« 人工知能の発展に見る画像技術の進展 | トップページ | 西澤潤一先生 »

2018年10月29日 (月)

女性の感性と男の責任

おはようございます。

タイトル悩みました、ちょっと大げさですがタイトルに沿って書き進めます。

先週の日曜日、剣道の稽古のためにJR新大久保駅で降りて体育館に行きました。

行きは早朝だったこともあり、スムースに体育館に到着。

ところが、帰りは歩道がほぼ若い女性に埋め尽くされており進めません。

原宿竹下通りの混雑が、道路の両端ににあると言えばイメージしやすいでしょうか。

歩いている人は多くの人が手に何かをもって食べています、ホットドック?

行列の先には屋台の様なお店がたくさんあり、それぞれのお店が工夫を凝らして作っているようです。

お店の席が空くのを待っている人は「チーズダッカルビ」の店が多いようです。

韓国や中国の食材を扱うスーパーが有ったり、韓国芸能人グッズを扱う店があったり、

珍しい雑貨を扱う店があったり。

確かにぶらぶらと歩くのが楽しいかもしれません。

アジアの息吹を感じられる、雑多で混沌とした感じ。

彼女たちにとっては、イオンモールやららぽーとは面白くないのでしょう。

新しいお店を発見する楽しみがあまりないですから。

歌舞伎町に隣接する街、昼間はほぼ女性というのも面白いです。

吉祥寺が一時ほど人気が無くなり、大久保や北千住が若い女性に注目される。

楽しそうという女性の「直感」なのでしょう。

男は「韓国とは歴史問題もあるし」「わざわざ混んでいるところに行きたくないなぁ」

としり込みしている間に、女性は直感で進んでいく。

脳の働きの違いです。

ではそんな女性のパワーに対して、男はどう考えるべきか。

戦争などの混乱期であれば、男のやるべきことは割と簡単に定義できますが、

今の日本のように平和だと役割を見出すことが難しいです。

分かりにくくなるのは、「個人的欲望」と「大儀」を一緒にしてしまっているからだと思います。

個人的欲望の追及の先に、大儀があればよいのですがそれは滅多にないことです。

大儀とは、自分が生まれ、死ぬまでにより良いものを残さなければいけないという義務意識です。

今毎日当たり前に暮らしていますが、もし自分ひとりだけの世界に生まれたとすれば、

紙一枚作り出すことができません。もちろん服も着られませんし、食べ物も選べません。

全て先輩たちが作り上げてくださったものを使わせていただいているのです。

物がなければ、お金など何の価値もありません。

大儀とは宿命と言っても良いでしょう。

いつもここに書くように、人に迷惑をかけないで自分で稼いでいるから

自分の殻に閉じこもって、ふてくされたような生き方をしても叱られる筋合いはないという考え。

これがどんなに間違った考え方か、紙一枚ない世界を想像すれば容易にわかると思います。

宿命を背負い生まれ、宿命を果たして体の一生を終える。

女性の様に命を生み出すことができない男は、深くこれを考えて生きなければいけません。

宿命と宿命の間にあるのが、運命でしょう。ただしどんな運命だとしても自分で受け入れ、

投げ出すことなく、与えられている宿命を果たさなければいけません。

運命を好転させていくのも、個人の力ですから。

もちろん、生きることを投げ出しそうになるような困難な運命もあると思います。

でもそれでも生きるのです。そうやって先輩方は命を継いでくださっているのですから。

「なんのために働いているのかわからない」

などと情けないことを言わず、少しでも良き世の中を作るように一心不乱に努力する。

少しでも良い将来を、楽しい将来を願いつつ、今週もがばります!

写真ですが、満月をスマホで撮影したら不思議な感じに:

2018

カメラの補正技術で、見ている風景と全く違う写真が撮れる。

技術の進化方向としてどうなのか?とも思いますが、面白いことは面白いです。

今日も読んでくださりありがとうございました。

« 人工知能の発展に見る画像技術の進展 | トップページ | 西澤潤一先生 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1378527/74469823

この記事へのトラックバック一覧です: 女性の感性と男の責任:

« 人工知能の発展に見る画像技術の進展 | トップページ | 西澤潤一先生 »

フォト
無料ブログはココログ