生きるという事

2020年9月14日 (月)

調和と幸運

おはようございます。

先週は新しいビジネスを始めるに際し、お客様と一緒に加工依頼先様を訪問しました。

お客様からご指示いただいた図面を実現するには、特殊な加工が必要なのですが、

自社ではできず、また日頃お取引いただいている協力会社様でも不可。

という事で久しぶりの

「端から電話大作戦」

その技術をアピールされていて、かつ訪問可能圏内(関東地方近県)で作戦決行。

まず10社くらいピックアップして、その半数位に電話。

すると、今回の依頼内容の難しさがだんだん分かってきます...

諦めかけ、時間もすでに17:00過ぎ。

これで最後にしようとかけた一社から

「大丈夫ですよ」と。

それが今回訪問した茨城県の会社様。

 

ただ、そこからも問題が。

加工内容に対する見積りがなかなか出てきません。

丁度ISOの監査とぶつかってしまった様です。

でもお客様には関係のない事なので、それは言えません。

何とか急いで回答をしなければ...

とは言え、初めてお付き合いさせていただく会社、

そして他社ではほぼ受け付けてくれない加工内容。

何度も問い合わせするわけにもいかず、じっと待つしかありません。

ただ、一週間経っても見積りが来ない為ついに電話しました。

 

すると、電話対応いただいた女性から意外な答えが:

「昨日社長の指示で郵便で送っておきました」と。

なぜ郵便...(涙)

わがまま言って、送ってもらった内容をFAXしてもらいました。

すぐにお客様にコストをお知らせし、仕事が動き出して一安心。

 

ただ、びっくりはここからでした。

翌日届いた郵便を開くと、なんと見積りと一緒に製品サンプルが!

材料すら送っていないのに、図面通りに再設計、マシンへの数値打ち込みの上

機械加工してくれていました。

さすがにこれは初体験。

 

今回の訪問時社長に内情をお聞きすると、

「工程がたまたま空いていたので(監査の合間を縫って)加工をしておきました」

「材料もたまたまホームセンターに近いサイズの物があったのでラッキーでした」

と。

僕はこの

「たまたま」

という言葉にとても大切なものを感じました。

それは縁なのでしょう。

お客様が、うちに出来ないと思われる加工を振ってくださる。

振っていただいた恩に報いたいと、諦めずに調べそして電話をかけまくる。

全てが

「たまたま」

です。

そして今回初訪問にもかかわらず、温かく迎えていただき

工程を見せていただくばかりか、再度実際に工程を動かして製品製造。

今後に向けての大変良い打ち合わせができました。

現場で機械を前にして打ち合わせをすると、

頭が活性化してきて双方活発にアイディアが出ます。

テレワークでは実現できない事を成し遂げる、大変貴重な時間となりました。

 

前向きに頑張っていると、結果「幸運」を引き寄せ、

とんでもないことを実現できる。

仕事とはその繰り返しだと思います。

そして運を引き寄せるために大切な事は、

「調和」

です。それは仕事中はもちろん、常日頃の態度、発する言葉、服装...

不調和には幸運は訪れません。

こう考えると、「たまたま」と「必然」は表裏一体、コインの裏表ですね。

恩を大切に、受注、そして量産、納品まで気を抜かずに進みます!

 

写真ですが、今回の出張で立ち寄った常磐道SAの売店で:

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ここだけ縁日のような華やかさ、よく見るとこれらは納豆です。

展示の仕方一つで、同じ商品でも全く違うものに見えてきます。

普段はスーパーで売っているパックの納豆を頂きますが、藁で包まれた納豆の味は別格でした。

食品については、短期で色々なブームが来ますが

本命かつずっと続くのが納豆ブームの様な気がしています。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年9月 7日 (月)

新年度スタートへの決意 メダカの求愛行動

おはようございます。

日向工業は9/1より第70期に入りました。

69期は本当に経済状況が厳しいものとなりました。

70期に向けては:

以前から取り組んでいた医療機向け金属加工、

そして環境対応機器への金属部材供給、

新規開発材料のプレス加工と

基本とする半導体向け部材の支える仕事が新しい柱に育つように営業を進めています。

あたらしくプレス加工や金属加工そしてメッキ加工を始める会社は

ほとんど無いと考えられますので、与えられた責任をきちんと果たしつつ

日本のモノづくりを支えていく決意です。

 

日々仕事をしていると、気分転換により新しい発想を得る大切さを感じます。

同じ方向に考えを進めてしまうと、煮詰まったり、

悪いことが次から次へと浮かんで必要以上に不安になったりしてしまいますから。

 

最近、そんな時に効果が有ると感じるのは

「草むしり」

暑い時期には、次々と雑草が生えてきます。

放って置くと大変なことになりますので、こまめな作業が必要です。

まだ気温の上がっていない朝方に、無心にその作業を行っていると

良い発想が浮かぶことが多いです。

なぜこの作業が良いのか:

 

