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2019年11月11日 (月)

権威の考察

おはようございます。

昨日の祝賀パレードは、晴天の中多くの人にお祝いされて日本のすばらしさを実感する時間でした。

理屈抜きで人を包み込むエネルギーを感じます。

先週は権威について書きましたが、このエネルギーについて考えることで深めたいと思います。

 

先週剣道の稽古後の食事会で、50年近く稽古を積んでいる大先輩に

「かつての稽古は怖かった、真剣での打ち込みをしているのと同じ気魄を感じた」

「思い切り体をぶつけるように打ってくるので、吹っ飛ばされるのは日常茶飯事」

「少しくらいの擦り傷や打ち身は怪我の内に入らない無かった」

「激しい稽古をしていると、だんだん無心になって行き勝手に体が動くようになる」

そして

「本当に強い人は、剣を合わせなくても相手を退けることが出来た」

これは武道の世界だけではなく、その道を究めた人は皆同じことをおっしゃいます。

座っているだけでその人の技量が分かると。

この目に見えざるものこそ、権威=エネルギーです。

前向きなエネルギーに満ちている人から感じる状態を、威厳と表現します。

 

例えば動物の世界の例を挙げると

身近な犬:

散歩中に向こうから来る犬を観察し、強い犬が来るのを察知すると弱い犬は一瞬ひるんだのち

「ワンワン!」と身の危険から逃れたいと吠え始めます。

吠えられても、強い犬は平然としています。

皆様も経験があると思いますが、体の小さな犬が平然としている事もあります。

犬同士はエネルギーを察知できるのです。

野生のライオン:

ライオンは食べるために仕留めた獲物も、二時間過ぎたら見向きもしません。

動物の王者ライオンはその威厳ある地位を守るため、

他者の「生(せい)」エネルギーを食らって生きているのです。

仕留めてから時間がたってしまうと、エネルギーが弱くなってしまい

王者であるライオンの体を維持するには役に立たなくなります。

そのあとはハイエナや小動物が残ったエネルギーを摂り、最後はハエ、そして菌により骨だけに。

ライオンには、科学的に数値化される栄養素とは違うエネルギーが見えているのです。

ライオンは、獲物の隣に「から揚げ」があっても見向きもしないでしょう。

 

我々も体は問題なく、たっぷり栄養を採っていのに、何だか元気がない。

それはエネルギー不足かもしれません。

サプリに頼り切っていると元気がなくなり、新鮮な肉や魚を食べると元気になる。

新鮮な野菜や果物は生き続けており、やはりエネルギーに満ちています。

だから病人はリンゴをそのまま食べるのではなく、

摺り下ろしてエネルギーを減らして(消化できるように)栄養を摂ろとします。

もし体が衰弱し、死の床についている老人の口に新鮮な刺身を入れたとすれば…

それは命を脅かす毒物になってしまいます。

 

野生動物は、人間が見えなくなったそのエネルギーのやり取りを日々繰り返して生きています。

王者であるライオンも、生きるために獲物をしとめるだけで、決して無意味な殺し合いはしません。

場をわきまえています。

互いのエネルギーを感じながら、共存共栄。

ライオンが王者であるからこそ、野生の場の秩序が保たれている。

秩序が崩れた無秩序状態では、結局皆が不幸になってしまう事を本能的に知っているのです。

 

先に書いた武道の話では、毎年奉納演武が行われる明治神宮や鹿島神宮は厳か且つ清冽な力を感じます。

最近はパワースポット巡り、そして御朱印帳の記帳が趣味な人もとても多く

現代人も金銭至上主義の呪縛を解かれ、

本能的に欲しているものに従って行動し始めているのかもしれません。

でも、パワースポットに行くより毎日できる大切なことがあります。

それは、

大地からエネルギーをもらうように歩く。

そうすると日々同じ道を歩いていても、空気の微妙な違いを感じ取れるようになり、

危機を察知する能力も磨かれます。

気づく力が身に着くのです。

周りに気が配れるようになることは、ペーパーテストで高得点を取るよりはるかに大切な事です。

その基本が大地を踏みしめ、まっすぐ歩くこと。

現代人はそれが出来なくなっており、またそれが原因ですぐに体調を悪くします。

真剣を持って対峙している時に相手を忘れてうつむいていたら…あっと言う間にやられてしまいます。

スマホの画面からの情報、スマホのナビの画面よりも大切な、

人生を良く生きるためのナビ(情報や生きるための気づき)を、

大地のエネルギーを感じながらまっすぐ歩くことで得ましょう。

そしてそのエネルギーで体内を満たし、前向きに生きる。

するとお金では買えない権威を身につけることが出来ます。

 

写真ですが、神宮第二球場(ゴルフ練習場)です:

Photo_20191107170701

11/3に息子の通う高校の秋季野球大会があり、久しぶりに妻とこの球場に行ったのですが

まさかの大行列で入れず。

3塁側のネット越しに野球を見ているところです。

スマホだと前のネットに焦点が合ってしまうのでこんな画像になりますが、実際はもう少しだけ見えます。

行列の理由が、この日が野球場としては最終日だったからだそうです。

それは混みますよね。バックネット裏にしか席が無いので、5,000人くらいしか入れませんし。

この場所は自分が高校時代にも応援に行きましたが、ゴルフスクールにも通った思い出があります。

場所柄いろいろな人が通っており、良い思い出が多いです。

夜のレッスンが終わって、絵画館前を通って信濃町駅に歩いていく。

都会とは思えない静寂の時がありました。

高校野球は、毎日の練習成果を試合の一打席、一投という今の一瞬に爆発させる。

それによってさまざまな未来が紡ぎ出される。砂時計の様に。

神宮第二球場はそれを発揮する貴重な場所でした、有り難いです。

来年以降、この場所にラグビー場が移り、ラグビー場に新球場、

今の神宮(第一)球場は多目的広場や施設ができるそうです。

10年もすれば、神宮に「第二」球場が有ったんだよと語る事になりますね。

今日も読んで下さりありがとうございました。

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