趣味

2019年8月 5日 (月)

クルマの未来

おはようございます。

7月は会社主催で一泊ゴルフに行ったことを報告しましたが、

その際に会社の車(トヨタ クラウン)を使いました。

この車には自動運転技術が搭載されており、

  • 前車との車間距離を一定に保つ
  • その際の車速は任意(新東名開通に合わせ、115キロ/時といった上限廃止)
  • 渋滞時は完全停車まで自動、再起動・加速はアクセルをちょっと踏めばOK
  • 車線の白線がきちんとあればハンドル操作も自動(工事等無ければ問題なし)

  補足:ちなみに、日本は規制が厳しいのか上記までの対応ですが、最新の欧州車は

     ウインカーの操作だけで周りの車の状況を判断して勝手に車線変更をしてくれるのも珍しくないです。

といった機能のお陰で、高速に乗ってから降りるまでボーッとハンドルを持っているだけでした。

おかげで暇な時間に、これから書くようなことを考えました:

 

今回この自動運転機能を使って長距離を運転するのは二回目でしたが、一回目は疲れました。

初めての自動運転体験への緊張、

どこまで信用して良いか分からない不安、

自分の感覚とちょっとずれた車線内の位置と加速感覚。

楽になるはずの自動運転でも、慣れないと逆に数倍疲れます。

今回は二度目だったので、そんな疲れもなく目的地に到着。

ここで思いました。

もともと車が大好きで、運転すること自体が趣味。

ただこの日は、運転した感覚がないんですよね。考えれば当たり前ですが…

車の運転をする喜びは、

アクセルを踏んで加速する、

適切なブレーキ操作で減速、

そしてハンドルを切って思い通りに曲がる。

そこから生まれる車との一体感。

ハンドル操作すら不要の自動運転では全くありません。

 

クラウン自体が4気筒エンジン(エンジン音に色気がない)ハイブリッドカーなので、

街中で普通に運転している時も

「なるべくエンジンを動かさない」

で燃費を稼ぐゲーム(20km/l目標)が主な楽しみになりがち。

高速の自動運転ではエンジンの存在自体無意味になります。

4気筒どうこうではなく、もはやモーターで十分です。

 

これから、もう少し世代が進むと、

「おじいちゃんの若いころは、ガソリンを燃やして走る車に乗っていたんだぞ!」

と孫に話しているかもしれません。

「危ないものを燃やしていたんだね」

なんて言われながら。

 

それを達成するには、革新的なバッテリーの進化が必要ですからすぐには実現できないでしょうが

数十年という単位では必ず達成されると思います。

それまではガソリンに変わって、人工的に作られるバイオ燃料で動く発電用小型エンジンを積み、

高効率バッテリーと合わせててバイオ燃料1リットル当たりの走行距離100km

走るような技術がつないで行くと思います。

おそらくその時には、車の種類は今の家電と同じように機能上の差異はあまり意味をなさず

どれだけの荷物や人を運べるかといったサイズとデザインで区別されると思います。

行先を入力するだけ、後は自分の時間を過ごしていれば目的地に着いてしまうのですから。

こうなると、まさにクルマではなく「自動」車です、そして電動の「電車」。

望みの場所に行けるという意味での「乗り物」としては、現代の様な「電車」と「自動車」の

区別が無くなるかもしれません。

既存インフラである「線路」すら共用するような世界。

 

経営者の仲間でも、車に興味を失ったような人が増えてきています。

たぶん前の世代の経営者であれば、車に興味が無くても新車を買って、

その車に相乗りしてゴルフに行く!というのがステータスだったのかもしれませんが

今は真の車好き以外車の話をしないように感じます。

そして車の話の中身も、レクサスやメルセデスの新車の話ではなく昭和や平成初期のスポーツカーの話。

 

その様に考えると、様々な規制があっても趣味としてのガソリンで動く車は残るかもしれません。

ただ、直せる人が残っているかが課題でしょうが…

 

と自動運転をしていると、運転に集中しなくてよい(疲れるので、してはいけない?)ので

いろいろな事に思いをはせることが出来ます。

便利になって余った時間をどのように使うのか、これが人類にとっての最大の課題かもしれません。

思考を放棄してはいけません。

 

写真ですが、思考を放棄しても良い時間です:

2019_20190805092401

近所の花火大会。

スマホで撮影し、すぐにネット上に配信。もちろん音も鮮明に。

そう考えると、スマホは放送局です。

かつてなら、移動のバス、カメラマン、音声さん、中継にかかわる多くの技術者…

それが小さな箱にすべて入ってしまう。

そんなこと考えずにただ、無心で花火を見る:

するとこの日に向けて準備してくださっている人の魂に通じ、よりきれいに見えます。

今日も読んで下さりありがとうございました。