まず体(筋肉)を使うというのは、後ろ向きの発想を消してくれます。

いわゆる「汗を流す」というのも、基本はここにあると思います。

経営者や企業で大きな責任を負っている人は体を鍛えている人の割合が多い

とも聞きますが、こう考えると納得です。

 

そしてこの作業は、「仕事」ではないという事。

嫌ならやらなくても良い。冬になれば枯れますから。

ただし、芝生だか雑草だか苔だかが混ざってぐちゃぐちゃになってしまいます。

自然と気分も悪くなってしまいます。

逆に毎日気を付けてきれいに保っていると、小さな庭でも気分が良くなります。

 

この、自分の意志で誰にも束縛されずに、身の回りを整えたり気分を良くしたりする作業。

これこそが豊かな発想を生む行動の様な気がします。

釣りが好きな方も、もしかしたら同じような感じなのかもしれません。

最近はテレビの報道が極端すぎて、見ているだけで悪い想念に引きづりこまれます。

上の例で考えれば:

じっとTVの前にごろんとして筋肉を使わず、

報道を見ているとさらに自分の行動を縛る(コロナ自粛)方向に引っ張られてしまう。

それは免疫力も低下して、だれでも具合が悪くなってしまいます。

新しい期に向けて、まず自分の体調コントロールが大切です!

 

写真ですが、庭での作業でもう一つ大切な事:

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メダカの飼育。

ある日エサやりをすると、すごい勢いで動くオスメダカが。

ワープするような動きで、直角に曲がったり、水面から飛び出しそうな勢いでまっすぐ進んだりしています。

それは「求愛(きゅうあい)行動」

普通、人が近づけば深いところに逃げますがこのつがいはずっとここにいます。

 

補足:

メダカのオスは産卵直前のメスに認めてもらおうと激しく動きます。

メスが認めると、オスはメスより長い尾びれと腹びれでメスを包むようにくっつきます。

何やら神聖な行為の様に見えます。

でも必死の求愛行動でできた卵や子メダカも、狭い鉢の中では親に食べられてしまいます…

 

すぐに家にいた息子にも見せようと

「長男君にスマホを持って庭に来るように言って!」

と家の中にいた妻に言いました。

やってきた息子としばらく観察していましたが、高2の彼は

「なにがなんだか分からない(どれがオスかメスか)」

とほとんど興味を見せず。

仕方ないので独りで楽しんでから部屋に戻り、

「メダカの求愛行動を見せたんだけど、長男君は興味を持たなかったよ」

と妻に告げると

「きゅうあいこうどう!!」とびっくりしています。

「メダカにきゅうあいこうどうがあるの!?」

と、とんでもないことを言い出します。

「当たり前じゃないか、すべての動物は求愛行動をするんだよ」と僕。

まったくメダカを馬鹿にしています。

その後もかみ合わない会話が続きましたが、

理由が分かりました。妻は、

「メダカのQRコード」と聞き違えていました…

ある訳ないです。

そりゃ驚きますよね。

考えればわかる気もしますが...

 

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年8月31日 (月)

「摩擦」について先週の補足

おはようございます。

終末に安倍総理の辞任会見がありました。

リアルタイムで1時間見ましたが、何か胸に迫るものがあり

最後は拍手をしていました。

大変な重責を、過去誰もなしえなかった長期間背負い続けた。

感動しました。

そこで、安倍さんへの感動とは違う視点ですが、

先週読んでいただいた「感動不足」について補足させてください。

 

感動=生きている濃さ=摩擦を起こしながら生きる

と書きましたが、ちょっと分かりにくいと感じました。

真剣に生きていると起こる現象が摩擦なのですが、それは一言で言うと

「反発」

例えば、反抗期の子供が親に反発する。

それは自分を認めてほしいから、親にぶつかっていき、

時には同じような境遇の友人と共に暴力的行動に走ってしまう。

特に自分が子供だった高度成長期は、多くの親も訳も分からず多忙になり

資本主義と言う荒波に飲みこまれ、「家族」や「家」と言う事を考える

余裕がなかったような気がします。

そして現代では、当時は大体家にいた「母」も外で働くことが珍しくなくなり

身近にぶつかる相手(甘える相手)がいません。

また、身近な反発や疑問・寂しさなどを吸収しくれる

「スマホ」や「ネットゲーム」

という道具が身近にあります。

わざわざ友人のもとに集わなくても、何とかいろいろな思いをやり過ごすことが出来ます。

結果、「熱」は内にこもり発散されないまま、そして反発することなく体が成長していきます。

自分が本来成すべき仕事に向き合うことなく。

 

反面、自分が何をするべきなのかを探し求めるとどうなるか?

