生きるという事

2019年12月16日 (月)

どう生きるかをどう学ぶか

おはようございます。

先週は友人に看取りについて大変重要な学びを頂きました。

今日はそこに至る道、生き方をどうするかという事を考えます。

 

まず目の前にある状況を受け入れ、前向きに生きることが大切です。

状況を受け入れらないとしても、もしそれがどうしても変えられないのであれば

受け入れる努力をするしかありません。

それは時としてとても厳しい道となりますが、

その「輪」から抜け出すことは、体の命が限られた一生の中ではより大きな苦労を背負う事が多いです。

大変な覚悟と行動力が必要になります。

目の前のことに集中していると、多忙な現代社会では自分のことを客観的に

考える時間がなかなか持てないと思います。

でもそれで良いのです、

与えられた事に集中できるというのは人の生き方として素晴らしい姿なのですから。

 

それでも自分を変えたいと思い、新しい学びを欲しますよね。

そんな時は先人の書いた良い書を徹底的に読み込むことです。

このブログに書いている事も、その週に自分の考えたことを書いているつもりでも、

すべて先人のおっしゃっている事をアレンジしているだけとも言えます。

実は人がより良く生きる真理は古今東西あまり変わりはなく、よりよく生きるとは

どうやってそれを自分のモノにするかという一瞬のひらめき(気づき)が大切なのです。

 

長い人間の歴史からすれば、この100年の科学の進歩など実はたいした意味が無いという前提

に立ってみると、多くの事が見えてきます。

もともと自然が完璧なバランスを持っていたからこそ、地球は命をつないできました。

科学が進歩したと言っても樹木一本、人は作れませんし

その木から落ちた葉っぱを完璧に土に還元して肥料に変える菌を作り出すこともできません。

現代科学で便利になったと言ってもも、人の本質は何千年も変わらないのかもしれません。

縁あってこのブログを読んで下さっている方が、

何らかの気づきを得ることは私にとって何よりの励みになります。

たとえ書いている内容が、自分(書いている私)も出来ていない事ばかりで

誰かの考えのアレンジに過ぎないと思われようとも。

 

そんな事を気にしている暇がないほど、人の体の寿命は短いからです。

成長期を終えた体は、日々老いて行きます。

焦る必要はありませんが、事実は認めなければいけません。

ここに書いている事に反発される方ももちろんいらっしゃると思います。

でもここに定期的に来てくださるという「輪」は大切にしなければいけないと考えています。

輪の中にいて下さる限り、付かず離れず円環運動をして

少しの気づきが大きく人生を変える可能性がありますから。

情報洪水の現代社会では、気づきを得られるチャンスが本当に減っています。

 

もし自分の体の命が尽きたら、

ここに書いてあるようなことを誰かが受け継ぎまた新しい輪を作ってくれれば、

意思は引き継がれ=命も尽きないとも言えます。

そしていつか人類が成長し、自他利益同一の大きな「輪」に入ることが出来れば

皆が本来の人間らしい生活に気づくと思います。

命とは、他者に貢献してより良い社会を作るために与えられているものですから。

 

先週末は会社忘年会で、ビンゴ大会もあり楽しかったのですが、

写真を撮り忘れました。

代わりに東京の不思議な光景を:

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札幌の様ですが、看板に東京乗馬倶楽部とありますね。

紅葉がきれいでした!

さてどこでしょう:

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馬場に行ってみました。ちょうど厩舎に入ったところで、馬の写真は撮れず…

その先に見覚えのある建物がありますね。

ここは新宿の隣、代々木(参宮橋)です。

都心にこんな場所があったことを今まで知りませんでした。

明治神宮に隣接している場所ですが、本当に気持ち良い空気が流れています。

一歩外に出ると、新しい発見があります。

今日も読んでくださりありがとうございました。

2019年12月 9日 (月)

命を看取るという事

おはようございます。

ここのところ、命に関する少し重い話を続けていますが、

先週は医療系のセミナーで大切な学びを頂きましたので

皆様と共有させてください。

 

少し前に、医療もAIに置き換わっていくと書きましたが、今日の話はその逆をいくものです。

偏差値トップの人が目指すべき仕事が「医療従事者」だとすれば、

まさしくAIにとってかわられるでしょうが、

今日書くのは感じる力、共感する力。そして祈る力の大切さです。

 

セミナーの趣旨は「誰もが取り残されることのない医療」

日本は国民皆保険が実現されていますので、その意味では取り残されることは無いはずですが、

現実には社会から切り離されて、病院のベッドの上で寂しくなくなっていく事が増えています。

命を何に使いきるかという事の最後に、どうやって命を終わるのか?という課題が残ります。

ではどの様に考えればよいか?

 

基調講演をされた、友人でもあるT医師の話から:

 

  • 年を重ねていく事を、地域で祝う事がなくなった社会。長寿は良い事という基礎が必要。

      (T医師の話)

 

(私の考察:以下同じ)

長生きが良い事でないと、地域医療は成立しない。これは重い話です。

特に都市部においては、定年退職=社会からの切り離しの様な生活になってしまう男性が多いです。

もともと、定年というのは「サラリーマン」という特権階級における制度だったはずで、

多くの人は他者に役立つ何らかの技を身につけることで生きていましたので、

「定年」などという概念は無かったのです。

 

  • 沖縄は年寄りが少ない、悲惨な地上戦を経験した沖縄だけの現象。これから急激に老人人口が増える。
  • 沖縄だけのとても難しい状況。
  • 1951年まで、病院設立は禁止されていた。沖縄全体で医師が64人しか生き残らなかったから。
  • 現在の沖縄の高齢者は、戦争という歴史の中で慎重に生きてきた。

 

これらの話は、沖縄で実際に医療にかかわっている方から教えていただかなければわからない事です。

テレビや新聞で報道される沖縄は、あまりに極端で沖縄の現地の人の暮らしぶりとは乖離しているのかも

知れないと強く感じます。

沖縄の方は慎重に生きているというのは、自分の想像力では到達し得ない深い示唆でした。

 

