経済・政治・国際

2020年6月15日 (月)

お金の話 2020

おはようございます。

先週はshu shiraiさんの素敵な写真のおかげで、内容と写真がつながりました。

ストロベリームーンの当日は曇り空で、とてもあんな風に写真が撮れる環境ではありませんでした。

雲が切れるのをじっと待ち続け、一瞬のチャンスを逃さずに切り取ったのが

先週の写真でした。

綺麗な写真の裏に、大変な人間の努力が隠れている。

全ての芸術作品に通じることですが、感じたことをどう表現するか。

感じたこと=感動した事。

本来そこで止めておけば個人的な思い出になって、苦労をすることはありませんが

それを他者に対して表現するという行為は、時として命がけの大変な仕事となります。

まさしく、魂が体を酷使している状態ですね。

 

さてお金の話ですが、2013/3/4のブログを読み返すと、

お金を価値あるものとするには、「良き物」や「信頼」が必要。

それが無いと、お金という道具の価値は下がってしまう。

そしてお金を使うという行為は、道具を使わせていただくだけすから

感謝して使わなければ、お金の品位が下がってしまう。

感謝という「魔法」によってお金が生かされている。

というような話でした。

 

今回はより具体的に考えてみます。

仕事はお金を稼ぐため、それは反対から見ると

「仕事をしてもらった事に対する感謝の表現方法」

とも言えます。

従業員に一生懸命働いてもらって、どうそれに報いるか。

その一番便利な手段です。

ただ通貨に信用が無ければ(すごいインフレなどで)、その通貨の受け取りを拒否

するような事態にもなりかねません。(米ドルで支払い要求するなど)

 

この様に、信用があれば便利な道具であるコインやお札。

それをたくさん持っているという事は、たくさん感謝をされた人と考えるのが普通ですが、

現在の資本主義は個人的にはギャンブル的要素が強すぎる気がします。

それが2013にも書いた

「お金至上主義」

そこでは、お金=目的 そして時として=神。

 

1000万円の車を買える人、すごい。

同時に

1000万円も払ってもらえる車を作り、売る人、すごい。

 まったく同格のはずです。

 

身近なところでは、

100円のガムを買うのに、わざわざ頭を下げてもらおうと思う人は少ないと思います。

でも、

1万円の食事をすれば、なぜか必要以上に店員さんに丁寧に接客してほしくなる。

それとは別に、

自分の好きなアーティストのライブやコンサートにより大きなお金を払っても、

直接のお礼を要求することは少ない。むしろ感動を頂き感謝しながら帰る。

お金をきれいにつかうのは、意外と難しいです。

 

ここまで書いたようにお金の勉強、お金の使い方の勉強、これは本当に大切です。

今、日本人は安定した通貨である日本円を使っておりそれを当たり前と感じています。

しかし、その対外的(対外国)な価値が無くなれば、大金も紙屑に変わってしまいます。

通貨の価値は信用だからです。

信用あればこそ、原価数10円で印刷された札が1万円として流通できるのです。

原価を引いた9900円以上は、外国から見れば日本国家(我々大衆を含む)の収入=信用です。

 

今コロナ騒動の陰で、その根底が崩れているのを感じます。

官僚や政治家を悪く言う風潮は、かなり末期的です。

1人1人がしっかり考えていれば、いい加減な政治家は淘汰されるはずです。

しっかり考え実行するるというのは、

最初に書いた芸術家の苦労と同じように、命がけの努力が必要なはずです。

なぜなら今の社会は全責任を負う「お殿様」や「王様」は現れませんから、

各個人の力が今の政治の力に直結しています。良くも悪くも...

今それが試されているのを感じます。

 

写真ですが、全滅寸前のパプリカ(黄色いピーマン)です:

Photo_20200613112701

最初の食害はカメムシの仕業でしたが、2、3日駆除し続けたところいなくなり

安心していたらこんな姿に。

どうやらナメクジが食べつくしたようです。

奥にあるトマトや、横にあるナスには目もくれず、ピーマン一直線。

子供に嫌われることもある野菜ですが、どうやら虫たちには一番人気の様です。

ここにも、人間の使う貨幣の価値では測れない世界がありました。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年4月27日 (月)

製造業におけるテレワーク考察

おはようございます。

今週からついにGWに突入ですが、ウキウキした気分が全くないです。

テレビや新聞、ネットでも毎日のように元気のなくなる情報ばかりを流しますから

意思を持ってそれに立ち向かわないと、消極的な感情に流されてしまいます。

コロナ風邪に注意をしなくて良いという話ではなく、

何に注意をすれば安心できるかを分けることが大切です。

 

事実に注目してみますと、

日本での現在のコロナ風邪による死者は、

年によって変動ありますが季節性のインフルエンザより少ないそうです。

はっきりしている数値で見ると:

2019年、年間日本人死亡者数は約137万人(厚生労働省ホームページより)。

月当たりにすると10万人以上がなくなっています。

日本でのコロナウィルス死者はトータル約300人。

一部重症化した方や、著名人の死亡の情報に偏りますのでその酷さを感じますが

インフルエンザでも40℃近くの熱が出ることはありますし、

基礎疾患があれば肺炎も併発し重症化するでしょう。

確かに今回の風邪の方が重症化率は高い可能性はあるかもしれませんが、

未知の物ゆえ怖がりすぎているという側面があるのを感じます。

インフルエンザにおける「タミフル」の様に、

早期処方の「アビガン」が効くことがはっきりすれば騒動は収まりそうです。

そのためには、精度が低く煩雑な今の検査方式ではなく、新しい検査方法の確立も必要です。

コロナを恐れすぎていると、

「想像コロナ」

で実際にその症状に引っ張られてしまいますのでご用心。

落ち着いて対策を進めることが大切です。

不安になったら指の爪を短く整えると、気分も落ち着くかもしれません。

手洗い、消毒効果も上がります!