反発が起きます。

多くの場合、学校を卒業するとある職種を定め、会社に雇用されることで修業が始まります。

修業や教育を経て、実務をこなして初めて人の役に立つのですが

多くの人がそこで感じるのが様々な反発です。

 

学校とは受け身の教わるという事が主体で、成績や偏差値と言う厳然とした

評価基準がありますが、社会に出れば自分自身がどれほど役に立てるかと言う

全体評価(はっきりと数値では表せない)に変わります。

そこに気づくまで「反発」は止まりません。

 

理不尽な命令や納得できない用事を言いつけられる事。

そして大きいのが対人関係

「不愉快な上司」

「サボってばかりの同僚」

「口先だけで上司におべっかを使っていい思いをする先輩」

自分が出来ていないのに、他者を評価するのですからキリがありません。

他者を評価している間は、自己成長が止まってしまいます。

 

でも、実はそう思っている人はすでに自分の道をそこに定め、それを受けて入れているのです。

それこそが、先週書いた「摩擦を起こす」という事で、人が成長するときに誰もが通る道です。

決して逃げることはできません。

もし逃げるとどうなるか:

仲間(他者)の役に立てず、社会に居場所を作れなくなります。

そして社会に関心を失います。

会社組織でそうなってしまえば、自分の役割を放棄したという事になってしまいますので

違う例を引いてみます。

 

「ひいきのプロ野球球団が3連敗すると大いに怒るが、違うリーグの興味がない球団10連敗は無関心」

「以前は夫婦喧嘩が絶えなかったが、相手に絶望をしてしまえば関心を失って喧嘩にすらなり得ない」

「道端で倒れている人が居た、でも自分とは関係ないし面倒なので素通りする」

冷たい風が吹きますよね、下に行くほど...

人の生活から遠ざかります。

 

この様に関心を持つというのは、そこに熱を発生する状態を示します。

何事にも関心を持ち、主体的にかかわる人は当然様々な摩擦を起こしてエネルギーを消耗します。

でもそのエネルギーこそ人の人たる所以であり、活力の表現、そして運命を受け入れている証拠です。

運命が回り始めると人生が怖い事の連続だと気づきかされます。

でも怖くなければ人生ではない!

そう思えば、どんなことにも立ち向かって切り開いていく勇気が湧いてきます。

 

写真ですが、相手を見定めて戦う!

その相手とは:

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スーパーマリオクッパ!

冒険の始まりです:

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最後を拡大します:

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スカイツリータウンにて、レゴで表現されていました。

小さなブロックで、ゲームの世界を再現する。

すごい熱意です!

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年8月24日 (月)

運動不足より感動不足(日野原先生の言葉)

おはようございます。

先週から長い夏休みを終えて、営業再稼働しました。

お客様の動向を見ていても、少しづつ生産が回復してきているように感じます。

年末に向けて、少しづつ良い風が吹いてくると思います。

 

今日の話ですが、先週写真を載せた

「夏休みに読んだ本」

の中からの言葉です。

105歳で亡くなられた、聖路加病院の日野原重明先生が最後に出版された本の中の言葉です。

「振り返ると80歳の時の自分はまだまだかわいいものだった」

「この年になっても、気の合わない人と気楽に過ごす事は難しい」

「人を許すという行為は本当に難しい」

 

補足:日野原先生(当時58歳)はよど号ハイジャック機に乗り合わせて、4日間機内監禁。

この事件からの生還をきっかけに古い自分が死んで、新しい自分になったと。

その悟りは「新しい命は、自分以外の人間の為にすべて使う」というご自身の生き方に。

 

など良い言葉がたくさんあるのですが、個人的には今日の題

「運動不足より感動不足」

が響きました。

日野原先生は、100歳を超えてから絵画を習い、100年付き合っていても知らなかった

「自分」を発見する事に大きな喜びを感じられていたそうです。

そこには、100年付き合っている自分が分からないのですから、

他人を理解する事は難しと言う当然という気づきも。

 

自分でも「感動」について考えてみます。

例えば、楽曲(歌謡曲や演歌、クラシック)の一節に感動する、時には涙が流れて止まらない。

(個人的には特にお酒を飲んでいると、この様な状態に陥りやすいです)

何がそうさせるのか、それはその一節の曲や歌詞が心の琴線に触れる

忘れていた思い出をかき立てる、懐かしい人を思い出す...

何かを感じて心を動かす=感動。

これは人生経験の積み重ねなので、まっすぐ生きていれば日野原先生のおっしゃるように

80歳より100歳の方が感動が深まる、そして人間にも深みが出ると言えると思います。

自分自身も意識せずに、がむしゃらに前のめりで生きていた、その一瞬を楽曲によって思い出す。

時には何かを失った悲しみを思い出すこともあるでしょう。

それはその人が一瞬一瞬を大切に生きてからではないでしょうか。

 

また別の観点から考えます。

東京の山手線には30駅あります。

48歳の自分でも、その多くの駅に思い出があります。

水道橋ではあいつとケンカしたな、

池袋では妹をだまして自分の欲しいゲームを買わせたな、

新大久保ではあの社長とビリヤード対決に没頭したな、

新宿ではあの喫茶店で良く待ち合わせをしたな、

通学で通った田町は朝早く研究室のカギを守衛さんに渡してもらったな...

