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2020年5月17日 (日)

やるべきことを見極め、実行する。

おはようございます。

先週までは大来さんの話を2週にわたって書きました。

今週は、その中での大切なキーワード

「構想・判断・実行」を違う切り口で考えます。

 

今回の新型コロナ危機に際し、多くの専門家ではない

「評論家」

の意見が拡散している怖さを感じます。

専門家ではないのですから、自分が間違えている事にも気づくことが出来ず

あえて言えば、「善意」で間違った事が広がっている可能性もあります。

本当に怖い事です。

これでは全く何を信じてよいのか分からず、途方に暮れてしまうのが普通だと思います。

 

そこで今日は、足元を見失わないために大切な言葉を共有させてください。

それは:

「システム(組織)を修正できるのは、システム(組織)に適応している人だけ」

という事です。

前にも少し触れましたが、自分がその組織の仲間でないのに、その組織のダメなところを

一生懸命に否定しても意味が無い(薄い)という事です。

 

例えば:

自分の子供が通っている学校で、親から見ておかしなことが行われていると感じたとします。

(ここでの「おかしさ」は現代の常識として過半数の人がおかしいと感じる事柄として)

担任にそのおかしさを伝え、修正を依頼する。

確かに一時的にその現象は収まるかもしれません、吹き出物を削除するように…

しかし、それが起きた根本原因まで解決できる(組織の体質改善)ことは少ないと思います。

 

ではどうすれば、組織の問題点の根本原因まで入り込めるか。

それが

「システム(組織)への適応」

です。

例えばPTA活動に積極的に参加し、出来れば役員などをつとめる。

そうすれば、まずはPTAという組織でその問題点を話し合うチャンスが生まれ、

そこで問題や課題を共有できれば、PTAから学校組織への提言という事で

個人の比べれば発言力が飛躍的に大きくなります。

更に、隣の学校のPTAとも連携し、地元選出の議員を巻き込めれば

冷静に話し合っているだけで、改善に向かって大きく進みます。

 

この様に、学校というシステムに適応することで、初めて自分の意見が効力を持ちます。

これは学校だけではなく、会社や近所、友人との関係でも全く一緒です。

もちろん国会という場でも…

現実は、どんな話し合い(と言えるか?)が行われているのか…

 

「話し合い」とは、

「勤勉で道徳をわきまえた一人一人の人間がいて、初めて成立する」

ものです。

 

相手をけなすのではなく、まず自分を律してから始まるのです。

自分がシステムに順応する勇気も実行力もないのに、それを批評批判しても、

人類の発展には全く寄与しません。ただのヤジでおわってしまいます。

 

人生とは不合理の連続ですが、大人になればそれに対する対処方法は自分で決め、

実行するしかありません。

厳しいようですが、誰も助けてはくれないのです。

 

各自できる範囲で社会活動に参加し、考え、学び、実行する。

他者を一生懸命批判している暇がある程、体の一生は長くないです。

そして、その際にもう一つ大切なのは、

過去から学ぶのは大切ですが、過去を否定してしまってはいけないという事です。

今おかしく見えても、過去にその形になったのは

さらにその前からのしがらみ(理由)が有ったのです。

そこに想像力を働かせないと、ただ破壊するだけになってしまいます。

だからこそ「否定」ではなくて「修正」。

批判するだけの意見は、役に立たないのです。

大切なのは「実行」です。

 

写真ですが、車通勤が多かったため

しばらく通っていなかった公園の道で帰ると:

Photo_20200517174401

水面に目の覚めるような黄色いじゅうたんが敷いてありました。(黄ショウブ)

花はだまって大仕事!

自然にはいつも教えられます。

今日も読んで下さりありがとうございました。

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