 

今日の話、テレワークですが多くの会社が採用しています。

自分の場合、モノづくりにかかわる企業が多いのでその評判は芳しくありません。

打ち合わせと言っても、モノづくりの相談の場合

「知恵の出しあい」

の様な側面があります。

それはお互いの熱を感じながらの真剣勝負といった風情があります。

ところがネットによる打ち合わせだと

  • 回線が途切れる
  • タイムラグがある(昔の海外通話の様に)
  • スピーカーの性能にもよるが、声が聞き取りづらくつい大声になる…

と知恵を出し合うどころか、意思の疎通で精一杯です。

個人的には特に「タイムラグ」が一番の問題だと思います。

例えば、全く同じ返事の

「そうですね」

という反応も、

  • 間髪入れず
  • ちょっと間が開く
  • 声のトーンが低い/高い

で全く違う返事として受け取るのが日本語です。

 

特に製造業は、とても繊細に日本語を使い分けていますので尚更です。

部品を提案するのも、カタログ商品とは違い新規開発品が多いです。

その場合、お客様が何に困っているのか深くお聞きする。

図面があればその図面の意図を読み取り、

その上で独自の提案をしたりして認めていただく。

自分の会社で出来る能力(技術や生産能力)を把握した上で、

お客様の要望とすり合わせ、納得いただく提案をしていく。

想う力、祈る力が必要です。

決してAIで入札すれば終わりと言う風にはいきません。

 

反面テレワークに適した仕事もあるのかと思います。

ただ、その先には完全AI化で人間が不要になる怖さを感じるといったら言い過ぎでしょうか。

事実、証券や金融の世界では、一般業務はもちろん、審査といった重要業務も

コンピューター対応になっていると聞きます。

結果的に壮大な社会実験を行っているのが現下の日本経済です。

その行きつく先に、人の幸せがあるのか。十分注意しなければいけません。

 

写真ですが、春のもみじに目を奪われました:

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普段は紅葉の「赤」が目立ちますが、「緑」も本当にきれいです。

葉っぱの形がかわいいのがよく分かります。

やはり、最近は空がきれいに感じます

先週は工場の生産活動低下によるものと考察しましたが、

もしかしたら、飛行機が飛んでいないことも関わっているのかも知れません。

ジェット機はすごい勢いで空気を押し出し、空をかき回しますから影響ありますよね。

ちょうど自宅の上空は、成田と羽田の中間で飛行機の大混雑地帯で

絶えず飛行機が飛んでいましたから、今の静けさは貴重な体験です。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年4月20日 (月)

なぜ投票に行かなければいけないのか?:中二次男の問い

おはようございます。

最近は毎日家族で食事をとれますので、普段は部活や塾で居ない息子たちと

いろいろ話ができます。

今週の話は、次男が発した

「なぜ投票に行かなければいけないの?」

です。

これは先週の話

「人の批判はしてはいけない、自分の元気がなくなるから」

に対して、

「堂々と意思表明(批判)できる」

唯一と言っても良い貴重な機会だからです。

 

ただし、これは民主主義が健全に運営されている状況下での話であり、

今の日本の状況はかなり危機的に危なくなっていると感じます。

健全に運営されているとは:

  • 一人一人の行動が国政に結びついているという自覚を持つ。
  • 国土や国の権利は、自分で守るという気概を持つ。
  • 社会的責任をしっかり負い、勤勉で道徳心を持った人が集う。

この様な状態になって初めて

「話し合い」

が成立します。

ただ相手を馬鹿にし、上げ足をとり、論破する事が目的化の様な下劣な人々が集ってしまっては

もはや民主主義は機能しません。

そうなってしまっては、話し合いを解決する最終手段

「多数決」

ですら、分断をはっきりさせるだけです。

つまり政治状況が悪いという事は、その国のレベルが下がってしまっているという事なのです。

追い詰められた国民は、かつてのドイツがそうであったように

民主主義体制でも、独裁政治下の恐怖政治を生み出してしまいます。

 

今回のコロナ肺炎騒動でもはっきりするように、すべての国民が

「食べ物に困らない」

という状況は、貴重で成し遂げるのが難しい、とても素晴らしい社会状況です。

日本は先人の努力でそれを勝ち取ったのですが、

平和な状態が続くと、その状況が当たり前と錯覚しています。

資本主義、民主主義、社会主義、共産主義、絶対王政…

社会制度は、それを支える民衆の心理的同意が無ければ長続きしませんが、

どんな体制であろうと、まずその目指すところは人々が

「食える」

状況を作り出すことです。そうしないと安定した社会基盤ができないからです。

そして現下日本、象徴天皇制という基での

「自由民主主義」

という国家体制は、政府の暴走を止める権利を国民が持っているという得難いシステムです。

その質を上げるのは我々一人一人の研鑽しかありません。

 

これから来る危機に立ち向かうには、大人が頑張るのはもちろんですが

次世代を担う若者も意識を変えていかなければいけません。

事象を語る人に耳を傾けるのではなく、

自分の命をどう使い切るかという哲学を学ぶ。

その上で、与えられた貴重な権利、投票権を堂々と行使する。

民主主義のほころびを繕えるのは、一人一人の心構えです。

 

次男に回答をするつもりが、まだまだ語り足りません。

学びが必要性を痛感します。

 

写真は、コロナ騒動下のスカイツリーです:

Photo_20200416105601

会社前の道路から撮影しましたが、いつもよりとても近くに見えます。

(写真だとうまく伝わりませんね)

大陸での生産活動低下に伴い、空気が綺麗になっているのかもしれません。

例年なら花粉症に悩む人も、今年は症状がかる人が多いのも同じ理由でしょうか。

今日も読んで下さりありがとうございます。

 

