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2020年7月20日 (月)

お盆

おはようございます。

先週、社内で週末何をしていたかを仲間と話していると

「お盆だったので、墓参りに行きました」と。

すっかり失念していました。

仏壇が無い家庭で育ったので「お盆」というと夏休みのイメージが強くて。

今回は、自分に足りないことを知る良いきっかけになりました。

 

お盆とは、ご先祖様に感謝し、また魂が帰ってくる日とされています。

このブログでは魂の話を良くしますが、今回はちょっと違う見方をしてみます。

 

魂の乗り物が

「体」

主は魂で、体は従。

魂はどこにあるのか?

それは世間に満遍なくあり、あるきっかけで見える様になる。

丁度、電線に流れる電気は見えないけど、

その電気を電球で捕まえることにより光って力を表すように。

街の明かりを見て、そこに人が暮らしていることを実感し温かい気持ちになりますよね。

 

電気と魂はこのように似ていますが、違うところもあります。

電気は使えば減ってしまいますが、魂は光り方によっては太くなってそこに存在し続けます。

これは例えれば、

現在日本がある大恩人である西郷さんが良き「日本魂」を遺してくださった

そして「南洲翁遺訓」を読むことによって、その魂に触れられる。

とも言えるかと。

 

縁あり両親から体を頂きこの世に生を受けた、自分。

多くの魂と触れ合いながら、自分の「魂」も体を使いながら成長させ、

体の一生を使い切ったら感謝してお返しする。

その悠久の時の流れを、かつての日本人は実感として分かっていたのです。

 

翻って現代人はどうなのか。

体は自分を表現する唯一の大切な、そして弱くもろい物なのに、

自分の「物」なんだからどうしようが他人に文句を言われたくないと

思い違いをして、悪魔の様に自分勝手に過ごす。

そして魂=電気をとらえる電球=体が、まるでLED化して超長寿命であるかのように錯覚。

でも結局、複雑な基板(駆動回路)の故障で電球では起こり得ない突然死を迎えてしまうことも。

 

先ほど魂は電気と違い太らせることが出来ると書きましたが、

反面次世代がどんどん貧しくなってしまうような使い方もあります。

現代の根深い問題です。

 

現代はアウトドア、キャンプブームの様ですが、本能的にこれらの異常さを察知して

自ら自然と一体化する事でバランスをとろとしているのかもしれません。

そう考えると、真空管アンプの光や、ガソリンランタンや焚火の光に心が癒されるのも

何となく納得できます。

 

写真は、JR品川駅構内で撮影しました:

7

公衆電話が7台並んでいます。壮観です。

電話も、目には見えない信号を機械で受発信する事により人の声を伝える。

今日書いた電球と同じですね。

今日も読んで下さりありがとうございました。

 

補足:日向工業ホームページに有った訪問カウンターは、サーバーの仕様変更で無くなりました。

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