日記・コラム・つぶやき

2020年2月17日 (月)

高気圧と低気圧

おはようございます。

先週は火曜日が「建国記念日」でした。

初代天皇神武天皇の即位された日「紀元節」です。

その意味を考えることなく、ただの祝日にしてしまっていないでしょうか。

もし多くの国民が、ただのお休みの日としてしまっているのであれば、

将来的には無くなっていくと思います、それが自然な事です。

一度なくなり、再度必要と思えば祝日としてその意味を味わう日にすればよいです。

神話を大切にすることに気づけば、それからは大切な日だと認識するでしょう。

建国記念日がない国などありませんから。

2月を紀元節がある月ではなく、下品な巻物を頬張る月にしてしまっていれば、

先行きが心配になります。

 

さて表題の話ですが、天気予報を見ている時に中一の次男が発した

「高気圧と低気圧はどっちが良いの?」

という発言からとったものです。

ドキッとしましたし、危ないと感じ、すぐに指導をしましたが今週はその内容を書きます。

 

なんでドキッとしたか:

現代社会においては多くの事を「善と悪」「良し悪し」で判断しようとする傾向があると感じます。

絶対的な「善」、確実な「悪」などこの世に存在しないにも関わらず。

陰があるから陽があります。

陽だけの社会、善人だけの社会、それが理想だとしてもあり得るでしょうか?

暗闇がない世界では、人はいつでも明かりを求め続けます。蛾のように…

 

自分の使命に気づき、立派な人生を送ることが出来る人が居れば、

体の命をうまく使えず、苦しみながら一生を終えるのもまた人生です。

現代の表面的な知識尊重社会では、本当の体の使い方を教えられないのですから、

苦しむ人もあえて言えば被害者と言えるかもしれません。

 

ここで「低気圧と高気圧」

気圧の差があるから雲が生まれ、大地に雨が降り作物の芽吹きをもたらします。

高気圧が優勢になる事で、空が晴れ、太陽光が若芽にエネルギーをもたらします。

時には超低気圧が大型台風を作り出し、大きな被害をもたらしますが

それすら川の氾濫により、大地を肥沃に保つという効果すらあります。

しかし例えばエジプトでは、かつての肥沃な大地も、気候変動により砂漠化してしまいました。

日本人にとって身近な、国旗にも描かれる「太陽」は、砂漠の民にとっては大地を焼く恐怖の存在です。

大切なのはバランスです。

 

一見悪く見える存在も、人間の根源的な欲求の発露であり、

ある時はそれこそが落ち着く存在で会ったりします。

分かりやすいのは、繁華街。

例えば夜の新宿では、きれいな高層ビル群のある西口より、

ゴールデン街や歌舞伎町に人が引き寄せられていきます。

暗闇を背景に、夜の花がたくさん咲いています。

そこでは危ないこともあるとは思いますが、基本的に人の笑顔があふれています。

世界最高に規律に厳しいと言われるシンガポールでも、国営の売春地域が有ったりするのです。

秘すれば花の世界ですね。

 

現実から目を背けて、自分の小さな知識の中で善悪を語ることほど薄っぺらい事はありません。

それよりも、本当の人間らしい生き方とは何なのか。

そのために自分は何をするべきか。

中学生や高校生には、こんな悩みに正面からぶつかってほしいと思います。

苦悩しつつ、少しづつ実践して自分の肌でそれを感じる。

実践とは「恩」と「縁」を大切にし、それを自分なりに表現することです。

そうすることでしか、人は世の中に認められません。

それに気づいてこそ、はじめて日々の学びが世の中に役に立つのです。

 

ちょっと難しい話でしたので、ほっとする写真を:

Photo_20200213143501

曳舟駅に展示してあった、地元小学生が考えたゆるキャラ。

たくさんあったのですが、これが気に入りました。

ダンボちゃんとガムテちゃん。

それぞれが、ダンボールとガムテープでかくれんぼしている設定!

ダンボールやガムテープ自身ではないんです。相当小さいです。

会社でも両方たくさん使っていますので、よく見て探してみます!

今日も読んで下さりありがとうございました。

 

2019年4月 8日 (月)

新年度の行方

おはようございます。

新年度の始まりと同時に新元号発表。

新元号「令和」良い響きだと思います。世界で唯一公式に独自の元号を持つと言われる日本。

色々な意見があるようですが、

批評、評論するよりも、新しい元号を良い時代にするべく動くのみです。

ちょっと考えてください:

イギリスビックベンが基準の「時間」を当たり前のように使い、

サマータイムをどうするかなどと議論する。

特定の宗教が定めた年暦を、便利だからと世界中で当たり前のように使う。

この状態は果たして正常なのでしょうか?