2020年3月23日 (月)

大正、昭和、平成。そして令和へと続くモノづくり

おはようございます。

 

先週は稼働日4日の内、3日が複数のお客様監査予定でしたがすべてキャンセルになってしまいました。

工場の管理状況を定期的にお客様の目で確認いただくことは、

品質管理の面からも最重要な機会だととらえていますので、

残念な事態となってしまいました。

いつ肺炎騒動が収まっても、すぐに対応できる体制を維持していきます。

 

時間の有効活用のためにも、お客様(N社様)の社主による回顧録を読ませていただきました。

帯鋼帯メーカー様なのですが、大正からシナ事変、戦前、戦中、戦後という

ダイナミックに社会が動いた時代に、一途に良い製品を作る事を進めてきた方の話です。

恐慌になろうとも、戦争が起ころうとも、226事件が起きようとも、

仲間を大切に、そして時には助けられ幾度もそれを乗り切り

工場の維持発展につとめている姿は感動的でした。

今日有名になっている会社とのN社様の古いつながり、競合先との深い縁の学びもとても面白かったです。

そして長い歴史には、隆盛を誇りながら残念ながら消えていく会社も…

そこには常に真剣に事業に立ち向かう人間がいたと思うと、身が引き締まる思いです。

 

N社様が作る物:

金属の帯鋼(ロール材:芯に巻き付けてある)は、今では一般的な製品ですが、

当時日本では基本的に板材(四角状の材料)しかありませんでした。

帯材の起こりは、小型モーターが出来るまでは大変貴重な動力だった

「ゼンマイ」

の薄物鋼板。

そこで社主は、材料を輸入したり、国内最大手のメーカーに掛け合ったりして、材料を用意したそうです。

その材料を少しずつ引き延ばして、狙いの厚さ(寸法)にし、次のステップとして芯に巻き付ける。

言われてみれば、この引き延ばす作業(=圧延)がいかに難しいか分かりますが、

本を読ませていただくまでは完全に勘違いしていました。

まず材料が有って、それを加工メーカーに指示をして薄くしているものだと。

 

日向工業で行っている加工を考えると、こんな風に考えがちになります:

例えば銅を供給してくださる会社は数社ありますが、

難易度の高い加工の場合その金型を設計製造できる会社は限られる。

またその金型の性能を狙い通りに引き出し、金型の摩耗を読み切って

予備パーツを用意して長期間狙い寸法通りの加工をし続けられるメーカーはほんの一握りになる。

ここで材料に対する感謝を忘れてしまいがちです。

 

以前に中国出張に行った際に、現地同業メーカーの使っているロール材の品質の悪さに

驚いたことを思い出しました。

明らかに材料の寸法精度が悪く、表面状態はくすみ、

サイドのカット状況(スリッター精度)も悪くて波打っている。

 

反して普段自社工場で接している日本の一流メーカーの材料は、ビシッと美しく、

安心して高速プレスの金型に材料供給ができる。

精度が悪い材料を無理やり入れれば、スムースに材料が動かないばかりか、

最悪材料が詰まって高価な金型がバラバラに壊れてしまいます。

高速プレスに使う金型は、超硬材といって金属ながらガラスの様な特性を持った材料だからです。

 

母材を圧延すると言っても、この様に高品質に仕上げるのがどれほど難しいか。

熱を加えすぎれば、脱炭を起こして品質が変わってしまう。

また、どんな雰囲気中で熱処理をするかでも、表面品質は全く変わってしまう。

無理やり厚さを変えようとすれば、ひずみが残ってしまうし見た目にも問題が起こる。

無理やり加工するという事は、機械にもストレスを与えることになり故障の原因になります。

そしてやっと狙い通りに仕上がっても、最後のスリッター加工(狙い幅への切り分け)で

失敗してしまえば、材料が蛇行したり、切り口がギザギザになってしまい

それまでの工程における苦労が水泡に帰してしまう…

大変な作業です。

 

社主は当時の先進国、イギリスやスウェーデンを視察し

「おもったよりたいしたことないな」

「これなら勝てる」

と自ら現場に立ち、機械を改善/改造し続けて、自信をもって事業を推進していかれます。

欧州を視察すると言っても、直通航空便をつかって半日で行けてしまう今と違い、

船で片道一か月以上。

さらに世の中も不安定な時期ですからまさに命がけです。

そこまでするから何でも吸収しようという「気魄」が相手に伝わるのでしょう。

普段は見せてもらえない工程も見られたそうです。

不安になるなら相手に飛び込み、そして技術を見切って腹をくくる。あとは前進あるのみ!

大正から昭和にかけて基礎を築き、平成の世でもそれを続けられた。

そして令和時代。また大きく社会が変わりそうです。

創業者精神を再度発揮する時が来た様です!

監査が中止になったおかげで、大変重要な学びを得られました。

実はもう一点、社史を読ませていただいて学んだことがあるのですが

長くなりましたのでそれは来週書きます。

 

写真ですが、いつの世でも、世の中がどうであろうと人の心を癒してくれる桜:

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週末の昼間に撮影。

同じアングルで夜桜は:

2020-2

何だか妖艶さを増します。

そして今朝、違う桜です:

2020_20200323072001

素晴らしいです。

春先に咲く梅が好きと言いながら、やっぱり桜の豪華さを目にしてしまうと心揺らぎます。

自分の浮気心に気づかされますが、きっと梅→桜という順番が良いのでしょうね。

今日も読んで下さりありがとうございました。

 

 

2020年3月 2日 (月)