  • 治癒の見込みのない、高齢の女性が最後を家で迎えたいという話になった。
  • 独身で子供もなく、他に頼る人はいなかった。
  • T医師は病院の仲間とおばあさんを自宅に送り、対策を考えた。
  • 近所の人を訪ねると、幸い皆協力してくれることになった。
  • 朝、窓を開けて空気を入れ替える人。
  • 夜、戸締りをする人。
  • 見守りという役をこなしつつ、楽しい酒盛りをしだす男たち。
  • 医師からの定期的な指示は、玄関の柱にテープを貼ってそこにマジックで書きこんだ。
  • そうすることで誰もが最新の注意事項を見逃さなかった。
  • 結果おばあさんは安らかに自宅で最期を迎えられた。

沖縄独特の助け合い文化と片付けてしまいそうであるが、会社のある墨田区でも長屋文化として

長く同じような状況があったはずです。

近年の急激な社会変化は主に経済発展が原動力であったが、

我々はそのかわり大切な文化を失ってしまったという事を深く実感する話であった。

 

T医師の結語:

地域医療とは、地域の一体化(役所、病院、周辺住民、ケアマネージャー…)が無いと成立しない。

 

私の感想:

現代社会においては、人間同士が協力し合う「付き合い」が少なくなり、各自ばらばらの砂粒の様な

社会になっているのを実感する。

人は何のために体の命を使い、困った時にはどうすれば良いのか、そして最後をどう看取られるのか。

本当に具合が悪く、かつ孤独な状態にある人はまず病院に行く事すらできません。

また通院できたとしても、退院後にどう生活するかという見守り体制の構築が無ければ、

また同じことの繰り返しになってしまいがちです。

生きるための実地の哲学や宗教的考えが必要だと痛感する場であった。

写真ですが、この時期だけのツリー:

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子供の頃から、宗教行事としてではなく年末のお祭りといった感じで街が盛り上がっていく感じ

が好きでしたが、最近は不景気でそんな雰囲気が無くなってしまいました。

正月の商業施設お休みは個人的には賛成ですが、それが不景気ゆえの事だと思うと寂しいです。

今年の年末年始は、静かに色々と見つめなおす時間にするのも良いですね。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2019年11月11日 (月)

権威の考察

おはようございます。

昨日の祝賀パレードは、晴天の中多くの人にお祝いされて日本のすばらしさを実感する時間でした。

理屈抜きで人を包み込むエネルギーを感じます。

先週は権威について書きましたが、このエネルギーについて考えることで深めたいと思います。

 

先週剣道の稽古後の食事会で、50年近く稽古を積んでいる大先輩に

「かつての稽古は怖かった、真剣での打ち込みをしているのと同じ気魄を感じた」

「思い切り体をぶつけるように打ってくるので、吹っ飛ばされるのは日常茶飯事」

「少しくらいの擦り傷や打ち身は怪我の内に入らない無かった」

「激しい稽古をしていると、だんだん無心になって行き勝手に体が動くようになる」

そして

「本当に強い人は、剣を合わせなくても相手を退けることが出来た」

これは武道の世界だけではなく、その道を究めた人は皆同じことをおっしゃいます。

座っているだけでその人の技量が分かると。

この目に見えざるものこそ、権威=エネルギーです。

前向きなエネルギーに満ちている人から感じる状態を、威厳と表現します。

 

例えば動物の世界の例を挙げると

身近な犬:

散歩中に向こうから来る犬を観察し、強い犬が来るのを察知すると弱い犬は一瞬ひるんだのち

「ワンワン!」と身の危険から逃れたいと吠え始めます。

吠えられても、強い犬は平然としています。

皆様も経験があると思いますが、体の小さな犬が平然としている事もあります。

犬同士はエネルギーを察知できるのです。

野生のライオン:

ライオンは食べるために仕留めた獲物も、二時間過ぎたら見向きもしません。

動物の王者ライオンはその威厳ある地位を守るため、

他者の「生(せい)」エネルギーを食らって生きているのです。

仕留めてから時間がたってしまうと、エネルギーが弱くなってしまい

王者であるライオンの体を維持するには役に立たなくなります。

そのあとはハイエナや小動物が残ったエネルギーを摂り、最後はハエ、そして菌により骨だけに。

ライオンには、科学的に数値化される栄養素とは違うエネルギーが見えているのです。

ライオンは、獲物の隣に「から揚げ」があっても見向きもしないでしょう。

 

我々も体は問題なく、たっぷり栄養を採っていのに、何だか元気がない。

それはエネルギー不足かもしれません。

サプリに頼り切っていると元気がなくなり、新鮮な肉や魚を食べると元気になる。

新鮮な野菜や果物は生き続けており、やはりエネルギーに満ちています。

だから病人はリンゴをそのまま食べるのではなく、

摺り下ろしてエネルギーを減らして(消化できるように)栄養を摂ろとします。

もし体が衰弱し、死の床についている老人の口に新鮮な刺身を入れたとすれば…

それは命を脅かす毒物になってしまいます。

 

野生動物は、人間が見えなくなったそのエネルギーのやり取りを日々繰り返して生きています。

王者であるライオンも、生きるために獲物をしとめるだけで、決して無意味な殺し合いはしません。

場をわきまえています。

互いのエネルギーを感じながら、共存共栄。

ライオンが王者であるからこそ、野生の場の秩序が保たれている。

秩序が崩れた無秩序状態では、結局皆が不幸になってしまう事を本能的に知っているのです。

 

先に書いた武道の話では、毎年奉納演武が行われる明治神宮や鹿島神宮は厳か且つ清冽な力を感じます。

最近はパワースポット巡り、そして御朱印帳の記帳が趣味な人もとても多く

現代人も金銭至上主義の呪縛を解かれ、

本能的に欲しているものに従って行動し始めているのかもしれません。

でも、パワースポットに行くより毎日できる大切なことがあります。

それは、

大地からエネルギーをもらうように歩く。

そうすると日々同じ道を歩いていても、空気の微妙な違いを感じ取れるようになり、

危機を察知する能力も磨かれます。

気づく力が身に着くのです。

周りに気が配れるようになることは、ペーパーテストで高得点を取るよりはるかに大切な事です。

その基本が大地を踏みしめ、まっすぐ歩くこと。

現代人はそれが出来なくなっており、またそれが原因ですぐに体調を悪くします。

真剣を持って対峙している時に相手を忘れてうつむいていたら…あっと言う間にやられてしまいます。

スマホの画面からの情報、スマホのナビの画面よりも大切な、

人生を良く生きるためのナビ(情報や生きるための気づき)を、

大地のエネルギーを感じながらまっすぐ歩くことで得ましょう。

そしてそのエネルギーで体内を満たし、前向きに生きる。

するとお金では買えない権威を身につけることが出来ます。

 

