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2020年3月 2日 (月)

既視感

おはようございます。

新型コロナウィルス騒動がますます大きくなっています。

先週の三連休中日の日曜日、甥っ子がディズニーランドに一日の予定で行きましたが、

夕方にはアトラクションを遊びつくしてしまい帰ったそうです。

全く並ぶ必要が無いのでしょう。

遊ぶ方としては空いていて良いですが、経済的損失は大変だと心配になります。

 

今回の肺炎も、特別致死率が高いという情報はありません。

そもそも抵抗力の弱い方(年齢にかかわらず)は、最後は肺炎で亡くなる事が多いです。

それほど息を吸う、そして酸素を取り込むというのは体にとって大仕事という事なのです。

 

20年くらい前の自分の経験ですが、仕事中に風邪の症状が悪化し、

大人になってはじめて風邪で病院に(会社すぐそばの)行きました。

何やら注射を打たれ、薬を飲んだところ魔法のように症状が軽くなりました。

その時は

「やっぱり市販薬ではなく、病院に行かなければだめだな」

と強く思いました。

そして再度風邪をひくと、また注射と薬。

その間隔が少しずつ短くなり、治りも悪くなったところでより強い薬に切り替えていただきました。

(その時は先生を信じていたので、感謝しました)

しかしそのうちそれも効き辛くなり、気づけばしょっちゅう病院に行く事に。

自分の判断が誤っていたことに気づいた決定打は

「病院からの暑中見舞い」

すっかり常連になっており、抜け出せなくなっていました。

それからは薬断ちをして、風邪気味の時は体を温かくして早く寝る事に。

いまは寝込むような風邪はひかなくなりました。

 

結局インフルエンザを含む、あらゆる「風邪」にはウィルス自体を殺す特効薬はなく、

回復するかどうかは自分に免疫力があるかどうかの様です。

免疫力が負ければ、重症化する=体の寿命とも言えるかもしれません。

だから、薬に頼るのではなく自分の体を強くする方法を考えないと

結局薬漬けになり、自分の免疫が弱くなってしまい新しい種類の菌にあっけなく負けてしまいます。

人間の体を宿主とするウィルス。

人類の歴史はウイルスとの共存の歴史です。

ウイルスが圧勝してしまえば、宿主(寄生先)の人間が死んでしまい自分も死にます。

長い歴史の中では、どこかで折り合いをつけ続けています。

 

今回の肺炎騒動では、

「検査をしてくれない」

と国を批判する人が居ると報道されていますが、

検査の精度自体が50%とも言われています。

検査をしてほしいという事は、どこか体が弱っているから。

50%の精度しかない検査を受けるために、一番感染の危険性が高い病院に出向く。

行くときには感染していなくても、病院で菌をもらってしまう。

検査結果がすぐ出て、「陰性」となってもその精度は50%。

無事だったと勘違いして、自分が菌をばらまいてしまう…

そしてなにより陽性だったとしても「薬」は無いのです。

たとえ検査の精度が80%以上あったとしても、病院に行く意味があるのか。

冷静に対応する必要があります。

 

この報道姿勢、既視感があります。

それは東北大震災の時。

それまで社会派の良質な情報を無料で流していたネットの報道媒体が、

地震が起きてすぐに

「日本は終わった」「暴動の連鎖になるだろう」

のような極端な情報を即座に流し始めたのです。もちろん全く検証なしに。

自分はこう考えました

日本を混乱状況に陥れるという命題があるのでは?

そのために、いままで良質な情報を無料で提供して

信頼できるサイトだという事を信じ込ませようとしていたと。

一つの嘘の為に、何年にもわたって価値ある情報を無料で大量に配信する、

と言ったら言い過ぎでしょうか。

普通は信じてしまいますよね。

これが報道の怖さです。

 

今回の騒動も、中国の都市封鎖など理解が難しい状況はありますが、

後で振り返ればただの「風邪」で終わると思います。

オイルショックの時にトイレットペーパーがなくなったと笑いますが、

(今回もまた少し起きてしまいましたが)

2020年にはマスクがなくなって大騒動だったんだよと。

 

今回の騒動を乗り切るためには、まず体力、抵抗力をつける。

それができているかの判断基準は

「腹の底から笑えるか」

テレビやネットを見てでも良いですが、本当に良いのは人と会って笑い合う事。

その時に栄養満点の食事があれば最高です。

写真はそんな一例:

Photo_20200227102001

曳舟駅近くで台湾薬膳鍋。定例の営業会議後、顧問二人も一緒に宴会です!

元看護師の美人店長さんが、薬の限界を感じて自ら研究して最近オープンした店です。

すでにこの評価:

https://tabelog.com/tokyo/A1312/A131203/13242939/

化学調味料は一切使わず、この鍋も具材以外に10種類の薬膳が入っているそうです。

薬膳といっても全く癖もなく、最後はおいしい麺(千寿麺)を入れてみんなでいただきました。

美味しくて、体も元気に。そして皆で大笑い。

これ以上の贅沢な時間はありません。

今日も読んで下さりありがとうございました。

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コメント

昔はインフルエンザで自宅待機なんてなかったかと思います。
熱が出ても2.3日厚手の布団をかぶってずーーと寝て自己回復力のみで直していましたよね。
熱が引いたらすぐ出社して生産活動をしていました。

ちょっと気になったのは鳥や豚はインフルエンザで殺処分されてしまう、 命の重さって何で測るんでしょうかね?

金型屋の営業様

コメントありがとうございます。
現代の報道は、エゴイズムを加速させるものばかりな気がします。
例えば、ベジタリアンやビーガンなんて、食物に対する敬意を失った人間優位の心情の表れのような気がしてしまいます。

その様な考えの延長線上に、動物の殺処分があるのかもしれません。
天地の恵みである、身近な食物を感謝していただく。
その謙虚さを人は忘れかけているのでしょう。

我々製造業でも、物に対する敬意がなくなれば、いくら表面上の技術が優れていようと
良い製品にはなりませんよね。

これからもご指導よろしくお願いいたします!

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