キリがないです。

でも多くの人がそうだと思いますが

「高輪ゲートウェイ駅」

にはそんな郷愁を誘うような思い出はありません。

ましてや竹内まりやの「駅」を聞いても、そこで涙する人はいないでしょう。

それはそうですよね、まだ出来たばかりですから。

 

この様に、感動とは人の生きた濃さに比例するのだと思います。

日野原先生が、

「現代人は感動が足りない」

と仰るのは、目の前の人や組織に真剣にぶつかっていないという嘆きなのではないでしょうか。

街では歩きながらでもスマホを凝視する人が居ますが、

それは「一目ぼれ」という大変貴重なチャンスを逃していることになります。

駅も、出会いや別れが無ければ、すべて「ゲートウェイ」になってしまいます。

万事この通りで、得しているつもりが大損。

上手く生きるのではなく、あちこちぶつかりながら摩擦を起こして生きていく。

その結果、自信が成長して何事にも動じない、日野原先生の様な穏やかな表情になる。

本から大切な学びを頂きました。

 

写真ですが、週末に10数年ぶりで新調したゴルフシューズ(白いほう):

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今まで使っていたもの(黒いほう)は、革製のしっかりした作りでずっしりと重かったです。

内側のブラスチックがボロボロに崩壊し、底のゴムも割れてきたので感謝しつつ入れ替え。

写真の通り、古いものはスパイクをねじ込むタイプ。

重さ硬さ、そしてこのスパイクのせいで、カートを使わず歩きでラウンドすると疲れを感じます。

ということで最新の、軽量で柔らかいスパイクレスを購入。

不規則なゴムの出っ張りが、スパイク同等以上の効果を発揮して滑りにくいそうです。

実際に観察するとそのでっぱり(赤い部分)をソールに接着してあるのがわかります。

接着剤のすごい進化を実感します。

金属同士を溶接する、ロウ付けする、カシメる。

それらは、ほとんど接着剤で代用できる時代が来ているのかもしれないと感じます。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年8月 3日 (月)

アパレル(服)は魂の表現手段

おはようございます。

前回はアパレルの話を書きましたが、もう少し考えてみます。

 

先週、お客様のとの打ち合わせで都心部に行きましたが、公共交通機関で出会う人が

ほぼ全員がマスク着用しているのは本当に日本らしい光景だと思います。

しかし、気温は30℃位でしたが、スーツ、ネクタイ着用はおそらく自分だけ。

特にネクタイは絶滅危惧なのを実感します。

我慢してきているわけではなく、好きだから着ているのですが

周りから見るとちょっと異様に見えるのかもしれません。

大切な打ち合わせがあるときには、この方が身が引き締まりますし

不思議と汗もかきません。

商社営業時代からの「職業病」かもしれません。

 

最近は服装からその方の職業を見極めるのがとても難しいと感じます。

公共機関や銀行でも「クールビズ」推奨ですから仕方ないですね。

服装は軽く、体に負担が無いようにして環境にも配慮?が流れですから。

 

ここで今週の表題「服は魂の表現手段」について考えます。

例えば「抜刀」という武道について考察してみますと

刀を「型」に沿って動かす。

実際に見た方は気づかれると思いますが、達人の「演武」には誰もが引き込まれる力があります。

ではその求心力は何なのか?

刀の動きだけであれば、現代日本の最先端ロボットが完璧に再現できます。

刃の向き、振り下ろすスピード、納刀する際の微妙な動き...

その動きは人を「感心」させることはできると思いますが、

「感動」させて涙を誘う事は無いように感じます。

何がロボットでは再現できないか:

演武は入場する時から始まっていますので、その足取り・表情・そして刀に対する感謝の念...

そして何よりその道着の着こなし。

特に袴の上にギュッと締める帯、臍下丹田にこめた力を逃がさぬように。

更にそのきつく締めた帯に隙間を作り、魂の存在である「刀」の鞘を納めます。

もしすべてが完璧でも、服装がジャージと鞘を固定するゴムバンドであれば...

気が抜けてしまい、もはや抜刀は成立しません。

服装を整え、臍下丹田にためた力(魂)を刀を通じて自由自在に外に表現出来るようになるのです。

 

スーツと道着の比較、違っているように見えて似ているように感じます。

これはいつも書いている

「体」が主なのか、「魂」が主なのかにも通じる話だと思います。

例えば女性のおしゃれは、本当に世の中を明るくします。

それはおしゃれをしている女性の楽しい気分が、世界に発散されているからではないでしょうか。

男も自分の立場なりの服を着て、秘めた魂を外に発散する。

それは決して「威圧」ではなく、服によって良い思いが増幅されているという状態で。

 

男女ともに良き魂の発露は、真の自由の表現をしていると言い換えられると思います。

上で考える様に「自由」とは体が楽になる事ではなく、

それを超えて発展しようとする魂の自由自在な動きであり、

精神的なものだとも言えるのかもしれません。

それを人は「文化」と呼んでいます。

文化とは苦しい側面があるから、輝きを放つのですね。

現代は何か冷めた感じが漂っていると感じますが、更にコロナにより蓋をされてしまいました。

騒動が収まったら、おしゃれをして外出して、楽しい気をふりまきましょう!

