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2020年4月13日 (月)

薬より言葉

おはようございます。

コロナ対策で、GW明けまで終業時間を16:00とさせていただきます。

出勤体系ですが、工場が稼働状態のためテレワークではなく通常勤務体制です。

 

先週のブログ「パニック」でも書きましたが、非常事態には言葉の重要性がとても高くなります。

言葉一つでパニックになったり、落ち込んだりしますが

逆に良い言葉により奮い立ち元気が出る。

昨今の報道を見ていると、心配になる言葉ばかり、人を批評する言葉ばかりで

本当に元気がなくなります。

元気がなくなれば、当然免疫力も落ちてウイルスに対する抵抗力を失います。

評論するなら対案をもって、命がけで全責任を負って行う。

今回の様な未知の災害に対しては、評論家の意見はほとんど聞く価値がありません。

 

いいかげんな評論を聞くことですら、これほどの悪影響があるのですから

自ら言うのは本当に危険です。

「他者の批評は自分の元気をなくす」

と肝に銘じた方が良いです。

命の燃焼こそ元気の素、

無責任な批評や批判はそれに反するくすぶり行為です。

 

良い言葉を使う事が大切、それが分かってもどうすれば良いか:

自分の子供を見ていてもそうですが、文字を読むと言ってもスマホばかり。

スマホの中には、魂のこもった言葉はほとんどありません。

もちろん昨今の「本」にだって、それは少ないですが、

歴史的名著=古典にはそれが有るからこそ、時代を超えて残っているものが多いです。

 

悩んだり困ったりしたときに、ふと手に取った本によって人生が救われる。

薬ではなく言葉によって。

そんな奇跡的出会いがあるからこそ、読書家は本を大切にし、

感謝の意味も込めて読み終わっても大切に取っておきます。

時には命の恩人ですらありますから。

 

今自分が見ていると思っている対象物は、本当にまっすぐみられているのか。

特に自分が悩み恐れて暗闇にいる時には、注意をしなければいけません。

もしかしたらそれは実物ではなく、まやかしの光に照らされた

「影」

に過ぎないかもしれません。

様々な質の悪い光によって映し出される影におびえてしまう。

全く不毛です。

正確に物事を判断するには、

まず暗闇から脱して健康な体と、健全な判断力を持たなければいけません。

 

外出規制になると、まず体の健康を失ってしまいます。

そうなれば、健全な判断などできません。

各自工夫して運動をすることが大切です。

一歩踏み出せれば、二歩目からは簡単になります。

 

せっかく体が健康になっても気を病んでしまえば、すべてに対して逃げの姿勢になってしまいます。

もしくは逃げ故の、弱い(自分に立ち向かってこない)対象物への攻撃や非難。

それを防ぐためにも、ニュースはある程度の客観的情報を得たら遮断し、良い本を丹念に読む。

心配しすぎは、その状態ですでに病気ですから。

 

写真ですが、先週書いた

「陽だまりの無駄話」にも通じる場所です:

Photo_20200409114901

会社近くの、京成八広駅前にある文具店。

入ったことは無いのですが、駄菓子やちょっとしたおもちゃも売っていそうです。

いつもここに大勢の小学生が溢れんばかりに集まっているのを、

とても良い気分で見ていました。

今は御覧の通り…

失って気づく、日々の大切な光景です。

子供が楽しく学び、遊び、成長できる社会。

これこそ、我々大人たちが責任をもって実現、維持しなければいけない事だと痛感します。

 

今日も読んで下さりありがとうございました。

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