写真ですが、神宮第二球場(ゴルフ練習場)です:

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11/3に息子の通う高校の秋季野球大会があり、久しぶりに妻とこの球場に行ったのですが

まさかの大行列で入れず。

3塁側のネット越しに野球を見ているところです。

スマホだと前のネットに焦点が合ってしまうのでこんな画像になりますが、実際はもう少しだけ見えます。

行列の理由が、この日が野球場としては最終日だったからだそうです。

それは混みますよね。バックネット裏にしか席が無いので、5,000人くらいしか入れませんし。

この場所は自分が高校時代にも応援に行きましたが、ゴルフスクールにも通った思い出があります。

場所柄いろいろな人が通っており、良い思い出が多いです。

夜のレッスンが終わって、絵画館前を通って信濃町駅に歩いていく。

都会とは思えない静寂の時がありました。

高校野球は、毎日の練習成果を試合の一打席、一投という今の一瞬に爆発させる。

それによってさまざまな未来が紡ぎ出される。砂時計の様に。

神宮第二球場はそれを発揮する貴重な場所でした、有り難いです。

来年以降、この場所にラグビー場が移り、ラグビー場に新球場、

今の神宮(第一)球場は多目的広場や施設ができるそうです。

10年もすれば、神宮に「第二」球場が有ったんだよと語る事になりますね。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2019年10月21日 (月)

美味しい蕎麦の打ち方

おはようございます。

 

昨日、Wカップ日本戦後半は南アフリカに押し切られ、完敗でした。

大会前からベスト8が目標がチーム目標だったので、目標達成素晴らしいと思います。

事前に、インビクタス/負けざる者たちという南アフリカラグビー代表チームの

映画を見ていたせいもあり、その歴史的背景も含め圧倒されました。

優勝は目指さなければ決して成し遂げられない。

魂のぶつかり合いの現場では、少しの差が圧倒的な差につながるのでしょう。

勝ち残った4チームが優勝を目指すこれからの試合は、きっと日本人を感動させるでしょう。

 

ここのところ仕事について書いていますが、

今日は身近で体験した出来事から考察します。

埼玉のお客様に行く際、その近くにあるお蕎麦屋さんに行くことを楽しみにしていました。

建物も古い平屋の民家を改装したもので趣があり、

立派な床の間や床柱がある大きな和室で蕎麦を頂く。

田舎の親戚に家に行ったかのような心安らぐ空間でした。

自宅からは車で一時間位かかりますが、家族にも食べさせたくて皆で行く事も。

それほど美味しい蕎麦でした。

 

その日もいつものように会社の先輩と、営業前の腹ごしらえにそのお店に。

蕎麦をつゆにつけて一口すすると…二人同時に

「何か変わりましたね」

と。今まで何度も通っているので、すぐに気づきました。

日本蕎麦、しかももり蕎麦という最もシンプルな食事。

味はほとんどつけ汁の味と言っても良いのに、2人が違うと思ったのは蕎麦自体です。

その時はそんなこともあるのか、もしくは気のせいだと思い時間をおいて再度訪問。

ここで確信しました。

「全然違うそばになっている」と。

その後、先代が亡くなり息子さんに代替わりしたと知りました。

使っているそば粉、水、道具、そして基本的手順はきっと同じでしょう。

親子ですから体格や性格も似通っていると思います。

それなのに味が全然違う。

そばに対する気持ちのコメ方が違うとしか言いようがないです。

 

同様な事は、一見シンプルに見える寿司にも言えます。

ネタやシャリが全く一緒でも、握る人の気持ちの込め方で全く味が違います。

もちろん、蕎麦にも寿司にも

「作る技術」

というのはあると思います。でも数値化できる技術であれば、最新鋭の機械で再現できるはずです。

事実工業製品の世界では、職人技をどんどん機械化していますから。

でも味覚という非常に繊細で高度な領域にそれは通じない様です。

食事を味わうというのは、五感、六感をフル稼働させているからです。

上の話とは逆に、同じ人が作った全く同じ料理でも食べる状況で全然味が違います。

  • 高級すしでも緊張する接待の場で食べると、ほとんど味に感想が残らない。
  • 台風の中家族が互いを気遣いながら、身を寄せ合って食べるカップラーメンは美味しい。
  • 楽しい席での酒は、笑う事で消化されるのか次の日に残りにくい…

本物の料理人とは、全知全能をかけて客をもてなすすごい仕事だと気づかされます。

その意味で多くの男が、母の作る家庭料理を一番好きな料理にあげるのも納得です。

 

これは食事に限らずどんな仕事でも同じことがいえると思います。

部品を作るのであれば、それを使う人の気持ちを想像しどれだけ寄り添えるか。

洗濯をするのであれば、開封したときに気持ちの良くなるように気持ちを込めて梱包する。

あらゆる接客業では、その日のお客様の雰囲気を瞬時に察知し最適なサービスを臨機応変に提供する。

 

今の学校の偏差値教育ではこの能力は身につけづらく、数値化もできませんが、

どれだけ良き友人と付き合っているかと言うのはその指標になると思います。

付き合うというのは、スマホの画面を通じたものではなくスポーツや語り合いを通じて。

そして時には互いに悔しい思いをしたり、コンプレックスを感じたりしながら

それをばねにして高め合う。それは「いじめ」「パワハラ」とは全く異質のものです。

人の成長には、正しい事ばかり教えるのではなく、時には「負」の感情を知る事も大切です。

「負」=悔しい思いやコンプレックス

があるから、それを学び克服することで強くなれる。

そして気づくと、以前はあれほど悔しいと思っていたことが全く気にならないばかりか、

その時の「負」の感情に感謝できるようになる。

「負」があるから「正」があるからです。

「負」無き「正」は根っこが無いからすぐに挫折して、その思いを他者の責任に転嫁してしまいます。

子供たちは周りにいる立派な大人に聞いてみてください。

きっと誰もがそんな「負」を前向きなパワーに変えているはずです。

そして気づくはずです、

前向きな大きなエネルギーを発している人ほど、非常につらい「負」を背負い克服していると。

それが人の「魅力」を作り上げているのです。

 

