのが30分で着いてしまいます。

本当にありがたいことです。

今日も読んでくださりありがとうございました。

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