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2017年8月28日 (月)

稚内からユジノサハリンスクへ

おはようございます。

先週サハリンに行ったことを書きましたが、稚内から40キロちょっとの距離にある

とても近い外国ですが一般的にはなじみがないですよね。

「北方領土に行ったの?」

という反応が一般的かもしれません。

サハリンは日露戦争の勝利で日本が北緯50度以南を領有。

その後の大戦で敗れてロシアが占領。

北方領土の話はそれより前の明治期の条約の解釈問題でもあり、複雑で私の能力では解説できません。

はっきりしている事:現在日本はサハリンに領事館を置いているという事実。

今回、友人の伝手で領事館の方にお世話になったので確実な事です。

領事館を置いているという事は、日本がサハリンを外国と認めているという事です。

北方領土にはもちろん領事館はありませんので、もし領事館の方がそこへ渡航すれば、

外国と認めたことになってしまうので、決してできないそうです。

この様に、サハリンは日本との紛争地ではなく、一番近いヨーロッパです。

渡航方法は、新千歳から飛行機か夏の期間だけの稚内からの船(週三便)。

三家族、子供8人(1歳~14歳まですべて男の子!)のロシア紀行始まり始まり。

船はこのようなものです:

Photo

以前は大きなフェリーが就航していたそうですが、客数減で廃止になり廃線。

やっと復活したのがこの小さな双胴船です。

荒れる事も多い海峡を通過するには心もとないです。

実際我々が乗る前、二便連続で欠航。週三便で二便欠航ですから一週間戻れません。

稚内の方にも、

「戻って来られないかもね~」

と脅かされていました。

天気予報では波高1m未満で比較的穏やかと言う事でしたが、かなりの揺れで

船内は大人も子供もリバース大会の様相。

不安だらけで大冒険のサハリン紀行、結果的にこの4時間半が一番苦しかったという方が多かったです。

関東と同じく、曇り空で寒かった北海道から海を渡ると夏のサハリン!

Photo_2

分かりにくいですが、建物もカラフルで気候も相まってヨーロッパのリゾートに来たようです。

ただし到着後の通関は、社会主義時代の名残か

「とにかく遅い!」

そして皆怖い顔をしてにらんできます、大きな麻薬犬もウロウロしていますし。

一人当たり5分くらいかかったでしょうか、皆あきれ顔でした。

かつての上海空港もこんな感じだったので、渡航者が増えれば徐々に変わっていくと思います。

到着港のコルサコフから、目的地のユジノサハリンスクまでは北海道~サハリンと同じくらいで40キロくらい離れています。

ちょっと混乱しますが、コルサコフ港は、サハリン島の先端にあるわけでは無いので。

当初はこの距離をバスで移動しようと考えて今したが、

先に通関を済ませた友人が、金髪の人形をそのまま等倍したような美しい女性に誘われるまま

タクシーを三台手配してくれていました。

まだロシア初上陸で緊張が解けず気を許していなかったのですが、百戦錬磨の友人曰く

「この人は信用できる!」と。

結果は大正解。料金もむしろ普通のタクシーより安かった(帰りのタクシーと比べて)です。

路は果てしなくまっすぐでこんな感じです:

Photo_4


この写真は斜度が下りに向かっていて追い越し禁止。その先に行くと上りになりこちらの斜線が一つ増えます。

ここを100キロ以上でぶっとばしていきます。それでも一時間弱かかりました。

バスなら倍は掛ったと思います。

領事館の方も仰っていましたが、事故が多くで問題だそうです。そりゃそうですよね。

道の構造と+飲酒が原因の様です。

飲酒と言えば、日本人はロシア人=ウォッカと思いますが、近年は人気ないそうです。

特に若い女性はほとんど飲まないとか。

色々あったロシア旅行、まだまだ始まったばかりです。

来週もお付き合いお願いいたします。

今日も読んでくださりありがとうございました。

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