既視感

おはようございます。

新型コロナウィルス騒動がますます大きくなっています。

先週の三連休中日の日曜日、甥っ子がディズニーランドに一日の予定で行きましたが、

夕方にはアトラクションを遊びつくしてしまい帰ったそうです。

全く並ぶ必要が無いのでしょう。

遊ぶ方としては空いていて良いですが、経済的損失は大変だと心配になります。

 

今回の肺炎も、特別致死率が高いという情報はありません。

そもそも抵抗力の弱い方(年齢にかかわらず)は、最後は肺炎で亡くなる事が多いです。

それほど息を吸う、そして酸素を取り込むというのは体にとって大仕事という事なのです。

 

20年くらい前の自分の経験ですが、仕事中に風邪の症状が悪化し、

大人になってはじめて風邪で病院に(会社すぐそばの)行きました。

何やら注射を打たれ、薬を飲んだところ魔法のように症状が軽くなりました。

その時は

「やっぱり市販薬ではなく、病院に行かなければだめだな」

と強く思いました。

そして再度風邪をひくと、また注射と薬。

その間隔が少しずつ短くなり、治りも悪くなったところでより強い薬に切り替えていただきました。

(その時は先生を信じていたので、感謝しました)

しかしそのうちそれも効き辛くなり、気づけばしょっちゅう病院に行く事に。

自分の判断が誤っていたことに気づいた決定打は

「病院からの暑中見舞い」

すっかり常連になっており、抜け出せなくなっていました。

それからは薬断ちをして、風邪気味の時は体を温かくして早く寝る事に。

いまは寝込むような風邪はひかなくなりました。

 

結局インフルエンザを含む、あらゆる「風邪」にはウィルス自体を殺す特効薬はなく、

回復するかどうかは自分に免疫力があるかどうかの様です。

免疫力が負ければ、重症化する=体の寿命とも言えるかもしれません。

だから、薬に頼るのではなく自分の体を強くする方法を考えないと

結局薬漬けになり、自分の免疫が弱くなってしまい新しい種類の菌にあっけなく負けてしまいます。

人間の体を宿主とするウィルス。

人類の歴史はウイルスとの共存の歴史です。

ウイルスが圧勝してしまえば、宿主(寄生先)の人間が死んでしまい自分も死にます。

長い歴史の中では、どこかで折り合いをつけ続けています。

 

今回の肺炎騒動では、

「検査をしてくれない」

と国を批判する人が居ると報道されていますが、

検査の精度自体が50%とも言われています。

検査をしてほしいという事は、どこか体が弱っているから。

50%の精度しかない検査を受けるために、一番感染の危険性が高い病院に出向く。

行くときには感染していなくても、病院で菌をもらってしまう。

検査結果がすぐ出て、「陰性」となってもその精度は50%。

無事だったと勘違いして、自分が菌をばらまいてしまう…

そしてなにより陽性だったとしても「薬」は無いのです。

たとえ検査の精度が80%以上あったとしても、病院に行く意味があるのか。

冷静に対応する必要があります。

 

この報道姿勢、既視感があります。

それは東北大震災の時。

それまで社会派の良質な情報を無料で流していたネットの報道媒体が、

地震が起きてすぐに

「日本は終わった」「暴動の連鎖になるだろう」

のような極端な情報を即座に流し始めたのです。もちろん全く検証なしに。

自分はこう考えました

日本を混乱状況に陥れるという命題があるのでは?

そのために、いままで良質な情報を無料で提供して

信頼できるサイトだという事を信じ込ませようとしていたと。

一つの嘘の為に、何年にもわたって価値ある情報を無料で大量に配信する、

と言ったら言い過ぎでしょうか。

普通は信じてしまいますよね。

これが報道の怖さです。

 

今回の騒動も、中国の都市封鎖など理解が難しい状況はありますが、

後で振り返ればただの「風邪」で終わると思います。

オイルショックの時にトイレットペーパーがなくなったと笑いますが、

(今回もまた少し起きてしまいましたが)

2020年にはマスクがなくなって大騒動だったんだよと。

 

今回の騒動を乗り切るためには、まず体力、抵抗力をつける。

それができているかの判断基準は

「腹の底から笑えるか」

テレビやネットを見てでも良いですが、本当に良いのは人と会って笑い合う事。

その時に栄養満点の食事があれば最高です。

写真はそんな一例:

Photo_20200227102001

曳舟駅近くで台湾薬膳鍋。定例の営業会議後、顧問二人も一緒に宴会です!

元看護師の美人店長さんが、薬の限界を感じて自ら研究して最近オープンした店です。

すでにこの評価:

https://tabelog.com/tokyo/A1312/A131203/13242939/

化学調味料は一切使わず、この鍋も具材以外に10種類の薬膳が入っているそうです。

薬膳といっても全く癖もなく、最後はおいしい麺(千寿麺)を入れてみんなでいただきました。

美味しくて、体も元気に。そして皆で大笑い。

これ以上の贅沢な時間はありません。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年2月24日 (月)

新型肺炎下における経営環境考察

おはようございます。

先週は新しいプレス材料の加工方法について、材料メーカー様に勉強会を開いていただきました。

ご指導いただいた材料メーカー様、そして一緒に勉強した金型メーカー様も前向きに

取り組んでいただけそうです。

仲間が力を合わせ、世の中に新しい価値を提供できる。

その可能性を実感しゾクゾクする様な高揚した気分を味わえました。

仕事って面白いです。

 

ただ足元の経済状況は急速に悪化してきたように感じます。

日向としては、向こう三か月の予想は横ばいで推移していますが、

いつオーダーキャンセルになるかは見通せないです。

その主たる原因は、疫病による中国経済のストップ。

これは、結果的にはすぐに回復したリーマンショックと比べて、圧倒的に大きな負の影響を及ぼしそうです。

以下に中国でも会社を経営していた大先輩にご指導いただいた内容を踏まえ、その考察を記載します。

 

