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2018年12月 3日 (月)

正論とは

おはようございます。

先週は正しい言葉を使う事の大切さを、そして悪い言葉を使う事の怖さを書きました。

今週は、言葉を使って表現する「内容」について考えます。

先週の自分の稽古の例でいうと、指導していただいているのですから

先生が上達させようと思っていることは間違いないです。

ただ、自分の未熟故に指導の言葉を否定的にしかとらえられず、

指導が進むほどに体が動かなくなってしまう。

指導の内容は「正論」ですが、言葉として自分の脳に入った時点で「ブレーキ」になってしまう。

相手がどう受け取るか、また言葉を相手が理解できるかを見極めて発言することが大切です。

英語が理解できない人に英語で指導をしても全く意味がないのと同様です。

例えば、相手の意思が通じない例として:

日々の生活においても、親(自分)が子供に投げかける「正論」は時としてお笑いのネタになります。

我が家の朝の日常風景

自分:脱いだパジャマはちゃんとたたみなさい!

子供:パパだってたたんでいないじゃないか!

自分:口答えするな!!

(洗濯機の回り始める音)

妻/母親:ハイハイ私が片付けますから、学校/会社に行ってください。

など。

まず自分ができていないことを人に指導しても、聞いてもらえませんよね。

ここでわかるのは、正論とは説得力ある言葉であり、それは大きな人間性から発するものだという事です。

今は何でも「パワハラ」と切り捨ててしまいますが、自分が心から尊敬する先生や先輩から

命令をされれば、喜んで厳しい状態に進んでいく事もある。

スポーツの指導においては特にそんなことがありますよね。

逆に(言葉を発する)自分が相手に認められていないのであれば、どんなに良い言葉でもそれは

「正論」

にはならないという事です。

つまり何を言うかではなく、

「誰が」

言うかが重要なのですね。

テレビを通じて他人が評論するのを聞きすぎている現代人は、その意見をまるで自分自身の考え

かのように錯覚をして、他者に垂れ流してしまいがちです。

うわべだけの意味がない会話の蔓延。

一人一人が「正論」を吐いていると錯覚してしまっているのですから、質が悪いです。

子供が会社の仕事を語っても、それが正しくても大人に全く相手にされないのと同様です。

うわべだけではなく、相手と高め合う会話をするためには、

まず自分を高める努力をする。 知識を広めると自分が何も知らないことに気づき、

謙虚な気持ちになります。必ず。

そして相手が、自分の言うことを聞きたいなと思うまで待つ。

教えてくださいと言われて、初めて得た知識が全人格をかけた「言葉」になります。

ただし、自分の子供にかける言葉は端から「魂」のこもった真剣な言葉になりますので、

親は注意が必要です。良い面も悪い面も裏も表も、子供はお見通しですから。

写真ですが、出張で行った岩手県遠野駅で撮りました:

Photo

冬の準備が進んでいました。

車の運転は好きですが、改造にはあまり興味がありません。でもこのような実用的な改造は

格好良いと思います。

今日も読んでくださりありがとうございました。

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