 

写真も先週に続き:

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やっと梅雨明けした週末。

三年生最後の試合が終わりました。(息子は二年生)

この日は勝って市内三位。

コロナの影響があり、違う意味で苦しい年となってしまいましたが

その分輝きを放つような生き方をしてくれると思います。

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年7月20日 (月)

お盆

おはようございます。

先週、社内で週末何をしていたかを仲間と話していると

「お盆だったので、墓参りに行きました」と。

すっかり失念していました。

仏壇が無い家庭で育ったので「お盆」というと夏休みのイメージが強くて。

今回は、自分に足りないことを知る良いきっかけになりました。

 

お盆とは、ご先祖様に感謝し、また魂が帰ってくる日とされています。

このブログでは魂の話を良くしますが、今回はちょっと違う見方をしてみます。

 

魂の乗り物が

「体」

主は魂で、体は従。

魂はどこにあるのか?

それは世間に満遍なくあり、あるきっかけで見える様になる。

丁度、電線に流れる電気は見えないけど、

その電気を電球で捕まえることにより光って力を表すように。

街の明かりを見て、そこに人が暮らしていることを実感し温かい気持ちになりますよね。

 

電気と魂はこのように似ていますが、違うところもあります。

電気は使えば減ってしまいますが、魂は光り方によっては太くなってそこに存在し続けます。

これは例えれば、

現在日本がある大恩人である西郷さんが良き「日本魂」を遺してくださった

そして「南洲翁遺訓」を読むことによって、その魂に触れられる。

とも言えるかと。

 

縁あり両親から体を頂きこの世に生を受けた、自分。

多くの魂と触れ合いながら、自分の「魂」も体を使いながら成長させ、

体の一生を使い切ったら感謝してお返しする。

その悠久の時の流れを、かつての日本人は実感として分かっていたのです。

 

翻って現代人はどうなのか。

体は自分を表現する唯一の大切な、そして弱くもろい物なのに、

自分の「物」なんだからどうしようが他人に文句を言われたくないと

思い違いをして、悪魔の様に自分勝手に過ごす。

そして魂=電気をとらえる電球=体が、まるでLED化して超長寿命であるかのように錯覚。

でも結局、複雑な基板(駆動回路)の故障で電球では起こり得ない突然死を迎えてしまうことも。

 

先ほど魂は電気と違い太らせることが出来ると書きましたが、

反面次世代がどんどん貧しくなってしまうような使い方もあります。

現代の根深い問題です。

 

現代はアウトドア、キャンプブームの様ですが、本能的にこれらの異常さを察知して

自ら自然と一体化する事でバランスをとろとしているのかもしれません。

そう考えると、真空管アンプの光や、ガソリンランタンや焚火の光に心が癒されるのも

何となく納得できます。

 

写真は、JR品川駅構内で撮影しました:

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公衆電話が7台並んでいます。壮観です。

電話も、目には見えない信号を機械で受発信する事により人の声を伝える。

今日書いた電球と同じですね。

今日も読んで下さりありがとうございました。

 

補足:日向工業ホームページに有った訪問カウンターは、サーバーの仕様変更で無くなりました。

2020年7月13日 (月)

製造業打ち合わせに見る、良きボーカリストとは?

おはようございます。

先週は、久しぶりに横浜の金型屋さんを訪問して

新しい工法について良い打ち合わせができました。

良い仲間と組んでのビジネスが、次世代の柱に育つことを期待しています!

 

今回はコロナ禍での打ち合わせだった為、マスク着用で行いましたが

マスクに声がさえぎられている様で違和感がありました。

今日はこう感じた理由を考えます。

 

まず結論:

声とは気を運ぶものであり、声を遮ってしまえば気が届かないから。

全く同じ言葉を掛けられても、「気」が通じなければ響かず、

通じれば一生大切にするの金言にもなりえる。

 

これを僕の好きなボーカリスト(歌手)を上げて考えます。

女性ボーカルで好きなのは、サラヴォーン。

とんでもない声量で、マイク無しでも大ホールの床が振動したそうです。

また音域もとんでもなく広く、どんな曲でもこなしてしまいます。

そういった数値化できる能力にもましてすごいのが、情感の込め方。

これこそが気を運ぶという仕事。

素晴らしい声、独特の歌い方で、更に一音に「気」を込める。

いつ聞いても人類最高のボーカリストだと実感します。

 

男性であればフレディマーキュリー。

最近は映画にもなったため、多くの人が知るようになり嬉しいです。

彼の声は、

「気を乗せる」

というのを超越して、命を燃やしている。

毎回死んでも良いと思って発声しているかのような迫力を感じます。

自然と涙が出てきます。

 

