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2020年8月 3日 (月)

アパレル(服)は魂の表現手段

おはようございます。

前回はアパレルの話を書きましたが、もう少し考えてみます。

 

先週、お客様のとの打ち合わせで都心部に行きましたが、公共交通機関で出会う人が

ほぼ全員がマスク着用しているのは本当に日本らしい光景だと思います。

しかし、気温は30℃位でしたが、スーツ、ネクタイ着用はおそらく自分だけ。

特にネクタイは絶滅危惧なのを実感します。

我慢してきているわけではなく、好きだから着ているのですが

周りから見るとちょっと異様に見えるのかもしれません。

大切な打ち合わせがあるときには、この方が身が引き締まりますし

不思議と汗もかきません。

商社営業時代からの「職業病」かもしれません。

 

最近は服装からその方の職業を見極めるのがとても難しいと感じます。

公共機関や銀行でも「クールビズ」推奨ですから仕方ないですね。

服装は軽く、体に負担が無いようにして環境にも配慮?が流れですから。

 

ここで今週の表題「服は魂の表現手段」について考えます。

例えば「抜刀」という武道について考察してみますと

刀を「型」に沿って動かす。

実際に見た方は気づかれると思いますが、達人の「演武」には誰もが引き込まれる力があります。

ではその求心力は何なのか?

刀の動きだけであれば、現代日本の最先端ロボットが完璧に再現できます。

刃の向き、振り下ろすスピード、納刀する際の微妙な動き...

その動きは人を「感心」させることはできると思いますが、

「感動」させて涙を誘う事は無いように感じます。

何がロボットでは再現できないか:

演武は入場する時から始まっていますので、その足取り・表情・そして刀に対する感謝の念...

そして何よりその道着の着こなし。

特に袴の上にギュッと締める帯、臍下丹田にこめた力を逃がさぬように。

更にそのきつく締めた帯に隙間を作り、魂の存在である「刀」の鞘を納めます。

もしすべてが完璧でも、服装がジャージと鞘を固定するゴムバンドであれば...

気が抜けてしまい、もはや抜刀は成立しません。

服装を整え、臍下丹田にためた力(魂)を刀を通じて自由自在に外に表現出来るようになるのです。

 

スーツと道着の比較、違っているように見えて似ているように感じます。

これはいつも書いている

「体」が主なのか、「魂」が主なのかにも通じる話だと思います。

例えば女性のおしゃれは、本当に世の中を明るくします。

それはおしゃれをしている女性の楽しい気分が、世界に発散されているからではないでしょうか。

男も自分の立場なりの服を着て、秘めた魂を外に発散する。

それは決して「威圧」ではなく、服によって良い思いが増幅されているという状態で。

 

男女ともに良き魂の発露は、真の自由の表現をしていると言い換えられると思います。

上で考える様に「自由」とは体が楽になる事ではなく、

それを超えて発展しようとする魂の自由自在な動きであり、

精神的なものだとも言えるのかもしれません。

それを人は「文化」と呼んでいます。

文化とは苦しい側面があるから、輝きを放つのですね。

現代は何か冷めた感じが漂っていると感じますが、更にコロナにより蓋をされてしまいました。

騒動が収まったら、おしゃれをして外出して、楽しい気をふりまきましょう!

 

写真も先週に続き:

2020_20200802153201

やっと梅雨明けした週末。

三年生最後の試合が終わりました。(息子は二年生)

この日は勝って市内三位。

コロナの影響があり、違う意味で苦しい年となってしまいましたが

その分輝きを放つような生き方をしてくれると思います。

今日も読んで下さりありがとうございました。

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