現在、世界的に見ても現在の中国は様々な製品の製造拠点になっています。

日本だけではなく、世界が中国に製造を依存しているのが現状の世界経済の仕組みです。

しかし今回の騒動により、すでに外資が中国から撤退を始めています。

すると外から外貨が入らず、経済成長は止まり、国民は職を失い、政情不安になります。

そして一番重要なの視点は、通貨についてです。

中国元も国際通貨(両替出来る)にはなっていますが、実際には決済通貨にはなり切れていません。

(中国との貿易でも、製品の支払いでは米ドルやユーロ、円で行う。実際にはほとんどが米ドル)

外資の撤退により、外貨が減り、財政投融資(公共投資)の資金が枯渇してさらに政治に求心力がなくなる。

アメリカと貿易戦争をしているように見えますが、アメリカが為替を少し締め上げれば、

中国経済はあっという間に危機に瀕します。

仮想通貨の高騰という足音も不気味です。

 

もちろん日本も対岸の火事という訳にはいかず、大打撃を受けます。

現状ではこれ以上の考察は出来ませんが、安定した社会基盤が失われるのは確かだと思います。

情報が多すぎて、どう理解して良いか分からなくなりますが

こうして書いてみると自分の頭を整理できます。

これは決して悲観論ではなく、冷静な現状認識です。

状況は変わらないとすれば、それを前向きにとらえる努力が必要です。

続けます:

 

方や、今一般の日本人がしている生活について整理しますと:

一年中快適な温度が実現できるエアコン完備の部屋で、大画面テレビで映画を見たり、

手元のスマホで世界中の情報が得られたりする。

食事も、近くにあるコンビニやスーパーで冷凍食品を買い、

電子レンジさえあればいつでもとてもおいしい料理が食べられる。

また、スマホからのオーダーで、家に居ながらにしてありとあらゆるものを翌日には届けてもらえる。

さらにお風呂に入れば一度単位で好みの温度に設定できる!

これは人類史を振り返れば、圧倒的権力を持った君主より

「王様」

の生活です。(個人の快楽という)表面的には。

行きつくところまで行きました。これ以上の便利さはもう無いのです。

この様な生活を維持するには、現状に感謝し、感謝しているのあればその実践をする。

それは自分がその維持成長に力を発揮し、その責任を果たし続ける事です。

社会に貢献する、自分の技を勉強して身につける。そしてそれを磨く。

難しい事ではありません、まずは自分の家や会社の周りを掃除する事から始めればよいです。

そうしなければ、どこかで誰かが一生懸命働くことによって作り上げた、

今の便利な生活もあっという間に失ってしまうかもしれないのです。

もし自分が他者に貢献しているという深い自信があれば、世の中の状況がどうあろうと

堂々と生きていられます。

便利=幸せではなく、

幸せ=他者に貢献できている自分を実感する事

ですから。

職種にかかわらず、それが出来ている人を

「職人」

と呼ぶのだと思います。

どのような世の中が来ても、次世代につなげるべく力強く前向きに生きる。

それが楽観的思考の基本で、知識の詰込みよりはるかに大切な本物の「知性」と言えます。

先週の仕事に取り組みながら、そんな事を深く実感しました。

 

写真ですが、また修理ネタです:

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事務所で10年以上使っている加湿器が壊れました。

症状は動き出してもすぐにエラーで止まってしまう。

いつものように作業開始です。

結果は、イオン発生器のはんだ部不良(ほぼ取れかけ:触ったらぽろっと落ちました)。

はんだ付けしなおして、組み込み。しかし30分ほどするとエラー。

再度分解して発生器自体を磨いたら、今度は治りました。

ここでの学び:

センサーやCPUなどコンピューターが高度化しても、信頼性の不安点(ボトルネック)は

結局「はんだ」

これは最高レベルに精密な現代のスマートフォンでも同様です。

原価数円のはんだの不良で、数万円、数十万円の機械が機能を失う。怖いです。

理屈っぽく書きましたが、シンプルに

「直ると気持ちいい~!」

今日も読んで下さりありがとうございました。

 

2020年1月27日 (月)

地域の活性化

おはようございます。

先週は「地域パワー」という考えが、これから大切になるというところで終わりました。

今日はその続きを書きます。

地域の力を結集するためには、

  • 目標設定
  • 役割分担

が大切です。

日本の中での「地域」で考えますと

例えば東京の港区で、次世代の目標を「大規模農業」と定めてしまえばどうでしょう。

適正とは言えないと思います。

その地域にあった、人の生活に貢献できる目標を定めることが大切です。

 

〇目標の一例として

人が何かを考えるのに対し、まず大切なのは健康な体です。

個人的考えですが、まず各地域でどんな作物を育てることが出来るのかを

住民の知恵を絞って考えることがそのスタートになると思います。

耕作放棄地や、放置された森林が目立つようになっています。

その潜在的パワーを活かすことは、次世代の日本にとってとても大切になります。

経済的な自立はもちろん大切ですが、役割を担う人々は表現はそれぞれながら

自信にあふれた人が他社を指導するようになり、町も安全になります。

 

〇目標が決まれば役割分担

学生が「職」に就く場合(起業ではなく)に、

その組織を通じてどのような社会貢献が出来るのかというのがとても大切な考えになると思います。

他者に必要とされない行動を続けることはとても苦しい事ですから。

今もてはやされている業界も、将来どうなるか分かりません。

まずは「食」をしっかり支える。

そして特別な能力のある人が最先端科学に関する開発等を行う。

その最先端が世界中を善導する、農業はそれをしっかりと支える。

それも「役割分担」です。

 

