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2020年4月20日 (月)

なぜ投票に行かなければいけないのか?:中二次男の問い

おはようございます。

最近は毎日家族で食事をとれますので、普段は部活や塾で居ない息子たちと

いろいろ話ができます。

今週の話は、次男が発した

「なぜ投票に行かなければいけないの?」

です。

これは先週の話

「人の批判はしてはいけない、自分の元気がなくなるから」

に対して、

「堂々と意思表明(批判)できる」

唯一と言っても良い貴重な機会だからです。

 

ただし、これは民主主義が健全に運営されている状況下での話であり、

今の日本の状況はかなり危機的に危なくなっていると感じます。

健全に運営されているとは:

  • 一人一人の行動が国政に結びついているという自覚を持つ。
  • 国土や国の権利は、自分で守るという気概を持つ。
  • 社会的責任をしっかり負い、勤勉で道徳心を持った人が集う。

この様な状態になって初めて

「話し合い」

が成立します。

ただ相手を馬鹿にし、上げ足をとり、論破する事が目的化の様な下劣な人々が集ってしまっては

もはや民主主義は機能しません。

そうなってしまっては、話し合いを解決する最終手段

「多数決」

ですら、分断をはっきりさせるだけです。

つまり政治状況が悪いという事は、その国のレベルが下がってしまっているという事なのです。

追い詰められた国民は、かつてのドイツがそうであったように

民主主義体制でも、独裁政治下の恐怖政治を生み出してしまいます。

 

今回のコロナ肺炎騒動でもはっきりするように、すべての国民が

「食べ物に困らない」

という状況は、貴重で成し遂げるのが難しい、とても素晴らしい社会状況です。

日本は先人の努力でそれを勝ち取ったのですが、

平和な状態が続くと、その状況が当たり前と錯覚しています。

資本主義、民主主義、社会主義、共産主義、絶対王政…

社会制度は、それを支える民衆の心理的同意が無ければ長続きしませんが、

どんな体制であろうと、まずその目指すところは人々が

「食える」

状況を作り出すことです。そうしないと安定した社会基盤ができないからです。

そして現下日本、象徴天皇制という基での

「自由民主主義」

という国家体制は、政府の暴走を止める権利を国民が持っているという得難いシステムです。

その質を上げるのは我々一人一人の研鑽しかありません。

 

これから来る危機に立ち向かうには、大人が頑張るのはもちろんですが

次世代を担う若者も意識を変えていかなければいけません。

事象を語る人に耳を傾けるのではなく、

自分の命をどう使い切るかという哲学を学ぶ。

その上で、与えられた貴重な権利、投票権を堂々と行使する。

民主主義のほころびを繕えるのは、一人一人の心構えです。

 

次男に回答をするつもりが、まだまだ語り足りません。

学びが必要性を痛感します。

 

写真は、コロナ騒動下のスカイツリーです:

Photo_20200416105601

会社前の道路から撮影しましたが、いつもよりとても近くに見えます。

(写真だとうまく伝わりませんね)

大陸での生産活動低下に伴い、空気が綺麗になっているのかもしれません。

例年なら花粉症に悩む人も、今年は症状がかる人が多いのも同じ理由でしょうか。

今日も読んで下さりありがとうございます。

 

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