例えば:

「我が国の主産業は農業です、日が昇れば起きて、沈めば家に帰って寝ます」

「時間?お天道様に合わせていますよ」

「今何年かって??意識しねぇなぁ」

「そっか年ってあれだ、種まきして、雨が降り、日が照って、収穫祭」

「また一年無事に暮らせて感謝しているよ」

この国の民は皆幸せに暮らしています。

きわめて正常です。

そしてこの日の移り変わり毎にお祈りしてくださっている天皇。

代が変わり新しい天皇陛下が即位され、元号も変わる。

批評・評論の対象にする事でしょうか?

 

さて新年度に入るにあたり、今週は会社の経営環境を考えます。

日向では、端子やコネクター等自動車の電気化にかかわる部品が多く、

今のところ業績の落ち込みはありません。

ただし、現状を全く楽観視していません。

先週はプレス工場経営の先輩と、工具メーカー営業の方から現実の状況をお聞きしました。

プレスメーカー社長談:

自動車については、中京地区の取引先で金曜日休みの帰休が始まっている。

汎用自動車向け部品はすでに三割ダウンなら良い方と言う状況である。

工具メーカーの方談:

半導体についていえば、製造装置の落ち込みは酷くほとんど動いていない品種もある。

また、3月末での廃業が多く工具を扱う小売商社は売り先をなくしている。

それでも東京(東北含む)はまだ良いが、中京地区の落ち込みがひどく

その赤字分を東京でカバーしている。

お二方共に中京地区の落ち込みがひどいと仰っていました。

中京地区と言えば、自動車産業の中心地です。

東京よりも景気が良いと言われても不思議ではない地域ですが、そこまでの落ち込みとは。

これは非常に怖い状況です。

 

GDP世界一位の米国と二位の中国が貿易戦争。

そしてヨーロッパもイギリスのEU離脱で景気大減速…

この様な世界情勢の中で日本だけが安泰などありえないのは、考えればわかる事ですが

実務者の方から現実をお聞きする衝撃はやはり大きいです。

より一層気を引き締めていかなければいけません。

 

ではどうするか?プレス会社経営の先輩社長からヒントを頂きました。

「従業員がいるから経理や営業をしているが、本当は現場でモノ作りに没頭したい」

「金属の事をいろいろ考えているのが楽しくて仕方ない」と。

色々な意見があると思いますが、日本を支えているのはモノづくりだと思います。

社長のおっしゃるように「楽しいから」仕事をする。

楽しいとは言い切れないまでも、責任を果たすために時間を使う。

と言うのは、上に書いた幸せに暮らす農家の方の話にも通じるものだと思います。

現代は「ハラスメント」「労働規制の強化」などで、何か人が小さく委縮させられている気がします。

労働=嫌な事というが前提にすらなっている気がしてしまいます。

自分の趣味でやっている行為は、寝る時間を削ってでも徹夜してやってしまう。

本を読んだり、ゲームをしたり…体は辛いけど、気分は良い。

仕事をこんな風に考えられる人が増えれば、国は発展すると思います。

もちろん無理やりはだめですよ、それは嫌がらせですから。

 

あともう一つ大切な事。

先に書いた農業主体の幸せな国、この国が維持されるのは外交、内省等に係る人(官僚や政治家)

が高い見識(哲学、歴史)と大局観を持っていなければいけません。

農民を守るために仕事をするのです。その両輪があり、初めて国として成立します。

これは会社はもちろん国にも当てはまる極めて普遍的な考え方です。

新しい物を作るのはもちろん勉強、そして経営者もそれ以上に学び続ける。会社を守るために。

景気が悪くなると、すべての会社にいきわたる「仕事」が無くなります

やはり生き残りのためには、日々勉強です!

写真ですが、この季節と言えば桜!