日本人では美空ひばりがすごいです。

フランスで日本の歌文化を伝えるという試みが有ったそうです。

担当指揮者はいろいろな日本音楽を聞かせるが、どれも響かず。

(オペラやクラシックなど理解しやすいものだったのかもしれません)

そこで半分いたずらで、自分の為に持っていた美空ひばりを聞かせたところ

歌詞の意味は分からないはずなのに、

「これは凄い」

とフランス人担当者は涙を流したそうです。

自分の中では、声の出し方/気の乗せ方がサラヴォーンとそっくりなんですよね。

美空ひばりの方が13歳後輩ですが、もし一緒の舞台を踏んでいたらと思うとワクワクします。

一瞬でお互いを認め合って素晴らしいものになったと想像します。

 

こうして書くと、男女・国籍・肌の色関係なく、他者に良い「気」を届ける人こそ

尊敬されるべき人だと気づかされます。

歌手の場合はその方法が「声」

ピアニストであれば「ピアノ」

 

製造業であれば、作り出す「物」ですね。

見えないところや、図面指定がない部分まできれいに作ろうとする「気」。

量産になっても材料や機械に対する細心の注意を怠らない。

いつの時代でも、「気」の入ったものは大切にされ後世に受け継がれていきます。

 

お金でお金を生み出しても、なんだか満足しない理由もここにあるのでしょう。

上手に使えば気持ちも良いでしょうが、生むだけでは「気」が乗り様がないですから。

 

打ち合わせでは気が乗らないなと感じでいましたが、

お昼をごちそうになった席では、当然マスクを外して会話。

美味しいごはんと相まって、なんだか心地よくなったのを実感しました。

それも「気」が通じたからだと思います。

 

自分の体の状態(体力が落ちている、何らかの疾患がある、高齢である)を自覚し予防したり、

不特定多数が集まる環境でエチケットとしてマスクをつけたりすることはもちろん大切です。

ただ、極端に気のやり取りを無くしてしまっては、元気を無くしてあらゆる事が縮小してしまいます。

バランスが大切です。

 

デジタル音源できれいな音を聞くのも良いですが、世の中落ち着いたらライブに行きたくなります。

ライブはその音楽表現を好きな人の集まり。

演者から気を運んでもらうのと同時に、観客が気を共有する事で気分を良くするのですね!

 

写真は人がいくら気を入れて作ってもなかなか追いつけない:

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スイレンの花。

去年までの白い花は、株分けに失敗して枯らしてしまい今年から黄色です。

曇り空が続いていて、つぼみのままでしたが昨日の日曜日にやっと咲きました。

よく見ると先客(小さな蜂)が居ますね!

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年7月 6日 (月)

コロナ禍の子供達

おはようございます。

コロナ禍でずっと家にいた高校生と中学生の息子たち。

遅れていた高校生の学校も先週から始まり、やっとクラス全員そろったそうです。

中学生は部活も始まり、コロナ前の状態ににほぼ戻りましたが(対外試合はまだ)、

高校生の部活(バレーボール)はまだできないと。

ただその中でも野球部だけは活動しているそうです。

良くも悪くも?「高校野球」というのは別のカテゴリーにあるようですね。

 

ずっと家にいた間、お兄ちゃん大好きな弟は色々と質問をします。

この時期の三年先輩はかなりの情報格差で、傍で聴いていると面白いです。

例えば、ある日の出来事:

ゲームで使っているSDカードの容量がいっぱいになり

どれを買ったらよいか分からず途方にくれている弟。

そこで頼りになるのは、身近にいるお兄ちゃん。

 

「なんかいろいろな大きさがあるけどどれが良いのかなぁ」

「大きさ以外にもスピードに差があり、速いの買わないと使えないのかなぁ」

「速いのは高いなぁ」…

 

そこで僕が

「スピードなんて何でもよいんだよ」

と教えるのですが、弟君は一応?お兄ちゃんにも確認します。

当然

「そうだよ、何でも良いんだよ」

そして弟に余計な一言

「そんな事も知らないのか」

と言われますが、それすらなんだかうれしそうに見えます。

どれだけお兄ちゃんが好きなのでしょうか。

そしてやっと納得して、そこそこの容量の中で安いSDカードを注文出来ました。

 

ここまで書いてきたことを考察すると、

「自分の分からないことを、信頼できる誰かに聞ける」

というのはとても有り難い、幸せな状況だと気づかされます。

大人になると、なかなか聞きにくくなります。

そして教えてもらったことを素直にありがたいと思い、すぐに実行に移す。

これも大人になると難しくなります。

感謝することを忘れたり、良きアドバイスでも実行を後伸ばしにしてしまったり...