ただしここで大前提があります、世の中は平和でなければいけません。

戦争と言う憎しみの連鎖の中では、人の魂の成長がいびつになってしまうからです。

来週はこのことについて考えます。

ちなみに最初に書いた蕎麦屋さんは、現在は閉店し立派な日本家屋も跡形もなくなって

アパートに変わってしまっています。

きっと多くの人が喪失感でショックを受けていると思いますが、

伝統を引き継ぐとはそれほど責任が重く、かつ難しいものだと実感します。

美味しい蕎麦を打つには、全身全霊で取り組まないと成しえないのですね。

写真ですが、今年もやっと金木犀(きんもくせい)が咲きました

この毎年の色と香りの演出は芸術的だと思います:

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去年のブログを見ると、10/1には散っており、オレンジ色のじゅうたんとなっていました。

3週間以上の違い。

少し季節がずれてきているのかもしれません。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2019年10月14日 (月)

JR常磐線自動運転化へ

おはようございます。

台風19号、各地で大きな爪痕を残し今日現在まだ被害範囲が特定できていません。

金曜日には荒川氾濫の危険を感じ、金型やサーバー、製品をできるだけ高いところにあげていました。

結果的には都市部での荒川氾濫はなく、会社には被害はありませんでした。

報道では千葉方面の心配をしていましたが、今回は台風被害が山側に集中しています。

自然災害の恐怖、特に洪水は人との格闘の歴史があり為政者の最大の仕事と言っても良いものです。

今一度、関東湿地での徳川家康公の仕事について皆で学ぶ時かもしれません。

数十年に一度が毎年起こる昨今、防災計画の見直しが必要です。

今週は防災の観点からも必要な考え方について考察します。

 

先週は、JR常磐線が2020年にも自動運転化試験開始という報道がありました。

少し前にも京急線で悲惨な鉄道事故がありましたが、

個人的には自動運転化していれば防げた可能性もあると考えていました。

過去にも人為的ミスによる、鉄道大事故が周期的に起きている気がします。

先日書いた医療診断のAI化でも触れましたが、確かに自動化によるミスもゼロではないと思いますが

人のミスとの比較になると、優位性があります。

近い将来、「電車の運転手」というのは「改札の切符切り」と同じように

昔の風景になってしまう事は避けられないです。

 

かつての切符切りは、電車で通勤通学する人であれば必ず接した日常でした。

きっちり制服を着て、リズミカルに改札ハサミを鳴らし、

子供の目には誇らしげに仕事をしていて格好良く見えました。

まさかその風景がなくなるとは、当時は全く考えませんでした。

又、最近見なくなった風景は、信号機のLED化により

「信号機の電球交換」

の仕事が全く無くなってしまいました。

この考えを進めると、これから選ぶ仕事とは、

今人気があるから、今儲かっているからという尺度ではなく

機械(AI技術)に出来るか、出来ないかで判断しないといけないかの様です。

 

ただし、ここで気を付けなければいけない事があります。

「機械化、自動化の先にある世界はどうなるのか」

という考察です。

世の中が自動化された機械により動くようになると、

逆に人間の生活が機械の一部の様になってしまいます。

知識はスマホから得て、娯楽もスマホゲーム、人とのつながりもスマホのSNSサービス

体調管理もスマホのデータ、仕事の予定調整もスマホで、報告書もスマホで…

会社に行けばパソコンと向き合って、工場でも機械を動かすための端末操作。

自分で思考して身につけたつもりになってる考え方も、

ほぼスマホ先生が教えてくれたことではないでしょうか。

その教えを真似て、反応しているだけ。

体への命令を自分の脳(使命)ではなく、スマホがしている状況です。

 

医療についての考察では、患者を励ます事が出来る医者が必要と書きましたが、

その他一般的に、AI化されない仕事とは何でしょう。

自分の属しているプレス加工分野でいえば、

誰も作ったことのない金型を設計できる能力。

これは絶対に無くなりませんし、ますます価値が増します。

前例がある加工では、今後おそらく設計すら自動化すると思います。

金型もその自動作成されたデータに基づいて部品を作ってしまう世界。

そして必要なのは、やはり工場や会社同士を繋げる人です。

繋げるとは、AIによるマッチングなどではなく:

他者、他社の気持ちや能力を理解し気持ちよく仕事をする関係を築ける人。

互いを尊重し合い、高め合い、感謝し合い、良い気持ちに出来る人。

ここでも他者を気持ちよくできる「気」という事がキーワードです。

 

色々書きましたが、令和の新橋では、まだこんな光景が残っています

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もちろん靴を磨いているだけにも見えますが、

自分には「気」をやり取りしている風景に見えます。

心を込めて磨き上げる、お客さんもそれに応えて感謝の気持ちを送る。

その気を受けたお客さんも靴だけではなく、何だか気持ちも綺麗になる。

だからこそ何とも言えない暖かい空気がそこに流れる。

現代科学はまだ「気」の流れや量、質を定量化(見える化)できないので、

物事を金銭上の損得でしか判断てしまいがちです。

でも近い将来見えるかすれば…きっと仕事の価値を「気」の面からも

はっきり測ることが出来るでしょう。

金銭はそれに応じる付属物。

 

ここに先ほど書いた

「自動化の先考察」

の答えがあります。

人が人らしい生活をして助け合っていれば、どんな仕事でも輝きます。

仕事は選ぶものではなく、運命に従い、使命感を持って磨き上げて行くものだからです。

我々を産み、育ててくれた母は迷いなくそれをしてくれているのです。

被災からの復興については、物の観点からの復興と共に心の観点の復興が重要です。

心配する:気を配る。

祈願:祈り、願う。

出来ることから一歩ずつ。

 

今週も読んで下さりありがとうございました。

2019年10月 7日 (月)

理想の働き方とは

おはようございます。

先週は「必要な仕事」について書きましたが、結論は職種ではなく

どれだけ他者の魂に寄り添え、必要とされるかという事でした。

どんな仕事でも、それができればロボットにはとってかわられる事はありません。

今週はその時の働き方について考えます。

 

高額当選の宝くじの話がでると、

「当たれば一生遊んで暮らせる」

などと話をすることがあると思います。

もちろん多くの場合は、良く考えないでありえない事として話していると思いますが

ここではちょっと具体的に考えてみます。

 

働かなくても、自分の好きなことだけして「暮らせる」お金があるとします。

さて次は、遊んで暮らせるの「遊び」です。

何をしましょうか。

365日ゲームをする?間違いなく体を壊しますね。もしくはEスポーツの世界に進出?

