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2019年12月 9日 (月)

命を看取るという事

おはようございます。

ここのところ、命に関する少し重い話を続けていますが、

先週は医療系のセミナーで大切な学びを頂きましたので

皆様と共有させてください。

 

少し前に、医療もAIに置き換わっていくと書きましたが、今日の話はその逆をいくものです。

偏差値トップの人が目指すべき仕事が「医療従事者」だとすれば、

まさしくAIにとってかわられるでしょうが、

今日書くのは感じる力、共感する力。そして祈る力の大切さです。

 

セミナーの趣旨は「誰もが取り残されることのない医療」

日本は国民皆保険が実現されていますので、その意味では取り残されることは無いはずですが、

現実には社会から切り離されて、病院のベッドの上で寂しくなくなっていく事が増えています。

命を何に使いきるかという事の最後に、どうやって命を終わるのか?という課題が残ります。

ではどの様に考えればよいか?

 

基調講演をされた、友人でもあるT医師の話から:

 

  • 年を重ねていく事を、地域で祝う事がなくなった社会。長寿は良い事という基礎が必要。

      (T医師の話)

 

(私の考察:以下同じ)

長生きが良い事でないと、地域医療は成立しない。これは重い話です。

特に都市部においては、定年退職=社会からの切り離しの様な生活になってしまう男性が多いです。

もともと、定年というのは「サラリーマン」という特権階級における制度だったはずで、

多くの人は他者に役立つ何らかの技を身につけることで生きていましたので、

「定年」などという概念は無かったのです。

 

  • 沖縄は年寄りが少ない、悲惨な地上戦を経験した沖縄だけの現象。これから急激に老人人口が増える。
  • 沖縄だけのとても難しい状況。
  • 1951年まで、病院設立は禁止されていた。沖縄全体で医師が64人しか生き残らなかったから。
  • 現在の沖縄の高齢者は、戦争という歴史の中で慎重に生きてきた。

 

これらの話は、沖縄で実際に医療にかかわっている方から教えていただかなければわからない事です。

テレビや新聞で報道される沖縄は、あまりに極端で沖縄の現地の人の暮らしぶりとは乖離しているのかも

知れないと強く感じます。

沖縄の方は慎重に生きているというのは、自分の想像力では到達し得ない深い示唆でした。

 

  • 治癒の見込みのない、高齢の女性が最後を家で迎えたいという話になった。
  • 独身で子供もなく、他に頼る人はいなかった。
  • T医師は病院の仲間とおばあさんを自宅に送り、対策を考えた。
  • 近所の人を訪ねると、幸い皆協力してくれることになった。
  • 朝、窓を開けて空気を入れ替える人。
  • 夜、戸締りをする人。
  • 見守りという役をこなしつつ、楽しい酒盛りをしだす男たち。
  • 医師からの定期的な指示は、玄関の柱にテープを貼ってそこにマジックで書きこんだ。
  • そうすることで誰もが最新の注意事項を見逃さなかった。
  • 結果おばあさんは安らかに自宅で最期を迎えられた。

沖縄独特の助け合い文化と片付けてしまいそうであるが、会社のある墨田区でも長屋文化として

長く同じような状況があったはずです。

近年の急激な社会変化は主に経済発展が原動力であったが、

我々はそのかわり大切な文化を失ってしまったという事を深く実感する話であった。

 

T医師の結語:

地域医療とは、地域の一体化(役所、病院、周辺住民、ケアマネージャー…)が無いと成立しない。

 

私の感想:

現代社会においては、人間同士が協力し合う「付き合い」が少なくなり、各自ばらばらの砂粒の様な

社会になっているのを実感する。

人は何のために体の命を使い、困った時にはどうすれば良いのか、そして最後をどう看取られるのか。

本当に具合が悪く、かつ孤独な状態にある人はまず病院に行く事すらできません。

また通院できたとしても、退院後にどう生活するかという見守り体制の構築が無ければ、

また同じことの繰り返しになってしまいがちです。

生きるための実地の哲学や宗教的考えが必要だと痛感する場であった。

写真ですが、この時期だけのツリー:

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子供の頃から、宗教行事としてではなく年末のお祭りといった感じで街が盛り上がっていく感じ

が好きでしたが、最近は不景気でそんな雰囲気が無くなってしまいました。

正月の商業施設お休みは個人的には賛成ですが、それが不景気ゆえの事だと思うと寂しいです。

今年の年末年始は、静かに色々と見つめなおす時間にするのも良いですね。

今日も読んで下さりありがとうございました。

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