すると教えた方も気分が悪いので、次回から教えなくなってしまう。

軽く見られていると感じるのは誰でも嫌ですから、自分を守るために。

悪循環ですし、面倒くさいです。

でもほとんどの大人は、多かれ少なかれこのような状況の中で日々生活しています。

相手に「そんな事も知らないのか」と言えば、パワハラ決定!?

 

先週、孤独というのは自分を成長させる原動力に成り得ると書きましたが、

普通は避けたいですよね。

それを避けるために、最も重要なのが

「友情」

だと思います。

先に書いたエピソードを見ると、兄弟こそが純粋な友情を持っている様な気もします。

友情とは、自分より相手の気持ちを優先し、相手の心配や失意に気づき、

力になれる様に。行動する事。

そして相手を心から敬う。

そしてお互いもたれかかり合うのではなくて、同じ方向を向いて頑張る。

こう書くと、なかなか難しい気もしますが

実はとても身近に「友情」を見つける方法があります。

それは読書です。

古今東西の偉人や作家、また作品の中の主人公に心を通わせる。

読み込むことにより身近に感じ、元気や勇気をもらい、

困ったことを相談すらできるようになることもあるかも知れません。

タイムトラベルは、身近にある物なのです。

 

写真ですが、久しぶりの出張。

仙台から新幹線(はやて)に乗ると、夕方東京着という普段なら混雑間違いなしの車両が:

2020_20200703104601

数人しか乗っていません。

長男にこの話をすると

「仙台からはいつもこんな感じじゃないの~」

と、千葉県在住、東京通学で視野狭窄です。無知とは怖いものです。

「普段ならこの時間は多国籍の人で超満員なんだよ」

「仙台は東北最大の都市で、今や東北は世界の工場になっているんだぞ!」

そして

「そんな事も知らないのか!」

と弟君の仇をとってあげました。

今日も読んで下さりありがとうございます。

2020年6月29日 (月)

製造業におけるテレワーク考 その2 友あり遠方より来る

おはようございます。

 

今月中旬お世話になっている製造業社長に来社いただき、

近況報告や情報交換とご指導いただき、とても有意義な時間を過ごせ元気を頂きました。

神戸の社長曰く

「もう限界なので、来ちゃいました!」

と。最高の笑顔と共に。

ここでも話題になったのは、4月末に本ブログでも書いた

「テレワーク」

僕も、神戸の社長もモノづくり企業においては、テレワークは機能しないのでは?

という事で意見が一致しました。

今日はそこに至る考察を書きます。

 

現在AIを頭脳とする工場の自動化が進んでいます。

この状況を、資金力のある大手が進めれば

製造(組み立て)~検査~出荷梱包

まで一気に自動化が進み、もうそれは避けられないでしょう。

では、工場で働いていた人はどうするのでしょう?

ここを考えずに自動化を進める事には、人間社会が壊れてしまう怖さを感じます。

具体的には、労働者は傍観者になり、AI頭脳と機械が稼いだ金を人間が支給してもらう。

それは現代の金銭至上主義社会においては、人間よりAIの方が偉いという事になります。

人は基礎的生活保障賃金を、機械にいただく。

体を楽に維持するという意味では、天国の様だとも言えるかもしれませんが、

エサをもらって生きる動物園のサルとの違いが限りなく小さくなります。

人がサルから進化したとすれば、これは逆に人がサルに退化するとも言えます。

 

ネット上に象徴的な言葉がありました、

テレワークは

「無意味なトランスポート(移動)を無くす」

と。

神戸からわざわざ1時間話をするためにやってきてくださった。

これは無意味?

常に自分を高めようと学び続けている人は、色々な情報を当然の様に持っています。

縁ある誰かと会うことにより、自分の持っている知識が

「バババッ~」

とつながるようにスイッチが入り、知識としての学びが

「血肉」

になっていく。

何が「意味ある行動」になるか?

それは、常に求めていてもなかなか得られず予測不能です。

それほど真の学びとは得難いです。

 

 

確かに結果的に無意味なトランスポート(移動)というのもあるでしょう。

でもそれは誰がどうやって判断するのでしょうか?

無意味の削減が究極まで進めば、先に書いたように人はAIに使われる存在に成り下がります。

なぜならAIには一切無駄がありませんので、人間ですら絶対に勝てませんから。

 

自分の実体験としては、社会人になってすぐの頃会社では失敗ばかり、

悩みばかりでしたが、それを学生に対する先生の様に指導してくれる人はいませんでした。

ではどこで指導を受けたか。

それは終業後の居酒屋でした。

直属の先輩だけではなく、いろいろな方と話しながら

昼間は聞けない・言えない事を真剣に聞き・話していただく。

もし社会人に成りたての時期に、先輩方との飲み会が無かったら、

今の自分は決して居なかったろうと思います。

コロナはその貴重な機会を奪おうとしています。

 

一見良い響きを持つ「自由」とは、実際はとても怖い事だと認識するべきだと思います。

人は本能的に規律を求めます。

完全な自由、そこに人は生きられるのか?

