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2019年10月28日 (月)

平和の大切さ

おはようございます。

先週火曜日、「即位礼正殿の儀」が執り行われました。

雨降りの祝日で、妻とテレビで式を見ていたのですが、

式の始まる時間になると、東京近郊にある自宅でも急に晴れて行くのが分かりました。

明け方の大変な土砂降りのような雨が徐々に止み、ちょうど陛下の帳が開かれるときに陽がさす。

服装を含め絵巻物世界が現実にある事を、約2,000人の世界中の要人が劇を見る様に目の当たりにする。

先週書こうとしていた平和の大切さは、ここにすべて表現されていました。

 

人の存在とは、かように魂性の究極の姿なのです。

それを体を使って日々表現するのが、人間の生活。

当然そこには役割が生じます。

役割の話をすると、現代社会ではなぜか会話がおかしな方向に行きますが、

「役割」

とは差別とは全く関係なく、むしろ対極にあるものです。

総理大臣の役割、もう少し身近なら社長の役割、もっと身近なら家族の中の役割分担…

それは適材適所の結果であれば、どれも平等です。

本来、誇りをもって実践している役割に貴賎などありません。

 

例えば今回の様な国を挙げての儀式になれば、総理大臣の役割は超多忙です。

分刻みに各国の王様や元首との会談、食事会、明日の打ち合わせ、寝る暇もないと思います。

それを知って、うらやましいと思うでしょうか?

またその責任を破綻なく果たせる自信があるでしょうか?

自分を含め多くの人には無理だと思います。

逆に総理大臣が、肉体労働をしようと思えばあっという間にギブアップするかもしれません。

もちろん責任に応じた、報酬他の権利はあると思いますが、

ここで大切な考え方は:

何を自分が要求するのか?

これが適材適所です。

とにかく大きな報酬や地位、名誉、階級が欲しい。自分の自由はいらないという人も居れば、

人に縛られずに自由に生きたい。欲しい物も無いので、ほどほどの報酬があればよい。

これはどちらが良いというものでもありません。

 

あえて言えば、環境がその人に要請していることにチャンネルが合っているか。

そこが狂っていると、その人生は苦しくなってしまいます。

その場合は自分のチャンネルの幅(出来ることや感じることの範囲)を広げるしかありません。

その可能性を追求する自由が平等あるかどうか。

これが人の幸せ実現にとってとても大切です。

怠け者が勤勉な人と同じ満足度が得られる社会、それはむしろ不平等と理解しなければいけません。

この自由がある状態こそが、

「平和」

と呼ぶ状態です。今の日本は平和です。

 

かつて日本にあった戦国時代、その時代を勝ち抜いた徳川家康公は

「二度と決して戦争の世にはしない」

と固く決意されていたのだと思います。

そのために自分のできることを、体の命がある限りすべてやりつくす。

自分の持っているエネルギーを限界を超えて燃焼しつくす。

その結果あるのが現代日本社会、特に東京は家康公が居なければ果たして首都になっていたか。

圧倒的な権力者になった家康公、その徳川幕府も天皇制と共にあった組織であったことは、

世界的に見れば奇跡的で、全く考えられないかもしれません。

 

この様に強い意志を持った政治家が実務を運営する国は幸せです。

その際、資本主義や社会主義、そして共産主義などの「主義」は実はあまり関係ないのです。

民の本当の幸せを実現する、その強い意志の前には誤差に過ぎないからです。

その意味では、深く考えないで使う

「民主主義」

と言うのはとても危険です。

だいたい「民主」の「主義」、ではここで民主とは何なのか?

「民が主」の主義でしょうか。

民は国民、当然大臣だって社長だって国民ですから、

逆に民が主でない主義なんてあり得るのでしょうか?

民の「主(あるじ)」の主義ならもっと訳が分からなくなります。

 

民主主義の実現した社会構造を市民社会と言う様です。

では一般的な独裁国家では、市民に権利は無いのでしょうか?

歴史上、もっとも幸せな事態ともいわれる繁栄期の古代ローマ帝国は、

独裁的な権力者を擁する共和制。

でもそこには差別的階級に落とし込められた方もたくさんいました。

現代的価値観では、きっと認められる体制ではないでしょう。

 

歴史は移り変わり進んでいるのです。

1人1人が社会に貢献し、その上でどんな体制が自分たちにとって最も良いのかを考える。

今の日本はまさにこれができる環境ですが、現代人にとってはそれがベースで生活をしている為

その素晴らしさに気づき、感謝できていないのかもしれません。

先週書いた「負」無き「正」の最たるものです。

感謝と努力、そして守り抜くという根っこが無いのですから、

外部からの力であっと言う間に瓦解してしまいます。

 

政治はだれか自分とは関係ない人がしているのではないのです、

投票に行けば分かりやすいですが、投票に行かないというのも同じく責任なのです。

評論家ばかりでは国は動かないのです。

まず自分がエネルギーを持っていることを自覚する。その表現手段が体。

そしてつらいこともあるけど前向きに頑張る。

エネルギーは物理学でも「仕事量」と表現します。

仕事とはエネルギー燃焼させ自分を表現する場所なのです。報酬はその結果。

自分のエネルギーをぶつける仕事は、前向きに頑張っていれば縁が巡ってきます。

その縁を大切に、そこに自分のエネルギーを注ぎ込む。

それができると、巷にはびこる

「くすぶった状態」

を焼き尽くせるようになり、気にしなくなります。

 

先週からの続きで今日の結論:

平和とは、

やる気のある誰もが、魂の成長を自由にできること

を言います。

 

写真ですが、大尊敬している、エネルギーを燃焼しつくした方です:

Photo_20191025111201

ちょっと「ギョッ」としますが、ろう人形です。

誰でしょうか、筆を握っていますね。

正解は葛飾北斎。最晩年の姿です。

その絵は西洋の名だたる画家たちがこぞって模倣された、

世界最高の画家。

それを見つめているのが、娘の応為(お栄)さん。

父親に負けないほどの天才だったそうです。

粗末な家で、片付けもほとんどしなかったそうです。

墨田区の北斎美術館でいろいろと学ぶことが出来ます。おすすめです。

今日も読んで下さりありがとうございました。

 

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