役割がなかなか見つけられず、苦しむ人ももちろんいると思います。

でも、大人であればそれは自分でもがいて見つけるしかないのです。

子供時代に「権利」意識ばかり強くなってしまうと、

その蓋を取ることが出来ず時間が過ぎて行ってしまいます。

蓋=カバー(cover)

そのカバーを外す=ディス(dis-:続く言葉の反対の意味を表す)

それができることが「ディカバー=発見」です。

現代社会は上に例えたカバーだけではなく、たくさんのカバーをされているのではないかと。

カバーを外すためには、とにかくこれと決めた先生や組織に師事し教えていただくしかありません。

必要な知識を教えていただき、先輩や師匠に認めてもらって初めてスタート。

スタートしてから周りに認められ、必要とされた上で出来るのが

「個性」

個性は基本的な技を身につけていない人には決して持ちえないものです。

子供の個性?決められた制服を着崩すことによる個性?それは全く異質のものです。

 

その意味で、地域社会の活性化とは真の個性の集まりにならなければ達成し得ない大仕事です。

自立した大人。独立志向を持った個人。

自立し、健全な精神を持った人は良い顔になります。

目標を設定し、適材適所でそれをまとめ上げるのがトップの仕事。

企業であれば社長の仕事。市であれば市長の、国会議員であれば総理大臣の…

トップは、自然に湧き上がる事のないもの(状況)を作り出さなければいけないのです。

その「ないもの」とは何か?

「希望」です。

トップがその責任を果たすことこそが、真の働き方改革です。

 

写真ですが、近所の工事現場で:

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電線の間を縫うようにクレーンを設置し、倒れないようにバランスをとりながら

次々と鉄骨を降ろしています。

魔法の様な作業に見えます。

少しのミスで、たくさんの電線が切れてしまい大惨事になってしまいます。

きっと相当の訓練を積んで、この仕事に就いているのだと思います。

他者に役立つ仕事をしている大人は、みんな格好良いです!

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年1月20日 (月)

1人1人が国を支える

おはようございます。

今年も恒例の新年勉強会で、寺島実郎氏の話を聞いてきました。

(講演会引用始め)

〇昨年同様、日本の高齢化に対する危機:

 ①2050年近辺には人口一億人を切り、その40%は高齢者(65歳以上)

  1966年に一億人を超えた際には、65歳以上人口は6.6%であった。

 ②2019人に生まれてきた「新生人」は86.4万人。これはピーク時の3分の1。

  よって今のままでは大学経営は成立しない。

  大学=60歳以上の人が行く場所になる可能性すら考慮する必要がある。

〇日本経済の異常さ:

 ①株式の筆頭者が日本銀行になっている(上場株式を最も持っているのが日銀)

 ②米国では禁じている、年金基金の株への投資

 これらにより今の株価が維持されているが、株価下落があれば崩壊するシステム。

 歴史を顧みれば絶対安泰などあるはずもなく、実体のない経済になってしまっている。

 (一旦引用終わり)

これらは我々が今暮らしている社会の現状認識として、各人がしっかりと考えなければいけない事です。

この面では、高度成長期に暮らした先輩方の教えが役に立ちにくいとも言えます。

自分たちで切り開いていかなければいけません。

この思いをさらに強くしたのが、寺島氏の次の話(引用再開)

〇米ソ冷戦時代と、現在の米中二極化争いの違い

 ①米ソ冷戦は、資本主義vs社会主義闘い=「理念」の戦い

 ②米中冷戦は「利害」の対立:対立の構図が軽くなっている。

  米国は中東で大きな失敗もしている:

  イランはアメリカにとってベトナム戦争の二の舞になりかねない。

  またイスラエルに肩入れしすぎており、自国の行動が矛盾してしまってる。

      (これがトランプ再選に対する一番の危機)

  イスラエルの非核化等中東和平の仲介ができるのは、日本しかない。

  中国も失敗している:

  かつての元はモンゴル王国、清は満州人。

  それぞれの民族に平定されたという過去を払しょくしたいという思いが強すぎるのか、

  習近平は独裁的になりすぎ、国内、周辺国の嫌悪感を買ってしまった。

  反面「ファミリー」を主に考える民族であるため、

  ビジネスでも国境をたやすく超えて活動するという特徴がある(アジアに広がる華僑経済圏)。

結論:大国の横暴が終わり、地域パワーが復権する。

(引用終わり)

地域間、人種間で大きく隔たりがあった文化の中で、欧州米国を中心とする白人社会がその力で

まとめようとしていたのがこの100年間の傾向であったと思います。

しかし現代、科学の発展により:

船で2か月弱かかった地球の裏側まで、飛行機なら一日で行けるようになり。

また情報も光ファイバーを通じて、一瞬で世界を駆け巡ります。

地域の均質化が行われているように見えます。

武力も強くなりすぎて、逆にもはやその意味を失っているように感じます(地球が壊れてしまいますので)。

いままでの意味での「大国」が出現する土壌がすでに無くなっているのです。

その時に必要になるのが、寺島さんのおっしゃる「地域パワー」だと思います。

「地域」とは、まず日々接する隣の人、仲間です。そして力を合わせて発揮するのが「パワー」

じつはこれ、人にとって一番難しく、知的な行為だとおもいます。

古今東西、人の悩みは「隣人」によって引き起こされますから。

ちょっと長くなりましたので、続きは来週書きます。

写真ですが、仕事に向かう途中の新宿御苑脇のコインパーキングで:

Photo_20200117131701

先ほど科学の発展と書きましたが、この車を見ていると果たしてその方向が正しかったのかと考えさせられます。

もちろんそれは後付けの感想で、見つけたときには

「格好良いな~」「どんな人が乗っているのだろう」「すごいなぁ」

というワクワクする感情だけでした。

ワクワクするというのは、大切なキーワードです。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2019年11月 5日 (火)

権威と権力の違い

おはようございます。

ラグビーワールドカップが南アフリカの優勝で幕を下ろしました。

スクラムの圧倒的な強さに、イングランドは何もできずに完敗。

そのあとの表彰式での銀メダル拒否もありましたが、

今回の日本開催は大成功でした。

何かこの流れ、今後の世界を暗示しているかのようですが

先週のブログを少し補足しつつ今週の話を進めます。

 

先週は「民主主義」という言葉の分かりにくさを書きましたが、

ネットで調べると、一般的には

「民主主義=デモクラシー」の日本語訳と言われているそうです。

この意味は、

「人民が権利を持つ」

という事と解されているようです。

これで意味が分かるでしょうか?