365日毎日ドライブ?せっかくなら個人タクシーの資格を取って、好きな車に毎日乗った方が良いですね。

365日毎日サーフィン。大会に出ないとつまらないですよね、オリンピックめざしましょう。

おっと、いずれの場合も、毎日できるほどの熱意があれば勝手に賞金や給料を稼ぐ

「プロ」

になってしまいますね(笑)。

それでは遊びとは言えません。

目的や目標無く、余暇を兼ねて、でも真剣に何かをする。これはとても難しいです。

体力と気力が維持できません。

もちろん毎日だらだら無目的に過ごす、これなら可能でしょうがすぐに飽きます。

いずれ体力が落ちて、最後には精神が破綻します。

 

では健全な目標とは何か?

すでに答えを書いてしまっていますが、それは:

「周りから見ると、遊んでいるように仕事をする」

なのかも知れません。

でも当人は全身全霊でそれに打ち込んでいるからこそ、

周りから称賛されたり羨まれたりするポジションまで到達できる。

そして自分のやっている事で、他者の役に立ったり、勇気づけたりすることが出来る。

マンガに出てくる、ヒーローの様な存在でしょうか。

 

世間で称賛されている経営者でも、個人的にお付き合いさせていただくと一人の人間です。

毎日起こるいろいろな事に悩まされ、将来の心配の種は尽きない。

それでも自分の力を信じて明日を切り開いて行き、外ではだれにでも明るく振舞う。

自分が組織を運営するという使命をもっていると、深く自覚しているからこそ

愚痴など言う気持ちが湧く隙もない。

経営者だけではなく、他の職業でも同じだと思います。

どんな業界でも、トップセールスマンは一見遊んでいるように売り上げを上げます。

顧客からの信頼がある上に、

もしくは信頼を得た社会的影響力の大きな人からの紹介からスタートするので、

今ならラグビーの話などを楽しそうにしながら高額契約をとったりしてしまいます。

頑張っても話さえ聞いてもらえない営業マンから見れば、

「楽しそう」「楽そう」

としか見えませんよね。

でもそこに至るまで、常人では及ばないほどの気配りと苦労を重ねていることが多いです。

その見えない部分こそ

「他者に頼られる技」

です。

 

とんでもない努力をするから、人ができないことが出来るようになり

人ができないことだから、努力していない人からは

「あの人はもともと特殊な能力を持っているんだ」

などと思われる。

人ができないことが出来るのだから、

「楽しそう」

に見える。これが

「遊んでいるように仕事をしている人」

の正体です。

修業を積む年代に人より苦労をし、結果としてその道を究めた人になる。

今は「パワハラ」という何だかあいまいな言葉で、

その修業を積むことがとても難しくなっている気がします。

だから40歳を超えても「自分探し」。

自分は探すものではなく作り上げるものです。全面的に自分の責任で。

今週の写真は、出張で行った岩手県遠野市で撮りました:

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見たことのない土器でした。

なんと3000年前!西暦では紀元前です。

このほかにも石で作られた鋭利な道具も展示されており7万年前!!

周囲を山に囲まれた遠野市、今でも他所と違う文化レベルの高さを感じますが

古くから積み重ねられてきたものだと深く学びました。

今週も読んで下さりありがとうございました。

 

2019年9月30日 (月)

次世代に必要となる仕事とは

おはようございます。

ラグビーワールドカップ、やはり盛り上がってきました。

地元開催で数万人の応援がある、これはとてつもない力を発揮するのですね。

今日はそんな、目には見えない力について書きます。

 

先週の最後に、「モノづくり」で世の中を一変させる偉人について書きました。

今週はこれを補足します。

 

先週末に医師をしている友人と会う機会がありました。

同じ年頃の子供がいるので、

「子供たちは今後はどんな仕事を選ぶべきか」

という話になりました。

彼の答えは

「AI(人工知能)関連」

以外にも

「医者はほとんどいらなくなるよ」と。

曰く、

「症例が細かすぎ、また処方する薬も種類が多すぎるので人間の対応には限界がある」

「AIロボットに症状を話せば、適切な診断を下し、間違いのない薬が適切な量で処方される」

たしかに機械が間違えた診断を下す可能性もありますが、それは人間が診断しても同じです。

ただし、人間の医師にしかできないことがあるとも。それは:

 

「患者さんの声を聞いて励ます事」

 

この話は非常に重要です。

「励ます」とは、科学的に言えば見えない物です。

「かめはめ波」の様に、目に見える電流を相手に注入するわけではありませんから。

また機械の音声でも励ましの言葉を発せますが、そこにはエネルギーはありません。

実はここが現代科学の限界だと思っています。

科学は何でも可視化しようとしますが、いつも観察者である人間を上位に置きます。

でも先週書いたように、人間の存在自体がよく分かっていないのですから

そこには自ずと限界があります。

 

皆知っているのですよね、

信頼する人からの心のこもった励ましが、どれほど強いエネルギー持っているかという事を。

そしてその逆も。

特に自分の体調が悪く、不安に思っている患者さんであれば一層その思いが強いです。

自分にもこんな経験があります。

患者に向き合わずカルテだけ見ながら話しする、先端医療を標榜する医師の言葉に怒りを覚え絶望し、

伝統的手技治療をする先生のまっすぐな視線と

「大丈夫、治るよ」

の言葉で一瞬にして救われたことが。

実はその瞬間に「治療」はほぼ終わっていたのかもしれません。

後は「元気前向きパワー」をもらった体の自己修復機能がメインに。

ときには薬に頼り、安心することでその機能が働くこともあると思いますが、

やはり大きいのは目を見て人から直接いただく言葉によるものだと思います。

それほど、人のエネルギーは大きなものです。

スマホ中毒の現代人は、これを忘れさせられていないでしょうか。

繰り返しますが、適切な診断を下すだけであればAIで十分ですから。

でもその場合、「救われる」ことから始める治療はかなり難しいかもしれません。

 