規律を保てなくなる自由、所属意識の喪失は

人の結びつきが弱め、孤立を加速させます。

孤立は自分が求めない状況であれば、不幸です。

またしかし、

その不幸こそが魂を成長させる原動力に成り得るという側面があるのが人間の人間たるゆえんで

奥深く面白いところでもあります。

神戸から来ていただいた社長のおかげで、大切な学びを頂けました。有り難いです。

 

写真ですが、

玄関の前にある、とげとげの葉っぱから何やらにょきッと棒状の物が突き出てきて

先っぽに花が咲きました。

Photo_20200624133801

この状況はたぶん去年もあったはずですが、今年は妻が大騒ぎ。

某有名ニュースサイトで、

「40年に一度しか咲かない花」として話題になっていたから。

このニュースで、この葉っぱが「ニューサイラン」という植物と初めて知った位に

興味を持っていませんでした。

2人で、

「うちではよく咲いているよね、意識していなかったけど」と。

毎日通り過ぎる場所で、そんな珍しい現象が起きていたのですね。

灯台下暗し!チルチルミチル青い鳥!

無駄を省くことより、日々身近にある大切な事に気づく方が人間として成長できそうです!

 

今日も読んで下さりありがとうございました。

2020年6月22日 (月)

虫との闘い

おはようございます。

先週、ナメクジに食べられてしまったパプリカ(ピーマン)の写真を載せましたが、

その後さらに食害が進み、ほとんどの葉っぱが無くなってしまいました。

このままだと、間違いなく枯れてしまいます。

更にパプリカを食べつくした「敵」は、無事だったナスにまで進出。

事、ここに至り闘うことを決意!

 

さっそくホームセンターで、各種「農薬」や「ナメクジホイホイ」を買うと、

将来取れるであろうパプリカやナスの購入価格を軽く上回りそうですが、

闘う決意は微塵も揺らぎません!

 

まずは撒くタイプの薬と、スプレー式の葉っぱに吹き付けるものを実施。

ナメクジホイホイは4か所に設置。

これで様子を見ます...

しかしナスの葉っぱへの食害が進んでいます。

一点はっきり効果が有ったのは、ホイホイにナメクジが集まってくること。

ナメクジだけではなく、大きなカタツムリも。いったいどこに隠れていたのか…

 

そこまで考えていると、ふと思い出しました。

次男がカタツムリは夜行性~と話していたことを。

カタツムリが夜行性なら、当然ナメクジも夜活動しているはず。

そこで夜九時過ぎに、懐中電灯をもって庭に出てみると...

現場確認!

ナメクジが、もうほとんど食い尽くしているパプリカに最後のとどめを刺そうとしているところでした。

見逃す訳にはいきません、駆除!

ここで活躍したのが、瞬快冷凍スプレー。

PCキーボードの掃除などに使う、エアダスターと同じようなものですが、

そこからー85℃の冷気が噴出されます。

初めて使って見ましたが、これの効果は凄いです。

土の表面が、あっという間に凍土に。

子供が小さければ、夏休みの研究課題で色々凍らせてみるのに使えたと思います。

ただ植物についている虫を駆除しようとすると、植物自体が凍ってしまいますので

自殺的行為になってしまいます。それほど強力という事ですね。

 

そして最後に届いた、最終兵器「スラゴ」:

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何やらバイオレンス映画の主題の様な最終兵器にふさわしい名前ですが、

おそらくその効果もすごいと思います。

日に日に弱るパプリカが復活できるかどうか。

「スラゴ」の肩に掛かっています。

 

さてここまで書いてきて、気づいたことがあります。

実はカメムシやナメクジと戦う前の主敵は

「ダンゴムシ」君でした。

特に次男と妻が強烈に嫌い、妻曰く大量にいると花や根を食べてしまうという事で主敵でした。

それではと、隠れ家を見つけては大量に駆除していました。

ところが、新たな敵が現れるとダンゴムシは全く気にならなくなりました。

相手にしないというより、たとえ視界に入っても気にならない。

カメムシやナメクジはバリバリと野菜を食べてしまいますから、それに比べれば...

 

この様な事は普段の生活でもありますよね。

家族内でのいざこざがあっても、より大きな危機に直面して家族協力、

あれほど気になっていた相手が、自分の生活が充実していくと忘れてしまう...

特に今はコロナ禍で、弊社はもちろん多くの会社が大変な事態に巻き込まれています。

こんな時に社内がごたごたしてしまえば、会社という船はあっという間に沈没です。

状況をなるべく冷静に把握し、正確な情報を乗組員に提供する。

そして下を向かない様に鼓舞する。

嵐の時に活躍するのが船長ですが、会社の経営でも同じです。

今は多くの船が遭難しそうですが、まずは自船が生き残らなければますます迷惑をかけてしまいます。

そう考えると、虫と戦っている場合ではないと気づかされます...反省。

 

今日も読んで下さりありがとうございます。

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