先週は異常寒波で桜が散らずに残りました。多くの学校で入学式に桜花が楽しめたと思います。

Photo_2

2019

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寒さに耐える事で生きる桜の花。

人も一緒かもしれません。桜の花は本当に色々な事を教えてくれます。

今日も読んでくださりありがとうございました。

2019年4月 1日 (月)

年度の変わり目

おはようございます。

今日は4月1日、新年度の開始です!(日向の会計年度では9月が期変わりですが)

東京は桜も満開になり、すっかり春になりました。

新年度が始まるという事は、前の年度が終わるという事でもあります。

日向の周りでも、お世話になっていた会社が二社事業を停止しました。

高齢化、事業不振、後継者不在など理由は様々だと思いますが、景気は確実に悪化しているのを実感します。

今まで通りの明日は来ないという事です。

会社が存在出来ているという事は、社会からの期待があるという事です。

それは製品だったり、サービスだったり、業種によってそれぞれですが

いずれにしてもその会社が必要とされていなければ、どんなに立派に見える会社でも

あっという間に消えて無くなってしまいます。

もちろん逆もあり、小さな会社でも必要とされる会社は激動の世の中でも

同じように明日を迎えられます。

同じような明日、普通の日常、これを維持するのはそれほど難しいという事です。

消えるか、残るか。その差は何でしょうか?

それは組織に自立の精神があるかどうかです。

他者によりかかる人が多くなれば、大きな組織でも倒れてしまいます。

自立とは、各自が持っている技を他者に施すことに誇りを持っている事とも言えます。

例えば医者であれば、目の前で苦しんでいる人を救う。

自転車屋さんはパンクして困っている人を助ける。

お弁当屋さんは毎日決まった時間に、安全な食べ物を届ける。

一見違う職業に見えますが、その本質は全く一緒です。

自分が動くことにより、他者の役に立つ。そしてその行為に対して誇りを持つ。

まだ技がそこまでいかない人は、誇りを持てるようになるまで学び、自分を高める。

現代日本社会はこの基本が忘れられている気がしてなりません。

その一因は、なんだか皆が理解したように広まっている「ハラスメント」という言葉。

日本語にしたら何でしょう、「嫌がらせ」、「嫌悪感を抱かせる行為」…

日本人なら誰でも子供の頃に言われていると思います、

「人の嫌がる事をしてはいけません」と。

僕は特別に先生と二人きりの場所で言われていましたから、よく覚えています…

日本語で言えることは日本語で説明した方が分かりやすいです。

例えばセクハラ。

好意を持った異性から受ければうれしく、嫌いな人からは見られただけでセクハラ。

「セクハラ」と言うからあいまいですが、嫌がらせと言えばはっきりしないでしょうか。

好き嫌いですから。

そしてパワハラ。これが問題です。

上司が部下を育てようと思い、冷静に厳しい指導をする。

これは「嫌がらせ」でしょうか?

もちろん、暴力的行為や自分のイライラをぶつけるかのような指導、

また精神的に追い詰める嫌がらせがあれば問題です。

それらは新しい定義を持ち出すまでもなく「犯罪」ですから。

社会に出たばかりで、まだ自分を表現する技を持っていなければ

若い体をフルに使いそれを身につけなければ、長い人生生きていけなくなってしまいます。

技を身につけた人は、積極的にそれを使いたいと考えます。

救急救命医は、通常勤務時間が過ぎようが目の前の命を救う事に集中しますが、

どんな職業でも社会的に困難な状況を自力で解決するのは、体力的には厳しいかもしれませんが

精神的には満たされる行為だと思います。

その意味で、一番怖いのは

まだ体が元気なのに、社会からの期待が無くなる状態です。

会社員時代に組織によりかかり、定年とともにやる事が無くなる恐怖…

物質的豊かさ故の現象ですが、精神的貧困の象徴的状態です。

それを防ぐためにも技を身につける事が自己防衛になり、かつ社会貢献にもなります。

仕事をし続ける人は公的保障に頼ることなく、いつまでも自立していますから。

技を身につけるとは言葉ではわかりやすいですが、実際には難しいことも多いですよね、

その第一段階として必要な事を、こう言い換えても良いかもしれません:

「どんな時にも周りに感謝する事を忘れずに生きる」

感謝されて怒る人はいません、他人に感謝されることは究極のご褒美ですから。

感謝できれば、「恩」を感じ自分を高められるようになります。

だからそんな人を社会は放っておくことはあり得ません。

孔子先生曰く「徳は弧ならず必ず隣あり」です。

写真ですが、先週の続きでそんな感謝に対するお礼です:

Photo_1

店長さんに祈りが通じたようです。

今日も読んで下さりありがとうございました。

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