「医師はいらなくなる」

「医師が居なければ本当の治療は始まらない」

これ矛盾するようですが合っているのです。

「人の気持ちが分からない医師は:いらない」

「人の苦労をくみ取り、励ませる人格を持った医師:引く手あまた、いないと困る」

 

ちょっと遠回りしましたが、これはモノづくりにおいても同じです。

一見同じようなものに見えても、そこに工夫や努力が詰まっているものは光ります。

そういうものは、分解しない限り見えないところまできっちり作ってあります。

日本が施工すると信頼性が高い、トンネルや橋、高層ビルといった大きな構造物に目を奪われますが、

実際に身近で使っているものにも、先人の努力が詰まっているものが多いです。

規格化されたものであれば、きっとロボットが複製大量生産できる世の中になると思います。

でも誰も作ったことのないものは、人間がエネルギーを注ぎこまなければ実現できません。

その「エネルギーを注ぎ込む」

という行為こそが、人が生きていると実感できる事です。

もっとも身近な例でいえば、「おはよう」「おやすみ」といった日常のあいさつです。

そして自分のしたことが人の役に立ち、感謝される

これほど幸せな状況はありません。

そんな仕事を職人仕事と表現することが多いですが、

物のない時代は誰もが職人気質をもって仕事に取り組んでいたと思います。

困っている人、必要としてくれる人のために、自分ができる範囲で物を作る。

人の一番幸せを実感する仕事を、儲けは後回しで、地域の皆が協力して行う。

かつての墨田区もそうだったと思います。そりゃ街も活気づきますよね。

 

これから社会に出る子供たちは:

自分が大きな可能性を持っていることに気づき、そのエネルギーを何かにぶつける。

生きている限りぶつけ続けられる、そんな仕事を見つけてほしいです。

きちんと前向きに仕事をしていれば、生活に困る事は決してありませんから。

 

写真ですが、少し前にものせた「セイタカアワダチソウ」です。

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台風15号の風にも負けずまっすぐ立っています。

いくら高くても、子供が片手で引っこ抜けるほど根は浅い。

それでも暴風に耐えてしまう。人の知恵、科学が解明している範囲の狭さを実感します。

でも中にはやっぱり風に負けてしまったのも:

Photo_20190927132501

ちょっと分かりにくいですが、写真右側から左にかけて倒れてしまっています。

そしてその先は、さらにまっすぐに立ち上がり伸びています。

夏も終わりそろそろ枯れ始めているのもありますが、

これは倒れたからか?最後の力を振り絞ってまっすぐに立ち上がろうとしています。

きっと理由や理屈など関係なし、命が燃焼をする姿を見せてくれます。

このエネルギーはたった一粒の種に秘められているのです。

そう思って見ると、大きな力を感じ勇気をもらえます。

今日も読んで下さりありがとうございます。

2019年9月24日 (火)

目標を「立てる」

おはようございます。

先週は、ラグビー誘致を魂で実現された方の話を書きました。

当時はだれもがありえないと思った、ラグビー弱小国日本でのワールドカップ開催。

一人の意志が周りの方を巻き込んで実現させた。

今週の話として、この時の状況を

「目標を立てる」

と表現します。

 

日々暮らしていると、人は横のつながりを頼る事によって生活しています。

母親が子供に弁当を作る、会社に行って仕事をする。

日々の活動をSNSで表現し、友人と共有する。

自分の持っているお金を払って、コンビニで弁当などを買う…

いわゆる日々の活動。

あまり意識しないで行うルーチンワークです。

現代人は飛行機やネットなどを使う為、その活動の範囲がとても広いです。

つながりは、横に横にピザの生地のように広がっていきます。

 

翻って、目標を立てるとは垂直方向の働きをします。

それは「ルーチンワーク」ではないので、一般的に困難を伴います。

まず、普通に生活している人にはなかなか理解してもらえません。

異質な行為ですから。

強い意志が無いと、平らな方向に引き寄せられて終わってしまいます。

でも、前回書いたような命がけの強い意志を持った目標に対しては

その魂性に同調してくれる人が現れ、どんどん高く昇って行きます。

そして多くの人が見あげて称賛するようにすらなる。

この状態を作り出せるのは、体の働きではなくて意思。

意思とは志であり、魂の叫びです。

これができることが、人間と他の動物を分けている唯一の違いかもしれません。

 

動物(犬や猫、豚さんや牛など)も、日々自分の体の安楽と維持を求め暮らしています。

日が照れば日陰に移り、お腹がすけば食事を探し、眠くなったらゴロンと横になる。

飼い主(エサを与えてくれる人)がくればかわいく振舞い、媚を売る事も。

繁殖期に入ればパートナーを探して子供を作る。

その後も、特に雌は自分の子供を一生懸命育てしつけをすることもあるでしょう。

これらは体の命をつないで行くための、横方向の当たり前の行為です。

 

私たち現代人はこの動物たちと同じようなことが出来ることで

満足してしまっているかもしれません。

ふと、それは「逃げ」かもしれないと思う時があります。

もちろん、家事や仕事で工夫をし誰かの役に立つことは尊いことですが、

それも多くの動物がしているとは言えないでしょうか。

身近なアリさんも、力を合わせて来る冬に備えています。

 

仏教に「月のウサギ」という話があります。

力尽きて倒れていた老人を、サル、狐、ウサギが助けようと決意します。

サルは山で木の実を、狐は川で魚をとってきて老人に食べさせます。

ところがウサギは何も取れません。

どうしても老人を助けたいウサギは、サルと狐に頼んで鍋に湯を沸かしてもらいます。

そして煮立ったところで、

「自分の体を食料としてください」

と飛び込みます。

その刹那、老人が本来の姿「帝釈天」に戻り、ウサギを助け、

その善行を後世に伝えるために月へと送った。

という話です。

 

