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2018年11月26日 (月)

言葉の怖さ

おはようございます。

今日は言葉について書きます。

今まで何度か書いていると思いますが、皆様と復習できればと思います。

先週武道の指導を受けている最中に、力が入らなくなる経験をしました。

稽古では初めての経験で驚きましたが、

後日いつも体の調整をしていただいている先生にお聞きすると

「それは脳が運動信号を止めているんだよ」

「だから鈴鹿さんの普段ではありえないほどに体が柔らかくなっているし、皮膚も緊張感無く、弛緩している」

と。最近は週に3回、時には4回稽古に行き、この日はそれを見ていただく日だったのですが

緊張もあり全くうまくいかず、ダメなところを指摘され続けてしまいました。

もちろん悪いのは自分ですが、体が動かなくなりました。

気が抜けたのですね。

人は言葉によって気が入り、時には今回のように腑抜けになってしまう。

どのような言葉を使うのか、本当に気を付けなければいけないと深く思います。

心無い言葉によって、意図せず人様を傷つけていないか。

時には暴力より大きな負担を相手に与えてしまいますから。

心無いと書きましたが、発した言葉は独り歩きして影響を持ち続けます。

その意味で、発した(発してしまった)言葉には必ず「心」があるんです。

会社でこんなことがありました、事務所で私が仲間たちに対して

「人のせいにしてはいけない」

「どんなことでも自分に落ち度があると考えて仕事をする」

などと偉そう話していたところ、重い空気になってしまったので

「でもうちの品質問題は~さんの責任だな」と軽口をたたいてしまいました。

もちろんそんなことは全く思っていないのですが、なんとなく場が和むかなと思ってしまい。

そのあと自分の気分がとても落ち込みました。

後味が悪い感じというか、気持ちがザラザラするというか。

もちろん本人には後で謝罪をしました。

この例でも分かるように、悪い言葉は使ってはいけないのです。

すべて自分に返ってきます。

先の指導の話でも、普通は自分が受けた指導方法でしか人を指導できないのかもしれません。

叱られて、叱られて達人になった人は、当然それが上達への近道だと思い指導します。

親子関係でもそうですよね。

気づくと、父親がした通りに自分の子供を指導している。

でも時にそれを踏まえて、より良い指導方法を見出す人が居ます。

自分の苦労を踏まえて、精神面の大切なところはそのままにより前向きな指導を見出す。

それを人の「進化」と呼ぶのかもしれません。

集う人を幸せにする人が最も価値があり、本物の人生の成功者ですから。

人を楽しくするから自分も楽しい。これは究極の真理です。

ただ自ら努力もせずに、楽しい気分になるのを待っている人には本当の豊かな時間はやってきません。

決して!

それを実現する最大の武器が「言葉」です。

刃物も居合に使えば精神鍛錬の道具、むやみに人に向ければ「犯罪の道具」です。

言葉をどう操るか、特に男は言葉により責任を負わなければいけませんから。

人生一生終わりなき修行です。

写真ですが、小6次男の最後の公式戦:

Photo

今まで見たことないようなナイスピッチングでした。

きっと本人にとってもこれからの人生の糧になると思います。

指導してくださった監督、コーチ、そして産み育ててくれた妻にに心から感謝します。

今日も読んでくださりありがとうございました。

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