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2018年2月13日 (火)

知っていることと分かっていることの違い

おはようございます。

昨日は建国記念日(神武天皇即位の日)の振り替え休日でお休みでした。

祝日のほとんどは皇室に関係するものですが、現代はその学びを忘れ

ただ休みとしてしまっている気がします。自分もそうです。

一日一日の積み重ねのみが人生を作ります、もっと丁寧に生きなければいけないと反省です。

先週、

「頭ではなく体を使うことで得られる知識こそが本物の知識です」

と書きましたが、もう少し掘り下げます。

例えば、幼稚園生に

「汚い言葉を使ってはいけないという事を知っているよねー?」

と聞けば、

「しってるー」

と答えるでしょう。

でも使っていますよね、それが子供というものですから(笑)。

大人でも同じようなものですが、お客様との商談に臨む営業担当者は

さすがに汚い言葉は使いません。

もし使ってしまったら、商談を壊してしまい、当然上司にも叱られると知っているからです。

言葉とは魂なので、うわべを繕ってもすぐに正体を見抜かれます。

良い営業担当者は普段から自分を律し、他者を優先する心で生活してることが多いです。

魂のこもった良き言葉を使うためには、普段の自己を律することが必要と

「分かって」

いるのです。

ただし、体を使って知識を得ると言うのは簡単ですが、

当然、人間には陰陽いろいろな感情があります。

これは「陽」だから良いのではなく、両方あるという事です。

陽(ひ)に照らされ、陰(かげ)になる陰。どちらも等量あるはずです。

例えば、静かにものを考えるには「陰」が良いでしょう。

そのどちらもバランスのとれた状態を「中庸」と言います。

でも生活している中で、いろいろな経験もしますよね。

当然、辛く厳しいことも多くなります。それに負けてしまえば、「陰」に吸い込まれてしまいます。

その状態でも「中庸」に到達しようとすれば、前向きな努力が必要です。

前向きな努力とは、他者に貢献することでしか得られません。

苦労をしたほど良い笑顔をする、人格者はたいてい人知れずとんでもない苦労を重ねている…

谷深ければ、山高しです。

現代では、各種ハラスメントが声高に言われすぎていることもあり、

本物の経験がしにくくなっていると感じます。

もちろん、暴言やいじめ、セクハラは問題外ですが、心構えが前向きでなくなってしまっています。

学生が、好意を持つ相手をデートに誘うのすらためらわれるような環境があるとすれば、

それは異様です。

これは、ハラスメントというルールに守られているようで、実は委縮させられ人間が小さくなっているだけです。

本当にもったいないことです。

週末に、お世話になっている橋本久義先生の講義でこんな話を聞きました。

ちょっと極端な話ですが、今回のブログ内容と通じるところもあると思います。

アントニオ猪木とジャイアント馬場:

2人は同時期に力道山に弟子入りしましたが、力道山は馬場をかわいがり、猪木に厳しい。

例えば:

  • 「猪木」とは名前では呼ばず、「アゴ」「ブラジル」「出稼ぎ」と言って呼びつける。
  • 釣りに行った際、東京湾の真ん中で船を下ろされる。猪木は4時間かかって岸にたどり着いた。
  • 八王子の高速道路で、走行中に降ろされる。
  • 客がいても、靴ベラで殴られる。
  • 馬場が一流会場での有名レスラーとの試合を組んでもらえるのに、猪木は地方巡業ばかり。

この先の展開は皆様ご存知のように、力道山が亡くなり2人は独立。

馬場は力道山から受け継いだ人脈で、海外の有名レスラーを招聘して満員に。

反対に何も受け継げなかった猪木は、人脈もなく自分で工夫するしかありません。

そこで編み出したのが、異種格闘技。

賛否両論ありますが、モハメッドアリとのボクシングvsプロレス対決は有名です。

そして、それまでのプロレスでは考えられない新技の開発。

コブラツイストやバックドロップ、卍固めに延髄切り…

チョップやキックが決め技だったプロレス界を一変させました。

また広告宣伝の方法も斬新です:

「買い物中の倍賞美津子(猪木の奥さん)をタイガージェットシンが襲った!」

と。東スポの記者がたまたまそこにいて、一面記事に…

今に通じる画期的手法だったのでしょう。

橋本先生の講義の趣旨は、中小企業も異種格闘技に取り組んで、新技を生み出して勝ち残る!という事でした。

今日のブログ内容に結び付ければ、つらい経験も前向きに変えていくことの大切さです。

猪木のつらい経験は、

馬場:後楽園ホール満員2千人

猪木:ドーム満員6万人、日本と縁ある朝鮮を結びつける国会議員に。

と大きな差となって現れます。

陰ふかければ、陽も高くなって多くの人に慕われる。

今辛くても、それを転がして良い方向にもっていこうとする。

これこそ本当に必要な学びであり、本物の知性と呼びます。

知っているだけでは価値を発揮できないのです。

自分のことを客観的に「分かり」、具体的に行動していく。

写真ですが、千葉のポートタワー(高さ113m)に行った際のものです。

中二の長男と2人で行ったのですが、ふと息子を見ると外を見てたそがれています。

そんな年になったのかと感慨深い思いで

「好きな子の事でも考えていたのか」

と問うと、

「ちがうよ、あれを見ていたんだよ」

Photo

「もう一杯なのに、駐車場所を探して車がどんどん入ってくる」

「なかでぐるぐる回っているのが面白くて」…

無料駐車場で、管理する方がいないのでどんどん入ってきてしまいます。

なんだよそれ、と思いましたが確かに少し面白いです。

車の目線からは見えないことも、上からは良く見えます。

人生も、自分の立ち位置を客観的に俯瞰して見られないと、無駄なことをしてしまうのかなと。

自己を客観的に評価できれば、無茶や無駄をしなくて済むのかもしれません。

実際はそんなにうまく振舞えませんが。

なお一般的にはこのような雄大な景色を楽しむタワーです:

Photo_2
港の面積日本一!

話を深めるつもりがあっちこちに行ってしまいました。

今日も読んでくださりありがとうございました。

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