普通に生活している日本人(自分も含め)は、このような考えに接する機会が殆どありません。

上の話を知ると、真の宗教とは何かをお願いする存在ではなく、

人として生きるための垂直の道筋を見せてくれていると気づかされます。

体はそれを実現するための道具であり、人間としての主は「魂」であると。

もし体の安楽が主であれば、他の動物と差がはっきりしなくなります。

 

目標を立てる=志を立てる。

その姿に魂がゆすぶられ人は進化していく。

その思いや波動は、たとえ体の一生が終わろうとも後世まで受け継がれていく。

一代では終わらない真の偉人の一生です。

誰もがそこに到達できる可能性があるのが、人間のすごさです。

モノづくりの世界では時々そんな偉人が現れます

「世界初」の製品化などで世界を一変させますから。

 

写真ですが、雨上がりの朝に会社近くの首都高環状線からの景色(助手席から撮影):

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少し高いところに目線を移すだけで、山の稜線がくっきり見え

正面にはっきりと富士山が見えました。

事務所にいれば決して気づけない景色です。

今週の内容と同様、垂直方向に目線を移す大切さを学んだような気がしました。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2019年9月16日 (月)

ラグビーワールドカップ開幕 誘致実現に至る英雄の話

おはようございます。

今週金曜日、ラグビーワールドカップが開幕です。

ラグビーはイギリスで特に人気があるスポーツですが、

日本ではまだ国全体で盛り上がる程ではないかもしれません。

ただ、実際にスタジアムで観戦すると誰もがその魅力に引き込まれると思います。

激しい中にも、統率の取れた気高さを感じるというか。

きっと今回のワールドカップで日本チームが勝ち進めば、一気に盛り上がると思います。

 

先週、元ラグビーヤマハ監督、清宮克幸氏の講演を聞きましたので、まとめます。

話の骨子は、今回のワールドカップ誘致を言い出した方の話です。

その方は奥克彦氏。

この方は外交官で、清宮氏と同じ早稲田ラグビー部の先輩。イラク銃撃事件で亡くなった方です。

奥克彦さんは、早稲田でラグビー部に入るが、同時に外交官になる夢も持っていました。

ただ学業を続けるためにアルバイトもしなければならず、

泣く泣くラグビーをやめなければいけなかったという経験があったそうです。

その後、願い通り外務省に入省し海外留学に行けることに。

そこではラグビーの本場英国のオックスフォード大学を選択。

そしてラグビー部に入部し、とても異例なことに一年目でレギュラーに抜擢。

そして五試合に出場。

二年目はさらなる飛躍が期待されていたが、ちょうど留学されてきた天皇陛下(当時の皇太子)の世話役を

引き受け試合への出場は減ったそうです。学生ですが、外務省職員ですから。

その当時帰国すると必ず会っていたのが、早稲田ラグビー部先輩の森喜朗氏(元総理)。

ラグビーの話を熱く語り、その中で日本でのワールドカップ開催の話もされていたそうです。

2003年11月に悲しい事件が起きてしまい奥さんが殺害されると、

森さんはその遺志を継ぐために本格的に誘致活動に本腰を。

この経緯を知っていると、ラグビーワールドカップが日本で開催されることが

「偶然」や「幸運」

ではなく、強い意志で達成されたことに気づかされ、観戦にも熱が入るのではないでしょうか。

 

奥さんが常に大切にされていた言葉が

「ノブレスオブリージュ(フランス語)」

直訳すると

「高貴なるものの定め」

この言葉を知り、清宮さんも行動が変わったそうです。

奥さんがテロリストに殺害される直前に、週刊誌に「狙われる外交官」という記事が載ったそうです。

そこには奥さんの名前も。

そこで清宮さんが、奥先輩に注意喚起のメールを送ったところその返事は:

「メールありがとう。今、外交官としてイラクの子供たち、そして日本の為に働き生きている。

 どうして帰れようか。まだハーフタイム。ノーサイドまでは帰れません。ダイハードです(笑)」

それが最後の連絡に。

(ダイハード:映画にちなみ「どんな危険でもなかなか死なない」の意味)

 

奥さんの死後、知人が集まると最初は

「なぜ奥さんが殺されなければならないのか」

と皆荒れたが、次第に

「俺たちのできることをやろう」

と考えがまとまっていったそうです。

そして奥さんがイラクでやろうとしていたことをたどると、それはイラクの子供たちへの教育支援でした。

そこで「奥:井ノ上(一緒に行動し殺害された外交官)基金」を作り、数百の学校に黒板や図書、地図を

送ることが出来たそうです。

贈った黒板には端に日本国旗が描かれているので、多くのイラクの子供たちが日本国旗を見ながら勉強をする事に。

ノブレスオブリージュは、出会う人や、そのタイミング、時間によっても変わって行くと。

清宮さんはヤマハの監督を退任後、一度ラグビー界を離れる決意をされたそうです。

その後協会内のクーデターがあり、再度より重要な責任者としてかかわる事に。

今の清宮さんにとっては日本のラグビーを作り上げる事と仰っていました。

(講演引用ここまで)

 

ラグビーワールドカップ誘致へかける情熱。個人的には森さんへの見方が変わりました。

ここまでスケールの大きな話ではなくても、我々一人一人やるべきことを見据え、

そこからぶれない様に日々大切に一生懸命生きることは、とても大切な事です。

目標は、一見小さなことでも十分貴重だと思います。

学生であれば学年で50位以内に入るとか、スポーツの大会で一回戦を突破するとか。

社会人ならミスなく業務を行う、安全運転で確実にものを届ける、

事故無く日々の予定通りの数量の製造を終える、など。

目標を見据えて生きている人は、一見同じように見えても「歩き方」や「目」が違います。

社会が停滞している外国に行くと、目標無くぶらぶらと歩いている人が多いです。

当然目つきも悪くなり、治安が悪化して共同体が壊れていきます。

自戒の意味も込めて書きますが、

目標無く生きてしまうとあっという間に時は過ぎてしまいます。

逆に見定めた目標は、かなり高い確率で達成できると実感しています。

もし先が見通せない時間があれば、決して不安にならず、

次の目標を見つけるための勉強の時間ととらえればよいです。

目標を見据えるというのは、きちんと生きるために何より大切な事だと思います。

そしてもう一つ、目標を見据えるために必要なこと。それは

「縁を大切にする」

という事。

清宮さんの話は、ここに書いた以外もほぼ全て「早稲田ラグビー部」つながりでしたが、

それは早稲田のラグビー部が特別という訳ではなく、

知り合った縁を大切にして、つないで行った清宮さんのすごさだと思います。

きっと明治のラグビー部に所属していても、同じような仕事をされていたと思います。

一所懸命に。

ラグビーワールドカップ誘致の話から深い学びを頂きました。

 