デモクラシーの定義を考え出すと、きっと大学の卒業論文になってしまうと思います。

それほど文化的、社会的背景によって定義が変わるからです。

 

例えば、「ルネサンス」という言葉があります。

義務教育で使う一般的な教科書では、文化が花開いた良いイメージで学ぶと思いますが、

もう一つ、人工物による自然支配と科学至上思考がはじまった時期とも解釈されます。

科学とは、見るものとみられるものを分ける考え方で

従来からの自然一体の共生思想からの大きな転換です。

どちらが良いとも言い切れませんが、現代社会は科学至上主義が行きついてしまったとも言えるのではないでしょうか。

その反動としての、キャンプアウトドアや伊勢神宮をはじめとする神社・パワースポット巡りブーム。

 

言葉の定義は、その時々の社会情勢を切り取って誰かの都合が良いように後付けされたものが多いです。

新しいものには、多くの人がびっくりして信用してしまう側面がありますから。

一時的な精神的麻痺状態です。

 

そこで今日の題、権利と権威について考えてみます。

人民が「権利」を持つ。

かつての絶対王政(人民にとって悪性と言う意味合いで)時に、困窮した市民を救うための考えが

デモクラシー=民主主義。

悪い王様が統治する世界、体の一生は生き切っても数十年しかないのですからそれはつらい状況です。

そこで押さえつけられた民が権利を主張して蜂起する。

その結果民が力を取り戻したように見えますが、

歴史を学ぶと結局またその民の中での権力闘争が始まる事が分かります。

混沌、混乱状態に。

そのままでは安心して暮らせませんから、統治する人が出てくる。

新しく統治する人は、前の王様を否定する意味で新しい体制であることをアピールする。

その一つの言葉が民主主義に過ぎないのではないでしょうか。

新しい統治者にまず必要な物、それが「権威」だからです。

 

権威とは、立場もありますが、その人の人間性が周りに与える影響と言う側面が強いです。

例えば人が大勢集まっているとしても、

絶対的権力者(会社でいえば社長、政治家でいえば総理大臣)が権力を盾に恐怖心をあおって無理やり集合しているのと、

権威ある人に吸い込まれるように集合しているのでは、

一見同じように見えても中身が全く違います。

先日の即位礼正殿の儀には、世界194か国中183か国(約95%)からの要人参加があったそうです。

これはもちろん義務ではありません。

そして天皇陛下には「権力」は全くありません。

「私(わたくし)心」が無いので、苗字もありません。

日本国の象徴として祈りをささげてくださる存在だからです。

もし権力が有っても、世界の95%の国から要人を参加させることなど決してできないでしょう。

権威なき権力者がはびこる現代に、自らの力を他者に使う事だけを考えている

「権力無き権威」を謙虚に体現される方が国を代表する。

まさに平和の象徴だと思います。

真の権威者の姿と言えるのではないでしょうか。

 

権威なき権力者が、その権力をコントロールせずに振るう事を

「パワハラ」

と言います。

真の権威者からの指示や指導は、つらいことはあっても

ハラスメントなどと言う薄っぺらい言葉で表現されることはありません。

スマホゾンビの現代人は、この権威を身につけることがとても難しくなっています。

その上で権力だけは握りたがりますから世の中良くなるはずがありません。

権威を付けるには経験が必要です。

若くして才能が有れば、事業で成功して権力は握れるかもしれませんが

権威は身につけることは難しいです。

持って生まれた才能が有っても、自分で経験しないと身につかないものだからです。

金(カネ)は権力ではありますが、権威ではないからです。

逆に本物の権威=器の大きさを持っていれば、知識など伴わなくても一角の人になるはずです。

周りが放って置きませんから。

例えば、家康公が現代にタイムスリップしたら…ワクワクします。

その意味で「老いる」と言うのは本来とても素敵な事なのです。

これからの日本を支える学生たちには、下をうつ向いて歩くのではなく

まっすぐ前を向いて、大地から気を頂くように歩いてほしいです。

真の権威は、他者から尊敬されるものだからです。

今回のラグビーで見られるように、

たとえ一時の勝負に負けても権威すら失ってしまってはいけないのです。

日本チームは立派でした。

 

写真ですが先週の東京は凄い霧でした。

出社時に千葉の自宅を出るときに霧がかかっていても、

東京に入って川を2つ超える頃には晴れているのが普通ですが

この日はこの通り:

Photo_20191031110603

やわらかい水分に包まれた幻想的な景色も、2時間後にはこうなっていました:

Photo_20191031110601

なんだか得した気分です。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2019年10月28日 (月)

平和の大切さ

おはようございます。

先週火曜日、「即位礼正殿の儀」が執り行われました。

雨降りの祝日で、妻とテレビで式を見ていたのですが、

式の始まる時間になると、東京近郊にある自宅でも急に晴れて行くのが分かりました。

明け方の大変な土砂降りのような雨が徐々に止み、ちょうど陛下の帳が開かれるときに陽がさす。

服装を含め絵巻物世界が現実にある事を、約2,000人の世界中の要人が劇を見る様に目の当たりにする。

先週書こうとしていた平和の大切さは、ここにすべて表現されていました。

 

