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2020年3月30日 (月)

~日後に死ぬ

おはようございます。

先週書いた、お客様社主回想録の話の続きです。

 

その中に、こんな話がありました:

昼に一緒に会食をし、夜もまた会う約束をした販売パートナーのM氏。

昼の会食後に得意先に出向き、その途中自動車を降りたところで脳出血で急逝。

43歳の若さで…

その昼の会食でこんなことをおっしゃっていたそうです(要約):

「今まで頑張って仕事をしてきたが、大した利益は残っていない」

「自分に万一のことがっても、家族の生活は維持できるだろうが、会社は持たない」

「万一自分に何かあった時はよろしく頼む」

と。

何といっても43歳ですから、その時は

「冗談」で済ませたそうです。

ところが、後から聞くとそれと同様のことを前夜奥様にも話をされていたと。

 

実は同じような事を、私も去年から今年にかけて2人(共に40歳台)経験しました。

2人とも突然の脳疾患。

大切な友人でありパートナーで、今でも悲しみは癒えません。

2人が死の直前にしていたこと:

  • 突然昔の仲間に連絡を取って、数年ぶりに会っていた。
  • 本来自分のやりたかった多くの事を、唐突にSNS上で表明する。
  • 日記のような形で、自分の先行きが長くないと匂わせる。
  • いつもと同じ普通のことをしているだけなのに、深く感謝をする。

など、

残されたご家族にお聞きしてもやはり

「自分が長く生きられないことを知っていたのかも」

と思われるような、いつもと違う言動が有ったとも聞きます。

その上で読まさせていただいた今回の回想録。

何となく経験した2つの事がつながって、自分が浮遊するような不思議な感覚に襲われました。

 

また、こんなニュースにも接しました。

2016年にワシントン大学で研究発表で、人の体には体が死んでから活動しだす遺伝子があると。

人間は自分の体の事すら、ほんの一部しか知っていないのかもしれません。

 

このブログで考察させていただいているように、体とは命の表現手段。

道具だと思っています。

それは各自にとって唯一の物であり、だからこそもちろん大切。

でも体がある事=命の躍動では無いんですよね。

 

命の躍動とは、例えば人の役に立って感謝される事。

最近の朝の風景、ドラッグストアに並んでいる年配の方も

もしかしたら自分で使う為ではなく、お孫さんの為に並んでいるのかもしれません。

まだまだ寒い朝もありますが、そう思えば力も湧いてくるのも分かる気がします。

 

写真ですが、この時期「力が湧いてくる」景色。

船橋方面に車を走らせていましたが、大渋滞にはまってしまい横道にそれると:

Photo_20200326130101

全く予期していなかった、息を飲む美しい光景が広がりました。(実際はこの写真の数倍の長さ)

渋滞に耐えたご褒美でしょうか。

天国に一番近い景色かもしれません。

(あとで調べたら、木下街道から二和病院へ向かう街道沿いという事です)

今日も読んで下さりありがとうございました。

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