写真ですが、台風15号の被害状況です。

千葉県は本当にひどい被災状況で、まだ被災状況も分かっていない状況ですが

身近なところでも被害がありました:

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小学校脇の通勤路には、人の手では動かしようがない大きな木が道をふさいでいました。

ちょうどぎりぎり一台分のスペースがあったので、混乱状況にならずに済んでいます。

会社の駐車場では:

Photo_20190912141301

壁が倒れていました。

いつもはこのスペースに皆が自転車を止めています。

こちらもぎりぎり駐車中の営業車をかすめるように倒れています。

どちらも後少しでより被害が大きくなるところでした。

幸運です。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2019年9月 9日 (月)

本当は怖い合理的な事

おはようございます。

今朝の関東地方は台風で交通が大混乱です。

千葉県民は、京成線と総武線、そして京葉線、常磐線が不通で東京に行けない状況です。

やっと乗れた北総線は、

「もうこれ以上乗れない!」

からさらに数人乗ってくるような状況でした。

この状況、ちょっとした非日常で変な話ですがなんだかうれしくなってしまいます。

皆が協力してだまって同じ苦痛に耐える、日本人らしいなと。

ただ数年に一度の経験で十分です。

このような事態になると、普段の「当り前」がいかにすごいことなのか実感します。

公共交通により感謝して乗ります!

 

ここ2週間にわたって、一見不合理なことが人を成長させる、世の中不合理が当たり前

という事を書いてきました。

見方を変えて、

「合理的」

な状況とはどんなことか、考えます。

 

ドイツにアウトバーンという、一部区間速度無制限の高速道路があります。

この高速道路は大変「合理的」な道路です。

まず、日本では考えられない速度を自分の責任で出せるので、目的地に早くつくことが出来ます。

また、もし道路で事故があった際は、航空写真を撮るだけであっという間に事故車両は撤去され

一般使用者への二次被害を減らします。

日本では現場検証で道路を通行止めにしたりしますから、大きな差ですね。

さて、ここまでであれば合理的で良いという事になりますが、

こんな側面があります:

速度無制限の区間であっても、「推奨速度」というのがあり大体90~130km/hだそうです。

このスピードを超えて事故を起こしてしまった場合、

状況にかかわらずほぼスピード超過の車の責任割合が圧倒的に高くなります。

自由の後ろには、常に自己責任という厳然たる義務が発生することを教えられます。

 

ただし近年のドイツでは、移民の方が大変増えたため、この義務感を学んでいない方も車に乗るため

保たれていたアウトバーンの秩序が乱れてきているようです。

速度無制限の区間は事故多発区間となってしまえば、近い将来速度規制される路線ばかりになるでしょう。

今までその利便性を享受していた方にとっては災いですが、社会の秩序を維持するというのは

そこに参加するすべての人の高い義務意識に支えられているので、その前提が崩れれば

すべて「罰する」方向に進んでいくしかありません。

自由とはそれほど尊く、かつ実現するのが難しい状態なのです。

ごく一部の人の無理解で、あっという間に崩壊してしまいますから。

 

この様に合理的とは、常に罰せられる責任を負った緊張感の高い状態ともいえるかもしれません。

逃げ道や遊びがありませんから。

逆に不合理は一般的で当たり前な状態なので、リラックス。

なんだか文字から受ける感覚と、実際の感覚がずれますね。

 

合理的な判断が難しい例として、夏場のエアコン使用があります。

個々の判断では、暑い夏にエアコンを使うのは

「合理的」

です。

ただほぼすべての土地がアスファルトで覆われている都会では、

その行動は「ヒートアイランド現象:夜でも冷めない魔法瓶状態」

を引き起こし、ゲリラ豪雨の原因になるともいわれている

「不合理」

な状態です。

ではすべての人が暑いことに耐え、扇風機で我慢し、

また泥だらけになろうともアスファルトをはがして打ち水をする。

そんなこと可能でしょうか?

個人的には難しいと思います。

大げさに言えば、個々の「楽」の積み重ねにより異常気象で世界が終末を迎えようとも

変えられないと思います。

でもこの矛盾にこそ技術革新という人間の成長の可能性というエネルギーが

秘められているように感じます。

若者には科学立国に本を背負う気概を持ってほしいです。

 

全てが合理的な社会というのはあり得ませんが、独裁者がいる社会では

その人が考える事=理屈。

逆らうものは処罰。これが独裁国にとっての合理。

怖いですよね。

歴史上、人心が乱れ、社会騒乱の状況になれば、必然的に独裁が必要になっています。

そうならない為には、各自が歴史や哲学を学び、自己防衛する。

そしてその輪を広げていく。そのような教育が生きわたる環境を維持する。

これこそが平和への唯一の道であり、核兵器を持つことでは決してありません。

科学的知識と同時に歴史哲学も深く考えが及ぶ。

本物のエリート教育です。

日本にはそれができる素地がありますので、後はそれぞれのやる気次第です。

実際には、言うは易きですでとても難しいです。

自分もまけないように頑張ります。

 

写真ですが、近所の普通のスーパーで見かけた驚きの光景です:

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家庭寿司の海苔を探していたところ、とんでもない大物に巡り合いました。

5枚1,500円!一枚300円。一畳分ではなく、普通の手巻き寿司サイズ一枚です。

一緒にいた妻もびっくりして、その後スーパーに行くたびに定点観測をしたようです(笑)。

すると減って行っていると!

確実に売れているのです。

もはや消費税2%の上げはどうでもよく感じる領域です。

どんな方が買い求め、どのように使っているのか…

世の中知らない事ばかりです。

今日も読んで下さりありがとうございました。