人の存在とは、かように魂性の究極の姿なのです。

それを体を使って日々表現するのが、人間の生活。

当然そこには役割が生じます。

役割の話をすると、現代社会ではなぜか会話がおかしな方向に行きますが、

「役割」

とは差別とは全く関係なく、むしろ対極にあるものです。

総理大臣の役割、もう少し身近なら社長の役割、もっと身近なら家族の中の役割分担…

それは適材適所の結果であれば、どれも平等です。

本来、誇りをもって実践している役割に貴賎などありません。

 

例えば今回の様な国を挙げての儀式になれば、総理大臣の役割は超多忙です。

分刻みに各国の王様や元首との会談、食事会、明日の打ち合わせ、寝る暇もないと思います。

それを知って、うらやましいと思うでしょうか?

またその責任を破綻なく果たせる自信があるでしょうか?

自分を含め多くの人には無理だと思います。

逆に総理大臣が、肉体労働をしようと思えばあっという間にギブアップするかもしれません。

もちろん責任に応じた、報酬他の権利はあると思いますが、

ここで大切な考え方は:

何を自分が要求するのか?

これが適材適所です。

とにかく大きな報酬や地位、名誉、階級が欲しい。自分の自由はいらないという人も居れば、

人に縛られずに自由に生きたい。欲しい物も無いので、ほどほどの報酬があればよい。

これはどちらが良いというものでもありません。

 

あえて言えば、環境がその人に要請していることにチャンネルが合っているか。

そこが狂っていると、その人生は苦しくなってしまいます。

その場合は自分のチャンネルの幅(出来ることや感じることの範囲)を広げるしかありません。

その可能性を追求する自由が平等あるかどうか。

これが人の幸せ実現にとってとても大切です。

怠け者が勤勉な人と同じ満足度が得られる社会、それはむしろ不平等と理解しなければいけません。

この自由がある状態こそが、

「平和」

と呼ぶ状態です。今の日本は平和です。

 

かつて日本にあった戦国時代、その時代を勝ち抜いた徳川家康公は

「二度と決して戦争の世にはしない」

と固く決意されていたのだと思います。

そのために自分のできることを、体の命がある限りすべてやりつくす。

自分の持っているエネルギーを限界を超えて燃焼しつくす。

その結果あるのが現代日本社会、特に東京は家康公が居なければ果たして首都になっていたか。

圧倒的な権力者になった家康公、その徳川幕府も天皇制と共にあった組織であったことは、

世界的に見れば奇跡的で、全く考えられないかもしれません。

 

この様に強い意志を持った政治家が実務を運営する国は幸せです。

その際、資本主義や社会主義、そして共産主義などの「主義」は実はあまり関係ないのです。

民の本当の幸せを実現する、その強い意志の前には誤差に過ぎないからです。

その意味では、深く考えないで使う

「民主主義」

と言うのはとても危険です。

だいたい「民主」の「主義」、ではここで民主とは何なのか?

「民が主」の主義でしょうか。

民は国民、当然大臣だって社長だって国民ですから、

逆に民が主でない主義なんてあり得るのでしょうか?

民の「主(あるじ)」の主義ならもっと訳が分からなくなります。

 

民主主義の実現した社会構造を市民社会と言う様です。

では一般的な独裁国家では、市民に権利は無いのでしょうか?

歴史上、もっとも幸せな事態ともいわれる繁栄期の古代ローマ帝国は、

独裁的な権力者を擁する共和制。

でもそこには差別的階級に落とし込められた方もたくさんいました。

現代的価値観では、きっと認められる体制ではないでしょう。

 

歴史は移り変わり進んでいるのです。

1人1人が社会に貢献し、その上でどんな体制が自分たちにとって最も良いのかを考える。

今の日本はまさにこれができる環境ですが、現代人にとってはそれがベースで生活をしている為

その素晴らしさに気づき、感謝できていないのかもしれません。

先週書いた「負」無き「正」の最たるものです。

感謝と努力、そして守り抜くという根っこが無いのですから、

外部からの力であっと言う間に瓦解してしまいます。

 

政治はだれか自分とは関係ない人がしているのではないのです、

投票に行けば分かりやすいですが、投票に行かないというのも同じく責任なのです。

評論家ばかりでは国は動かないのです。

まず自分がエネルギーを持っていることを自覚する。その表現手段が体。

そしてつらいこともあるけど前向きに頑張る。

エネルギーは物理学でも「仕事量」と表現します。

仕事とはエネルギー燃焼させ自分を表現する場所なのです。報酬はその結果。

自分のエネルギーをぶつける仕事は、前向きに頑張っていれば縁が巡ってきます。

その縁を大切に、そこに自分のエネルギーを注ぎ込む。

それができると、巷にはびこる

「くすぶった状態」

を焼き尽くせるようになり、気にしなくなります。

 

先週からの続きで今日の結論:

平和とは、

やる気のある誰もが、魂の成長を自由にできること

を言います。

 

写真ですが、大尊敬している、エネルギーを燃焼しつくした方です:

Photo_20191025111201

ちょっと「ギョッ」としますが、ろう人形です。

誰でしょうか、筆を握っていますね。

正解は葛飾北斎。最晩年の姿です。

その絵は西洋の名だたる画家たちがこぞって模倣された、

世界最高の画家。

それを見つめているのが、娘の応為(お栄)さん。

父親に負けないほどの天才だったそうです。

粗末な家で、片付けもほとんどしなかったそうです。

墨田区の北斎美術館でいろいろと学ぶことが出来ます。おすすめです。

今日も読んで下さりありがとうございました。